蝶よ華よ
「髪は編みこめるウイッグがあるから、これにしましょう。左側に寄せて軽く編みこんで胸の所で結わえてちょうだい」
「美也様、帯はどうしましょうか」
「そうね、着物が薄紅色だから、思い切って黒にしましょう。黒地に金の蝶をあしらった物があったわね」

「お化粧はおしろいを軽く振って、アイシャドーとチークはピンクを薄めにのせて。紅はローズピンクね。ああでも、最後はグロスで仕上げてみましょう」

髪を結われ、振袖を着せられて。帯を締められたときは苦しくて息が止まった。簡単な化粧を施されてどんどん変わっていく自分を見ていると、恥ずかしくて憤死しそうだった。

「会長。いかがかしら」

あでやかな振り袖に身を包む花のように可憐な少女は、頬を赤らめうつむきかげんで老人の前に姿を現した。

「おお、静や、なんとまあかわいらしい。桜の化身のようじゃのう」

「・・・・・僕」

「だめですよ静さん。“私”とおっしゃらないと」

なぜ僕がこんな目に遭っているかと言うと、それは1時間前にさかのぼる。






本家に着くと玄関で女の人が僕を待っていた。着物が似合うきりっとした和風美人。はま路の可南子さんが白いゆりの花だとしたら、目の前にいる人は真っ赤な椿のようだ。黒髪を大きく結い上げ、真っ赤な口紅がキリリとひかれた上品な物腰の人。年は40代くらいかな?

九鬼さんが紹介してくれた美也さんというその女性は、修お爺ちゃんの付き添いの人で内縁関係にあるらしいけど・・・内縁ってなんだ?
美也さんに連れられて、九鬼さんと一緒に広間に行くと、修お爺ちゃんが碁石を打ちながら縁側に座っていた。なつかしいな・・・よくおじいちゃん達がここで碁を打ってた。

「おお、来たか静。待ちわびていたぞ」
「修おじいちゃん。こんにちは。この間はごめんね。お礼も言わず帰っちゃって」

お爺ちゃんの前に座り込んでペコリと頭を下げると、その頭をいつものように優しく撫でてくれた。

「静は何も悪くないじゃろう。悪いのは我慢のできんあやつじゃ。全く・・・散々暴れて帰っていきおって」
「僕が呼んだから・・・」
「まあよい。あやつにはちゃんと仕返しを考えておるわい」
「仕返し??」

物騒な言葉に、修お爺ちゃんの仕返しってどんなのだろうと鷹兄の身がちょっと心配になる。

「なに、言うことを聞かぬかわいくない孫へのちょいとした罰じゃ」
「罰!」
「楽しみじゃのう」

白いあごひげを指先で下に流しながら、「あやつには内緒じゃぞ」と言われた。不安になって九鬼さんを振り返ると、修お爺ちゃんの言葉に困ったような顔をするだけで、僕と目が合うと苦笑いをした。



「さて、静。お前に折り入って頼みがあるんじゃが。この年寄りの願いを聞いてはくれんだろうか」

目を細めてしまうと目じりにいっぱいしわが寄って、七福神の神様みたいな顔になる修お爺ちゃん。しわだらけの手が僕の怪我をした手を取り、「少しはよくなったのか」と心配そうに聞いてくれる。僕は本当のお爺ちゃんみたいに、修お爺ちゃんが好きだから、お願いがあるなら聞いてあげたいし、夏休みのこともあるから何かしてあげたかった。

「僕で出来ることがあるなら、何でもするよ」
「本当か、恩に着るぞ静。これでわしの面目もたつ、なあ九鬼」
「はい・・・」

九鬼さんの返事がどことなくはっきりしていないように思ったけど、そのときはあまり気にならなかった。

「じゃあ、早速始めるとするか」




お爺ちゃんの声に奥のふすまの扉が開き、美也さんに隣の部屋に連れて行かれた。そこには着物がたたまれた木箱がたくさんあって、鏡台の前に座らされた。そして化粧やウイッグを施され、服を引っぺがされて長じゅばんだの足袋だの履かされて、しまいにはきらびやかな振袖を着せられた。締められた帯が苦しくて呼吸困難になりそうだ。


姿見に映る僕の姿は・・・・女の子・・・。


「なんて綺麗な肌なんでしょう。男の子にしておくのがもったいないわ。ほとんどお化粧が必要ないなんて、うらやましいわ」
「美也様、編みこんだ髪につける飾りはこれでいいでしょうか」

美也さんのお付のあゆさんという20代くらいの女の人も、楽しそうにウイッグを結わえていき、胸の前でゆるく結わえられた三つ編みの先に、赤と金のひもを結び、結び目に桜の花のアクセサリーを付けられた。

「さあ、会長に見ていただきましょう。静さん、こちらへ」

美也さんに手を引かれ、ふすまを開け元の座敷に戻ると、僕を見た修お爺ちゃんは目を大きく見開き、「佐和子にそっくりじゃ。蝶か、華か、なんと清楚な・・・」と言葉を繰り返した。
お母さんってこんな顔だっんだ・・・写真は残ってないし、顔もほとんど覚えていないからあとでもう一度自分の化粧をした顔をじっくり見てみようと思った。



部屋の入口には正座した九鬼がこちらをジッと見ている。それが恥ずかしくて背を向けた。だってこれって女装だよ。振袖だよ、化粧だよ。修お爺ちゃんのお願いってこれなの?全く腑に落ちなかった。


こんなことをさせるためにわざわざ本家に呼んだとは思いたくなかった。


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あきゅろす。
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