初マンション
体が大きく揺れるのを感じ目を開くと、鷹兄が間近で僕を見降ろしていた。寝ている間に車は目的地に到着し、僕は抱きかかえられたところでようやく目を覚ました。




「んぁ・・」

「起きたか。まだ寝てていいぞ」

「・・・ここ・・・どこ?」


意識がはっきり戻ったのは、エレベーターの中だった。僕は抱きかかえられたまま、鷹兄の腕の中でボーっとしていた。車に乗せられてやってきたここは、始めて訪れる場所だった。
エレベーターが止まり扉が開く。

「僕、歩けるから」
「靴がない」
「あ・・・」

そういえば、本家から出るときパジャマの姿で抱きかかえられたまま出てきたんだった。靴もだけど・・・

「携帯・・・あっ、鍵もお財布もない。洋服だって洗濯してもらってそのままだ」
「そのうち送ってくるだろう」

鷹耶はそんなものはどうでもいいと言い、どうせなら新しいものを買ってやるし、鍵はスペアを持っているから困ることは無いと言いきった。そう言われて、1人暮らしを始めたときに鷹耶からアパートのスペアキーを取られていた事を思い出した。
鷹耶が言うように荷物はきっと届けてくれるのだろうけど・・・結局自分のせいで最初から最後まで迷惑ばかりかけてしまった九鬼のことを思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。携帯が戻ったらちゃんと謝ってお礼を言わないと・・・




僕が寝ている間に連れて来られた場所は、どこかのホテルかマンションのような所だった。エレベーターから出ると、広いエントランスにドアが一つ。その前には男の人が2人立っていた。誰だろう?この階は部屋が一つだけみたい。

「ここ、どこ?」
「マンション」
「・・・誰の?」
「俺の」

初めて訪れる鷹耶のマンション。

鷹耶の会社もこの夏初めて行ったが(不本意な理由で)、マンションに来るのも初めてで、自分は結構鷹耶の事については知らないことばかりだったと改めて思った。キョロキョロ辺りを見回しながら落ち着かない僕を見てククッと笑った鷹兄は、「ようこそ我が家へ」と僕を見降ろして言った。



「お帰りなさいませ」

頭を下げて言葉を発した人達に驚くと同時に、パジャマ姿で抱きかかえられている自分の姿を想像して、恥ずかしくなった僕はとっさに鷹兄の胸に顔をうずめた。
その人達はドアを開けてくれて、鷹兄は一瞥もせず部屋に入った。そして重たそうなドアが閉まったところでようやく僕は顔を上げた。

「今の人達誰?」
「部下だ」

ドアなんか開けてもらっちゃって、なんだか申し訳ない。会社だけでなくて家にも部下の人がいるんだ。すごいというか、人件費がもったいないというか。社長さんってそんなものなのかな。あの人達この後どうするの?まさかずっと外に立ってるの?椅子とかあるのかな。疲れないかな。

「ねえ、鷹兄?あの人達疲れないのかな」

ふと浮かんだ疑問を投げかけると、鷹耶は何のことだ?と眉根を寄せて僕を見返したけど、すぐに意を介したようで、

「それが仕事だ。お前が気にかけることではない」

と鷹耶は言ったが・・・ドア係りの仕事?それなら1人でも十分じゃん。ドアくらい自分で開け閉めすればいいのに。贅沢だよね。そうだ、後でドア係りさんに挨拶もせずにすいませんでしたって謝りに行こう。
強面のドア係りさん・・・静にはボディーガードや護衛などという仕事は到底頭に浮かんではこなかった。





部屋は黒を基調とした落ち着いた部屋だった。リビングのソファーに下されて部屋を見回す。広い空間にチョコンと座る自分が何だか落ち着かない。鷹兄はペットボトルの水を持ってきてくれた。キャップを外したペットボトルを両手で受け取る。ちょうど喉が渇いていたので助かった。冷たい水はのどを潤し、体中にしみわたるようだった。

ペットボトルを頬にくっつけてその冷たさに気持ちいい〜とつぶやきを漏らすと、鷹兄はペットボトルを取り上げ、僕の額に手を当てた。

「熱は・・・無いな」
「あ、うん。下がったみたい」
「手の傷が・・・増えているようだが」
「あ・・・ごめんなさい。・・・ケンカしたとき、右手の拳切っちゃった」

自分からケンカしたことを告げるのは言いにくかったが、もういろいろとバレているはずなので思いきって口にした。

「お前は・・・目を放すと本当に・・・・・・・・何をしでかすか見当もつかない」
「うん。反省してる。ごめんなさい」
「何だ、今日はやけに素直だな」

怪我の増えた手を取り、心配そうに擦りながら、労ってくれる鷹耶も今日はいつも以上に優しく感じる。鷹耶に会えたらちゃんと謝る気持ちでいたのだから。迎えに来てくれた鷹耶にはびっくりしたけど、チャンスだと思って素直に謝ろう。



「その・・・・・・・・・・・・・逃げたりして・・・・・・・・・・ごめんね鷹兄」
「・・・正直、あれは・・・まいった」

「うん。勝手な事したと思う。置いて行っちゃった会社の人にもちゃんと謝ります」
「いや、あれはあいつらの失態だ。静が謝る事は無い」

「でも、きっといろんな人に迷惑かけたし」

確かに静の脱走のおかげで、鷹耶の部下達はそれぞれが大変な苦労をした。静がその事実を詳しく知ることは無いが、きっと自分を探すためにたくさんの人が動いたことは、普段の鷹耶を見ていれば想像がついた。


「もう心配させるな。お前が消えたあの日は、生きた心地がしなかった」
「うん。もう・・・しない」

「そうだな」
「うん」

言葉を交わすたびに、鷹耶との離れていた距離が縮まるのが分かって、また目がうるんでくる。




「泣かせてばかりだな、俺は」




冷たく長い指先が、目じりからこぼれ落ちそうな涙をぬぐってくれた。手はそのまま頬に添えられ、鷹兄の顔がすぐ近くに寄って来た。体を後ろに引いてもソファーの背もたれがそれ以上の後退を許さず、2人の体重がかかったソファーのきしむ音が大きく聞こえた。



・・・僕はどうしていいか分からなくて、でもこれ以上自分を見つめる鷹耶の色情をはらんだ目を見ていられずに、ギュッと目を閉じた。

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あきゅろす。
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