懲りることを知らない
軽く触れる唇。




生暖かいその感触は知らない物ではないけれど・・・



ドン!


「せ・・・・せんぱ・・・」


力いっぱい園田先輩を押しのけて、頭の上からぬれたタオルが地面にボタッと落ちる。信じられない出来事に目を見開いて自分を見つめる人物を凝視する。震える指で唇に触れると、その手を園田に掴まれた。


「キス・・・したことある?初めてだったなら嬉しいんだけどな」


顔を覗き込んで今度は握った僕の手の指先に唇を落とした。びっくりしてその手を振り払い立ち上がる。

「な・・・なんで・・」
「初心な反応だな〜やっぱりキスは初めてだったと思っていいのかな」

いつものように笑う園田から一歩後ずさりながら、唇を手の甲でごしごしこすった。

「友達もいいけど、そろそろちょっとステップアップしてもいいかなと思ったんだ。朝川は嫌だったか?」
「い・・嫌に決まってるじゃないですか!!!!!」

怒って言い返しても、園田は相変わらず穏やかな表情を崩さない。

「そうか・・・それは悪かった。キスくらいでそんなに慌てるなんて、朝川はまだまだ子どもなんだな」



“子ども”・・・この言葉は嫌いだ。



鷹耶にもこの言葉で散々嫌な思いをさせられている。もう高校生なのに、一人で頑張って生活しているのに、いつまでも小さい子どものように周りから見られるのが静は嫌いだった。

「子どもじゃありません」
「子どもだよ。キスくらいちょっと仲良くなればするもんさ」
「そんな・・・」
「ほら、すぐ否定する。そんなだから、いつまでたってもおこちゃまなんだ」
「でも、だからっていきなりあんなことしなくっても」

饒舌な園田の弁に、どんどん言いくるめられる。落ち着いて話す園田の言い分が正しく、自分の考えが幼いとでも言うような言い方に、何と返していいのか言葉が見つからない。

「何事も経験が大事だろ。少なくとも俺は朝川が好きなんだから、好かれている奴からされるキスはいいだろう」
「でも僕は先輩のこと」
「きっかけってのは必要なんだ。俺はいつまでも友達のままでいるつもりはないし、だからって無理強いする気もないけどな。俺のこと嫌いになったか、もう話すのは嫌か、顔も見たくないか?」

たたみ掛けるように言葉を発する先輩の目は、許しを請うようなさびしげで優しい目に見えた。キスは嫌だったけど、顔も見たくないとか・・そんなんじゃなくて・・・

「嫌いとか・・・そんなんじゃ、ないです。けど、こんなことは止めてください」

目をあわすことができず、顔を下げて地面を見つめたまま言葉を搾り出す。

「わかった。すまなかったな。これからはちゃんと許可をとるようにするよ」
「許可・・・とかしないです。そんなこと絶対しません」

ケタケタと楽しそうに笑いながら誤る園田先輩を見ていると、ガチガチにこわばっていた緊張も解けていく。先輩にとっては当たり前のキス。僕にとっては衝撃のキス。

キスとか、好きな気持ちがあったら簡単にするものなんだ・・・
そんなことも知らない僕はやっぱり・・・・・・子どもなのかな。





チャイムが鳴り、朝練の時間が終わりを告げると、たくさんの生徒がこちらに向かって歩いてくる。その中に川上の姿を見つけた園田は「ナイトがやって来たから退散するか。また準備の時間にな」と言って、濡れタオルを拾って去っていった。




「静」

川上の呼ぶ声に振り返ると、自分を探していたことを知り園田先輩と・・・と言ってしまった口にしまった!と気づいたときは川上の眉根は上がり、階段を上がる園田先輩の背中に穴が開くのではないかと思うほど睨みつけていた。



キスの感触がまだ残ってる。

鷹兄のキスとは・・・・・・・・・・・・・何か違った。

なんだろう・・・




でも・・・・やっぱり・・・・・・・・・・・嫌だったな。



無意識に口元に指を運ぶ。人差し指と親指で下唇に触れるとさっきのキスの感触が甦る。それを忘れたくて手の甲で2,3度ゴシゴシこする。その手を不意に川上に掴まれ、ギョッとして川上を見上げると、その目は冷たく俺の顔を見据えていた。


「静・・・・・・・・・・お前、あいつに何された」


きつく握られた手に更に力がこもる。

「な・・何も」
「嘘つくな」
「ほんとだってば」
「なんで隠すんだ。あいつは危険だって、近寄るなってどうしてお前は分からないんだ」

ケンカか?周りが2人の言い争いをチラチラ見ながら通り過ぎていく。



「静ちゃんが言いたくないんだから、仕方ないでしょう、それとその手は放してやりなって」

どこから話を聞いていたのか、いつの間にか横には井上が立っていて、川上の手を引き剥がしてくれた。川上は井上の手を叩き落として舌打ちをすると怒ったまま教室へ帰っていっってしまった。



その場には下を向いたままうなだれた僕と、ため息をひとつつく井上だけになっていた。

「静ちゃんさ」
「・・・・・・・・・」
「川上は、心配してるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・分かってる」

ポツリと漏れる言葉。悪いのは僕で川上じゃないことくらい分かってる。

「分かってるなら何で園田に近づくの」
「近づいたわけじゃないよ」
「付いて行かなきゃいいでしょう?」
「それは・・・・そうだけど」

「今度は、キスくらいじゃすまないかもよ」

井上の言葉にガバッと顔を上げた。み・・・見てたの?目をいっぱい見開いて驚いているとまた井上はため息をつく。

「静ちゃんて、分かりやすいよね」


・・・・また鎌をかけられたのか・・・そして見事にひっかる自分も自分だ。



「ねえ、明日だけど絶対に園田と2人きりにならないって約束して」
「大丈夫だよ」
「その根拠は?」
「・・・・・・だって、先輩・・・・もう変なことしないって言ったもん」

「静ちゃんって・・・・・」


駄目だこれは。

足立は競技数が多くてあまり役に立ちそうにないし、自分と川上だけで園田の動きを監視できるかどうか・・・それ以上に本人に危機感が足りなさ過ぎる。キスされたのになんで今回は「キモイ」って言っていつもみたいに突き放さないのだろう。今回の静の行動は初めから理解できない。



夏休みに何があったんだろう。
“ベタ彼”が引き金になっているのは間違いないようだが。

この子は狼に身包みはがされてから、やっと自分が危険な目に遭っていることに気づくのだろう。そうなってからでは手遅れだというのに。キスまでされたのに何でこの子は懲りないのだろう。

とにかく明日を乗り切れば、園田との接点はなくなる。体育祭さえ終われば3人でしっかりガードできる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はず。
自分の考えに今ひとつ自信が持てないのは、本人に自分を守るという自覚がないからだ。そこが一番のネックだった。





日曜は晴天。

花火が上がり、桜ヶ丘高校の秋の体育祭が幕を開けた。

[←][→]

8/48ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!