ないしょ
ピピピピピ・・・・



携帯の音に目を覚ますと部屋は真っ暗。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。暗い中携帯の点滅する光を見つけ、ベッドからずり落ちそうになりながら降りる。画面を見るとこの番号は・・・九鬼さん?


「ふぁい・・・」

なかなか覚醒しない頭で応答すると、電話の向こうでクスっと笑う声がした。

「すいません、起こしてしまったようですね」

「あ・・・いえ、・・・あの・・」

今何時だ?と思い、電気をつけて時計を見ると21時を少し過ぎたころだった。朝練に放課後の係りの仕事、今週は体育祭の準備で忙しく体がクタクタだったので、帰ってから少しだけ休むつもりがそのまま寝入ってしまった。



「実は折り入って静さんにお願いがあるのですが」
「僕にですか?」
「はい。詳しいことはお会いしてからお伝えしたいので。急で申し訳ありませんが、今度の土日、どちらかお時間を頂けませんか」

夏休みに起こしてしまった暴力事件で、警察のお世話になってからまだ日が浅い。そのときはいろいろな意味で九鬼には迷惑をかけてしまった。その後すぐにお礼の電話をしたが、会ってきちんとお礼が言いたいとも思っていた。

「はい。でも、あの、明日は学校があって・・・日曜体育祭だからその準備で・・・」
「ああ、それで疲れているんですね」

こんなに早く寝ていた理由を言い当てられ、子どもみたいだと思われなかっただろうか、ちょっと恥ずかしくなる。

「月曜と火曜が振り替え休みだから、そのどちらかではだめですか?」
「はい、ではどちらの都合がよいでしょうか」

どっちがいいかな?きっと鷹耶からも連絡が来るはずだ。もしも泊まりで食事とかになったら2日ともつぶれちゃうし、もちろん泊まりは断るけど、僕の言い分をすんなり聞いてくれる人じゃないし。

「じゃあ、月曜日でお願いします」
「若との予定もあるのでは?」

九鬼には分かっているのだろう。貴重な土日に鷹耶が静を誘わないわけがない。その休みを奪うのだからバレた時のことを考えると・・・いや、考えたくない。

「大丈夫です」
「そうですか。それともうひとつお願いが」

言いにくそうな九鬼の声に首をかしげる。



「私と会うことは、若には内密にお願いします」
「?」

言われてみて確かにそうしなきゃ、と思う。先日本家での出来事を思い出すと、鷹耶の態度はどう見ても九鬼や修お爺ちゃんを嫌っているようにしか見えなかった。会うことを話せばきっと機嫌が悪くなるに違いないし、会うなと言うだろう。鷹耶の事に関してはただでさえいろいろと考えないといけないことが多いのに、これ以上悩み事を増やすのも面倒だった。

「分かりました。鷹兄にはないしょにしときます」
「すいません」




月曜日に会うことを約束して電話を切る。わざわざ本家に呼ばれるなんて、一体何の用事があるのだろう。電話で話せないことって?思いにふけっていると再び携帯がなる。画面の番号は鷹耶。すごいタイミングでかかってきたな・・・ボタンを押すのを躊躇したのは、九鬼との内緒ごとに、ちょっとだけ後ろめたさを感じているからかもしれない。


「はい」
「静」
「うん・・・」

相変わらず、耳に心地よく響くテノール。電話越しでもこんなにいい声なのに、これを耳元で直にささやかれるとゾクゾクして・・・って、何考えてんだ僕。

「元気がないな」

九鬼からの電話のことを考えていたので、まだ心の準備ができていなかったというか・・・でもここで変に勘ぐられるわけにはいかなかった。

「そんなことないよ、体育祭の練習でちょっと・・・つかれてるのかも・・」
「そうか、今週だったな」

何とかごまかせたかな。鷹耶は勘が鋭いので、ちょっとした言葉も気をつけなければならない。

「無理はするなよ、まだ怪我も完全に治ったわけではないのだからな」
「うん。大丈夫だよ」
「月曜と火曜が休みになるんだったな・・・・・・月曜に食事に行こう」
「あ、あのね」

来た!やっぱり、絶対月曜って言うと思ってた。鷹耶のことだ、最近断り続けていた食事の後のお泊りコースに、久しぶりに誘ってくるに違いないと予想はしていた。

「月曜日は倫子さんのマンションに行かないといけなくて」
「あの女の?」

電話の向こうで一気に声のトーンが下がる。うまく切り抜けなきゃ。

「うん、急いで送ってほしい荷物があるって連絡があって、マンションに行って探さないといけないんだ。結構いろいろあって・・・僕もたぶん体育祭で疲れているから午前中は寝ていたいし。だから午後ゆっくり探そうと思って」

まるっきり嘘と言うわけではない。夏に帰って来れなかった倫子から送ってもらいたい荷物があるという連絡は実際もらっていた。ただそんなに急ぐ必要は無く、暇ができたらそのうち送ってと言うくらいのことだった。今はそれを言い訳に使わせてもらおう。

電話の向こうは舌打ちが聞こえた後、しばらく無言だった。大嫌いな倫子のことで予定を変更せざるを得ないことがきっと嫌なんだろう。ごめんなさい倫子さん。嘘に利用してしまって。許してね。

「だから・・・火曜じゃだめかな」
「しかたがない。その代わり朝から時間を空けておけ」
「朝から!」

月曜は九鬼が朝早く迎えに来る。本家は遠いから帰りも遅くなるのではないかと思う。だから火曜はゆっくり寝ていたかったのに。

「なんだ?都合が悪いのか」

またもや困った声で返答する僕に、不満げな声で聞き返す。変にへそを曲げられるとやっぱり月曜に食事だとか強引に決められそうなので、ここは頑張って乗り越えるしかない。

「ううん。分かった。じゃ、火曜の朝ね・・・」
「9時に迎えに行く」
「11時・・・」
「だめだ」
「うー・・・」

ゆっくり休みたかった振り替え休日も予定が満載。体は疲れ切っているのに大丈夫か自分・・・じじくさいことを考えながら、風呂から上がると髪も乾かさずそのままベッドにダイブした。






「かわいいな・・・」
「はい?」

土曜日、最後となる朝練の最中声をかけてきた園田先輩は、僕を見て開口一発そんなことをつぶやいた。
なんのことだ?と思っていると先輩の手が髪に触れた。何度も髪をすいて撫でながら、クスクス笑っている。

「なんですか?」

髪を触る手を軽く押しのけた。あんまり触ったりしないでほしい。周りが2人の仲むつまじい様子を興味深々で見ているのが分かるから。また変な噂を流されたらたまらない。

「髪・・・はねてる。猫の耳みたいでむちゃくちゃかわいいぞ」
「あっ・・・」

昨日髪を乾かさず寝てしまった僕の髪は朝盛大にはねまくっていた。濡らして押さえてきたんだけど、またはね上がっていたなんて。

「えー!やだ・・かっこわるい」

頭を両手で覆って猫の耳を隠すようにすると、どうにかしてやるからと先輩に水道まで連れて来られた。そこに座ってろと言われたので、階段の端に腰かけ待っていると、先輩が首にかけていたタオルを濡らし戻ってきた。折りたたんだタオルを頭の上に乗せると、そのまま上から押さえてくれる。

「少しこうしておけば、髪も落ち着く」

「すいません」

「はねてるのもかわいいんだがな」

「やですよ、そんなの」



向かい合って話している顔がなんだか近い。両手で耳の辺りを押さえてくれている手に少し力がこもったのを感じた。



顔に落ちる大きな影。



上目づかいで見上げると・・・・・・・・・・・・温かいものが唇に触れた。


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