五会派十理事
「社長、梶原からです」


手渡された封筒。それは皇神会八城組組長宛の封書だった。




ミサカに直接梶原は来ない。一般的にはミサカがヤクザと関わりのある会社だとは知られておらず、知っている者も口を開かない。それは暗黙の了解でもあった。それでも梶原が自らミサカに足を運ばないのは、鷹耶がそろそろ八城組を退き、企業人として完全独立を目指していることを知っているからである。企業ヤクザと呼ばれてもかまわないが、実質組を背負う立場にあってはこれから先、差しさわりがあることも多く出てくるだろう。海藤鷹耶ならばその能力と血筋で何事も可能にしてしまうと周りは見ていたが、組織に対して付かず離れずの距離を保つ鷹耶が何を考えているのか分からずその存在を不気味に感じている者は多かった。

しかし、それを上が了承するかといえば、そうは問屋が卸さないだろう。数ヶ月前の飛天会系列との小競り合いも皇神会が仕切らずにその傘下の八城組に仲介させたのも、鷹耶が組をないがしろにしているのではないかと、けん制するための指示だった。組織を離れるわけではないが、これからは経済面で東雲会を支える立場に立とうとする鷹耶に、海藤家はどう動くのか。周りはその一挙一動をしずかに見定めている。



「選挙の通知ですか」

東雲会傘下の皇神会・飛天会・御堂会・白山会・久我会。
それぞれの会派から一人ずつトップが理事となる。これを5理事と称す。この5会派がそれぞれ傘下に収める総勢50を超す大小の組から、それぞれ選挙で10人の理事が選ばれる。それぞれの会派から2名ずつ選ばれれば丁度10人で帳尻も合うのだが、なかなかそうは行かず、現在は皇神会(3)飛天会(1)御堂会(3)白山会(1)久我会(2)となっており、1名しか理事を輩出できていない会派は是が非でも、他を蹴落とし優位に立ちたいと思っていた。
今回は皇神会と白山会、久我会にそれぞれ1名ずつの欠員が出る。1名は5会派の理事への昇進。残りの2名は引退となった。その3席の争いが今年初旬から水面下で行われている。

「選挙は春でしたね」

社長の通知文を見ながら、秋月が書類を片付け始める。

「三和の親父さんが引退ってことは、皇神会からは誰を推挙することになってんだ」

あまり派閥のことには無関心な西脇は「誰がなってもいいが席は逃せねえよな」と、「どうせなら鷹耶が名乗り出ればいいじゃねえか」とまで言う。力も金も十分持ち合わせている。足りないとしたら経験と年だろう。26歳という年齢は組を1つしょって立つにしては若輩者の青二才と言われる年である。たとえ鷹耶の血筋とカリスマ性を持ってしても、組織内では軽んじられるのだ。せめて30の大台に乗っていればと、惜しむ声が多いのも確かだ。



「推すのは、明光の間宮だ」

鷹耶が推挙するのは明光会の組長、間宮。鷹耶にとっては皇神会で一番気の置けない相手だ。間宮は38歳で年も一番近い。人とは深いつながりを持たない鷹耶が、兄弟の杯を交わしたわけではないが身内と呼べる数少ない人物だ。

「皇神会は明光を理事に推す」

皇神会傘下の8つの組は理事選に向けて、いよいよ表立っての行動を起こす。票を持つのは5会派のトップとそれぞれの組長、そして引退したご意見番の老人達。東雲会に関係する財界や議員、企業人の面々。鷹耶は財界や企業に顔が利く。その方面での期待が大きいがもちろん邪魔も入ることだろう。選挙の駆け引きが年末年始にあたって大きな動きを見せる。



鷹耶にとっては西脇と同じく誰が理事になろうと興味は無い。自分が名乗り出るなどもっての他であったし、これ以上無駄な時間を割く気もなかった。

週に一度しか静との時間が取れないのに。
理事など、組長さえもまっぴら御免なのである。

去年までは月に1度。今はそれが週に1度になったと言うのに。人間と言うのは1つ望みが叶えばすぐに次のものを欲しがるように出来ている。

鷹耶もそんな自分が滑稽に思えてならないが、欲しいものは欲しい。人間の本来の欲求にしたがって何が悪いと、自嘲気味に心の中で笑う。



「八城に行く」
「はい」

秋月に残りの仕事をまかせ、瀬名と西脇を連れ、鷹耶はこれからの対策を練りに組事務所に向かった。やる気は無いがやらなければならない。面倒な件案は早めに片付けて来週に持ち越すことが無いように、片っ端から片付ける意気込みだ。
そんな鷹耶の投げやりな、しかしやる気でもある姿を見ながら、西脇は面白そうに瀬名に話す。

「にゃんことはいつ会うんだ?」
「火曜とおっしゃってましたが」
「なるほど。頑張るねえ〜」

土日出勤、深夜まで続く会合。
そのあとにお楽しみが待っていれば、そりゃあやる気もでるわな。あいつもただの人間ってことか。それでも子猫限定だろうけどな。
社員のいないミサカ本社の地下から、3台の車が八城組に向かって走り去った。








月曜日の朝。




静は携帯のアラームで起きた自分が奇跡だと思えるくらい、眠かった。体育祭の疲れが残る体を引きずって、目を覚ますためにシャワーを浴びる。
白い肌に水滴が飛び散る。温かい湯が肌を流れると、少しずつ赤みを帯びほんのりと上気する頬はうす紅色に染まる。最後は温度を下げて冷水に近い温度で浴び、目を覚まさせる。

修造が制服姿を見たいと言っていたので、休みだが制服に身を包み、食欲は無いのでリンゴジュースだけ飲んで歯を磨くとちょうどいい時間だ。歩いて駅に向かえば一駅先で待っている九鬼との待ち合わせ時間に丁度いい。
万が一、静のアパートの前でミサカの関係者に顔を見られてはと、用心した上での行動だった。




駅を降りると改札口で九鬼が待っていた。
今日は真っ黒いスーツではなかったが、それでも黒に近いグレーのスーツに身を包むその人は、朝の駅の風景の中でそこだけ異様な雰囲気をかもし出していた。

黒服じゃなくても目立ちます九鬼さん。
やっぱりオーラがガンガン出てます。

僕は九鬼さんがとっても優しいって知ってる。笑ったとき少ししわが出来る目じりも好きだ。しかし一般的に九鬼は見た目が厳つい。ヤクザなんだから当然だが。




「九鬼さん」
「おはようございます。静さん」
「あ、はい。おはようございます」

そっと僕の肩に手を触れて、「こちらです」と車までエスコートされた。本家まで2時間はかからないけど、車のクッションのやわらかさとしずかな車内、柔らかな秋の日差しに静が眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。

うとうとし始めた静に「きつかったら、寄りかかってください」と声をかけると、静は何のためらいも無く「うん」と小さく唸って九鬼の二の腕の辺りにコテンと頭を傾け、体を預けた。



(申し訳けありません、若)



自分に身を任せる静を見ながら、鷹耶に懺悔する九鬼。これから始まる本家での出来事が、鷹耶にとっては知れば血の雨が降るであろうことだらけなのだ。
頭痛どころか胃がきしむ。何事も恐れはしない九鬼も、鷹耶の怒りを買うことは出来るだけ避けたかったのだが、会長の命令であればどうにもならない。

板ばさみの中間管理職とはこんな気持ちになるのだろうな。
静もきっと驚くだろう。でもこの子は拒否しないことも分かっている。静は会長が好きだからだ。
島木にしても修造にしても静は生粋のお爺ちゃん子だから。お爺ちゃんのお願いなら首を縦に振るだろう。




そして何も知らぬ静を乗せて、車は本家に到着した。

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