おうちへ帰ろう
鷹耶の強烈な蹴りを受け止め膝をついた所に、追い打ちをかけるように再び蹴りが襲い、九鬼のわき腹がガッと嫌な音を立てた。
「九鬼さん!」
静は血相を変える。今の音・・・もしかして折れてる?
それでも九鬼は鷹耶から目をそらすことなく膝立ちのままで、痛むであろうわき腹にも触れず引こうとはしない。
「お帰りください若」
「九鬼、防戦一方では、貴様に俺を止めることはできない」
「若に手を上げることなど・・・」
「なら、死ね」
「そうも・・・・・まいりません」
どうしてそんな目で九鬼さんを見るんだろう。暗い影を帯びた目で、九鬼に近づく鷹耶が怖い。空港からの帰りに傷口に触れようとした狂気の目も怖かったけど、そんなものとは比べ物にならないほどの恐怖を感じる。
「だめ、やめてよ」
静は、九鬼の制止も聞かず駆け寄った。鷹耶は九鬼を仕留めるために、容赦なく再び攻撃をする。九鬼は襲い来る衝撃に耐えようと、両腕を構えた・・・・
しかし・・・予期していた衝撃や痛みは訪れなかった。
「な、!! 静さん」
九鬼の目に映ったのは・・・
鷹耶の背中から腕をまわし、必死に引き止めようと抱きつく静の姿。
「もう、やめてよ鷹兄・・・九鬼さんにひどいこと、し・・しなぃ・・」
最後の方はもう泣きながら、声にならない叫びが漏れた。
鷹耶の腰に必死に細い腕をまわし、渾身の力で引き止めた。鷹耶の力は思っていた以上に強く、止めても引きずられるようだった。
鷹耶は背中にぬくもりを感じた。細腕で自分にすがりつく静を見て、未だに怒りが薄れることのない凶悪な目を細め、冷酷に言い放つ。
「静・・・手を放せ」
「やだ!」
「静」
「だって、放したら・・鷹に、九鬼さんに、ひど・・こと・・」
泣きながら訴える静の手は、震えている。力の入れすぎで震えているのと、鷹耶が怖くて震えているのと、どっちもだった。痛々しい白い包帯を巻く手に更に力がこもるのを見て、鷹耶は目を眇めた。
「分かった・・・・・・もう何もしない。だからその手を放せ」
「ほ・・本当に」
「ああ」
「絶対?」
「絶対にだ。俺が静との約束をたがえたことがあるか」
「・・・・」
静は“無い”と首を振った。
震える指に鷹耶の指が重なり、一本ずつ外されていく。
外した両手を優しく掴んだまま、静に向き直ると、目を真っ赤にして泣きはらした静と視線が合った。かわいらしい顔が真っ赤になって、涙の痕が乾く前にまた新たな涙が流れ落ちる。片手であふれる涙を丁寧に拭ってやり、心配ないと汗で張り付いた額にかかる前髪を流してやる。
幼い子供をあやすように何度も何度も頭を撫でてやる姿には、もう先程の殺気は感じらなかった。
「鷹に・・も、かえろ・・」
このままここに居たら、また九鬼に何をするか分からない。今度また鷹耶が暴れだしたら、自分は止めることができるかどうか・・・。九鬼の言葉から鷹耶はどうやら、本家への出入りが禁止されていることも分かった。なら、ここにこれ以居させてはいけない。
「か・・帰ろうよ・・」
「ああ、一緒に帰ろう」
「それはなりません若。どうしても連れて帰りたいとおっしゃるなら、会長がお戻りになるまでお待ちになってください」
わき腹が痛むのだろうか。こめかみに油汗を流しながら九鬼は声を絞り出した。
「会長の言葉だろうと、既に意味は無い。何よりも静本人の意思が大事だろう」
九鬼も静も息を飲んだ。
静が鷹耶に“会いたい”と告げたからここに来たのだと。そして今“帰ろう”言った。だから連れて帰る。そう鷹耶は自分の行動を正当化した。
秋月が了承した「こちらから一切手は出さない」という言葉通り、鷹耶は本家には一歩たりとも、自らの意思で足を踏み入れてはいない。さすがの鷹耶も本家と交わした約定を自己の短慮で破棄することはできない。後見人である祖父がいる限り、静といつ会えるのかも定かではなかった。
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