会いたくて
夜・・・また目が覚めた。




ここにきて3日目を迎える。あと2,3日は静養を言い渡されたが、熱も下がり自分では気持ち的に病人を脱したと思っている。

帰りたいな・・・もう、大丈夫だよ。ゆっくり右手をグーパーしてみると十分に動く。包帯をとっても大丈夫だと思う。左はまだ全然だが、もうしばらく日が経てば不自由もなくなるだろう。


外でガザっと小さい音がした。


ふすまを開け、廊下に出ると庭はまだ真っ暗で朝が来るまでに時間がありそうだ。携帯を取りに部屋に戻り時刻を確認すると午前3時を過ぎたところだ。
庭への窓を開けて、縁側に座る。虫の声が響き、またガサと草が揺れた。虫がはねたのだろう。残暑なので、明け方近い空気は少し冷えていて気持ちがよかった。






小さい頃祖父と通ったこの家。始めは怖くてたまらなかったのに・・・
屋敷森で遊んでいるときに、鷹兄に偶然出会って。
もしもあの時出会わなければ・・・

鷹耶と出会って、弟のように、家族のように一緒に過ごしてきた。優しくて、頼りがいがあって、静の言うことは大抵のことは叶えてくれる。悪いことをしたときはすごく怒られて、でも頑張った時はすごく褒めてくれる。ギュッて抱きしめて褒めてくれる。
お兄ちゃんというよりは育ての親みたい。だってしつけとか言っていろいろ制限するし。

中学の時は会うのを制限されていたから、会った時のかわいがられ方は半端なかった。物も、愛情も十分なほどに与えられてきた。思い返してみると自分が思っている以上に、鷹耶は常に自分の人生に大きなものとして存在している。お兄さんのような、お父さんのような・・・どちらかと言えばお父さんの方が何かしっくりくるとか言ったら・・・怒るよね。きっと。

「ほんと、あしながお兄さんだよね。鷹兄って・・・」



クスッと自然に笑みがこぼれる。ずっと喧嘩して、怒っていたのに、今はあの不機嫌な顔が懐かしくてたまらない。
鷹兄って、かっこいいんだから、いつも笑えばいいのに。あんな怒った顔ばっかりしないで。機嫌がいい時ってたまにしかないもんね。







やっぱり、まだ怒ってるかな。



数日後に帰ったとして、なんと言って謝ろうかと考えた。

素直にまずごめんなさいだよね。きっと怪我が酷くなった理由とか聞かれて、警察に補導されたこととかまたすごく怒られるんだろうな。でも、悪いのは自分だし、部下の人置いて逃げ出した事をまず謝らないと。

「はあ、怖いよ、やっぱり、無茶苦茶怒ってるよね」

だからこそずるいとは思ったが、九鬼に連絡をしたのだ。

鷹兄に連絡しなかったことも、やっぱり怒ってるんだろうな。
なんだか僕って、鷹兄を怒らせることしかしてない・・・
軽蔑されても当然か・・・


叱られるのは我慢できそう。だってどんなに怒っても、最後は許してくれるから。いつだってそうだった。そりゃあ・・・怖くて怖くて正直になかなか言えないんだけど。
どんなに心配をかけても、怒らせても、呆れられても叱った後はまたいつものように優しい鷹兄に戻ってくれた。だからそんな鷹耶のそばにいることは、家族に守られているようで心地よく、安心できる居場所だった。




嫌いにならないで・・・




あやまって許してもらえる事なのだろうか。


軽蔑、嫌われる・・・やだ、それこそ怖い・・・


じゃあ、会わないでずっと逃げるの?


会わないなんて・・・会えないなんて・・・それこそいやだ!




ギュッと携帯を握る手に力が入ると、左手の甲にも痛みが走る。

「って・・・」

包帯の上からかるく擦って、こんな怪我までして、自分の不注意にまた情けなくなる。迷惑ばかりかけて。





『ごめんなさい。鷹兄』
『正直に言えて偉いね静は。でも、もう危ないことをしてはいけないよ』

『うん、もうしない。気をつけるから・・・だから、、まだ怒ってる?』
『まさか・・・もう怒ってないよ。静が笑っているのに、俺が怒るわけないだろう』

『鷹兄・・・だいすき!」
『俺の方が大好きよ、静』

『えー。僕の方がだいすきだよ』
『いいや、俺の方がもっと静を好きだ』

『そんなことないもん、ぜーーーーーったい僕の方が好き!』
『分かった分かった・・・じゃあ二人とも同じくらい好きなんだから、それでいいじゃないか』
『うーん・・・僕の方が・・・・。うーん・・・じゃ、分かった。それでいいや』



喧嘩した後は、そんな仲直りばっかりしてたっけ・・・小学生低学年の頃だけど。小さかったから素直になれたんだよね。好きとか、大好きとか、今そんなこと言ったものなら絶対いいように解釈されて、またキスとかされるかもしれない。




・・・あれは参ったな。



2か月くらい前。いきなりの告白とキス。

過剰なスキンシップが気にならなかったと言えばうそになるけど、自分は家族愛だと信じて疑いもしなかったから。
あんなかっこいい、女の人にもモテる鷹兄が、こんな何の取り柄もない普通の高校生の僕に「好きだ」とか・・・
小さい頃に何度も言っていた「好き」とは明らかに違う、普通なら異性に対して抱く「好き」。そんな感情を向けられて無茶苦茶戸惑ったし怖かった。


鷹兄のキスは・・・不機嫌で冷たい表情の多い鷹兄からは想像ができないほど、熱くて、とろけるように甘くて、情熱的で・・・

「うわ・・・」



思い出すだけで顔が熱い・・・だめだ、せっかく下がった熱が上がりそう。



優しくて、意地悪で、怖くて・・・

ああ、やっぱり





「会いたいよ・・・鷹兄」





握った携帯を開ける。午前4時。そろそろ夜が白み始める。

電話番号を打ってみる。その番号は今まで一番押した、絶対忘れることのない番号。
じっと見つめていると画面の明かりが消え、またボタンを押して番号が浮かび上がるようにする。それを何度も繰り返す。

かけて・・・みようかな・・・でもまだ4時過ぎだし・・・寝てるよね。電源切れてるかも。迷惑だ。やっぱりやめよう。


そう思って立ち上がり、縁側の窓を閉めて自室に戻った。冷たくなった布団にまた横になったが、冴えてしまった目を閉じても一向に眠気は訪れない。布団の中から手を伸ばして再び携帯電話を取る。番号を打ち込み、その数字を口ずさむ。

「09・・っ・・・」

声が震えて最後まで番号を言いきることができず、気づいたら涙が目じりからこぼれ落ち枕を濡らした。



『どうしてこんなに・・・・会いたいんだろう・・・』



分からない。謝りたいからだろうか。けんか別れしたままで後ろめたいからだろうか。
理由は考えても分からない。ただ無性に会いたい。





理由なんかないんだ。




「・・・た、か・・」



鷹耶の名前を呼びながら・・・指は無意識にボタンを押していた。


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