海藤と島木
土曜日、ミサカ本社の社長室には珍しいことに社員が揃っていた。



デスクには社長、その横に補佐の秋月が、社長のサイン待ちの書類を並べて手渡している。秘書室を行き来する瀬名に、パソコンの画面に端末を打ち込む西脇。来週の平日に休みを取っている社長のために、スケジュールを変更して土日出勤をしているのだ。
鷹耶に聞かずとも、静がらみだと見当は付く。あの真面目そうな奨学生が、鷹耶に誘われたからといって平日に休むとは思えないので、おそらく何かで休みがずれたのだろうと思う。


「なあ、鷹耶。にゃんこの怪我。もう治ったのか」


鷹耶の仕事が一区切り付いたところで、西脇はデスクまでやって来て話しかけた。


「ああ。もうだいぶいい」


以前なら、ここで視線も合わさずに話を無視する鷹耶だったが、こうやってある程度の返答を返すようになったのは、この夏の事件で鷹耶自身の考え方に何かしら変化があったからだと西脇は考えている。
鷹耶が箱入り子猫で育ててきたはずのにゃんこは、ご主人の知らぬ間に外で危険なことをたくさんしでかすようなやんちゃ猫に育っていたようだった。

「今日は会いに行かないのか?」
「・・・・・学校行事だ」

「なるほど」

素行の良くない連中との付き合い、ケンカや警察のことも、自分が知っていた静からは想像もできないことだった。すべては手放した中学3年間に問題があったと後悔してもしきれない。静がつるんでいた連中はその中学時代にできた友人の仲間と言っていたし、調べたところ都内で有名な族の端下のメンバーらしい。静は直接はその族とは関わっていないと言っていたが、それが本当かどうかも定かではない。どうも何やら隠し事をしている気もしないでもない。事件のときは怪我もしていたし、本人も補導されてショックを受けていたのであまり深く詮索しなかったが、次に何かあったときは静がなんと言おうと関わった全てのものを排除または制裁を加えてやる気でいた。


自分の理想と離れた静かだが、そんな静もいとおしくてたまらない。


静が何をしようと、どんなふうに育とうとこの愛情が曇るようなことはない。箱入りの清廉なままの静と自由に飛び回るやんちゃな静。どちらも鷹耶の心を捕らえて離さない。特に最近の反抗的な態度などは、己の怒りの中に湧き上がってくる嗜虐心を煽り立て、それを抑えるのに苦労するほどだ。
かわいいからこそいじめたくなる。いとおしいからこそ捕らえて離したくない。



ただ、今回の問題点は本家が介入してきたことだ。静が頼ったにしろあの本家の年寄りがこのままおとなしくしているとは思えなかった。
自分の孫以上に、親友の孫をかわいがっていた修造。静をかわいがるのには相応の理由があったからだ。



たいした理由ではない。親友島木の妻、春江を修造が愛していたからに他ならない。







戦後の物資が欠乏していた時代、博徒やテキヤがのさばる新宿でマーケットを拡大しその頭角を現したのが東雲会の前身、金屋組である。
当時金屋のチンピラであった修造は、幼馴染の島木に多大な苦労や迷惑を掛けていた。
島木はヤクザ崩れになった修造を厚生させようと仕事を紹介したり、時には修造の兄貴分に話を通しに言ったり、命がけで足を洗わせようとしていた。たった一人のやさぐれた親友をむげに扱うことも無く、食うに困れば飯を与え、追われるときは自宅にかくまうといった兄弟のような間柄であった。

そんな苦労も知らず、血気盛んな修造は鉄砲玉となって暴れ周り、切り込み隊長に昇格したかと思いきや、刃物を振り回し刃傷沙汰で刑務所に世話になる。それを数度繰り返し、出所するたびに修造の格は上がり気づけば30代で東雲会の幹部にまで上り詰めていた。

そのころ父親の道場を継いだ島木は同じく幼馴染だった春江と所帯を持った。修造は春江に心底惚れていた。長い黒髪がきれいで、奥ゆかしく、話しかけただけで白い頬は桜色に染まる清らかな春江。組のためなら火の中だろうと突進する修造も、思う女に一言を告げることがこれほど胸を痛めることとは思っていなかった。

壁の中で勤めを終え、自分の地位を万全にしても、気が付けば好いた女は親友の女房。相手が島木でなかったら力づくで奪っていただろう。

島木と春江の幸せそうな姿に背中を向けることもあった。見ているだけで憎悪が沸き起こることもなかったと言ったら嘘になる。修造は2人を避けたが、島木はそれでも修造と距離を置こうとはしなかった。
ヤクザだろうが何だろうが自分達は親友だと。
修造はなぜ春江が島木を選んだのかが身にしみて分かる。
今でも春江を愛している。
しかし、島木もかけがえの無いたった一人の親友だ。どちらとも同じくらい大切で尊重したかった。





数年が経ち、修造も組が勧める女性と結婚し子供もできた。その生活は幸せと言うものではなく、組を構えたからには妻子をという体裁的なものからだった。
そして島木にもやっと子供ができた。生まれた子は女の子、「佐和子」と名づけられた。

修造は春江そっくりの美しい女の子をぜひ自分の息子の嫁にと願い、生まれたときに許婚の約束を両家で取り交わした。


修造の息子廉治、島木の娘佐和子。


幼い頃の2人は周りが笑みをこぼすほど、それはそれは仲がよかった。しかしお互いが成長し、自分の意思を持ち始めるころ、2人の関係に微妙なずれが生じ始めそれぞれの思いは交錯し、島木に反発した佐和子は逃げるように親元から消え、修造達の願いが叶うことは無くなった。

男と駆け落ちをして知らぬ地で命を落とした佐和子が残したたった一人の子ども。


それが静。


とうに妻は無く、娘を失い失意の底にいた島木の横に座り、両親の死に対し涙しか流すことができない静は春江にそっくりだった。女の子だったらその場で自分の孫の誰かと結婚させてくれと、また島木に頼み込んでいただろう。自分の叶わなかった恋慕の念を、いつの日か子や孫の代で叶えたいという勝手な執念が修造にはまだある。
静が女の子だったら、間違いなく鷹耶の許婚になっていただろう。

しかし、静はかわいくとも男。であるのに修造の静のかわいがりようときたら目に余る。嫁にもらえないなら、養子にでもしそうな勢いだ。鷹耶は自分のことなど棚に上げて、修造や父親の廉治までもが静に並々ならぬ思い入れをすることが気に入らない。自分達の叶わなかった思いを、静で晴らそうとしている。アレは俺のものなのに。

到底許容できない。

許せるはずも無い。

目障りなことこの上ない。



自分達の失敗を、今更静で補おうなど、片腹痛い。



鷹耶の当面の狙いは「後見人」という立場を早く奪い取り、静と自分に対していらぬ口を挟ませないようにすることだった。

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あきゅろす。
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