伝わらぬ想い
安心したからか、次の日どっと熱を出した僕。



次の日は一日中フワフワと漂うような感覚に陥っていた。額に当てられたぬれタオルがひんやりして気持ちがいい。小さい頃はよく熱を出して学校を休んでいた。そのたびお爺ちゃんが看病してくれて、夕方になると鷹兄がいつもお見舞いに来てくれて・・・

熱に浮かされて天地も分からないくらいフラフラしている目の前に、黒く大きな影が見える。誰か、そこに居るの?



「鷹・・・に・・・」


静の言葉に九鬼は相好を崩し、困ったように喉の奥で笑った。熱でうなされている静は、自分と鷹耶を混同しているようだった。再び浅い眠りに落ちる。熱はまだあるが、今朝よりは呼吸も整ってきた。気になるのは食事。昨日は食欲がなく食べておらず、今日も一日眠ったままだ。早く治って元気になってもらいたい。



昨日、正午に加賀美から事後報告があり、一日経った今日も、鷹耶が強襲して来る気配は無いので、九鬼も計画通り事が運んだようで胸を撫で下ろしているとところだった。
会長の命令だと言っても、鷹耶がそれを受け入れると言う絶対的な保証はなく、もし逆らって本家に乗り込んできたら、自分が大事に育ててきた若を、自らの計略で危険に晒してしまうこととなり、九鬼にしてもこれは大きな賭けでもあった。

もしも命令を無視し、激情にまかせて鷹耶が本家に現れたなら、命を賭けてでも諌めるだろう。会長の不興を買わせるわけにはいかない。自分が仕組んでおいて、身勝手な言い分だが、結局はどちらに転んでも鷹耶を助けるために動くのだ。鷹耶の元を離れ、海藤修造の手ゴマになっても、若への忠誠心を完全に捨てることなどこの九鬼には無理なことだ。自分も随分甘いものだと、自嘲する。



鷹耶の望みは何でも叶えてやりたかった。あの横暴な若は欲しいものは奪い取るのが当たり前で、人から与えられたものなどに興味はなく触りもしない。そんな鷹耶が大事にしてきた静だ。
今回の事件。鷹耶の執着ぶりはこの10年で分かっていたはずなのに、まさか、拳銃をぶっ放す程とは・・・
加賀美の話を思い出しながら、どこで育て方を間違えたのだろう・・・自分なりにしっかり教育してきたつもりだったのだが・・・と自分の力の無さを今更ながらに痛感する。

『もう・・・正直死ぬかと思いましたよ。2発ですよ2発。しかも最後は秋月さんにも・・・もう私は二度とあそこの人達とは関わりませんからね』

役目は果たしたのだから文句くらいは言わせてくださいと、ミサカの社長と幹部について激白する加賀美に、それは貴重な体験をしたなと労をねぎらったつもりが、揶揄されたと受け取った加賀美はしばらく声も聞きたくありませんと怒って電話を切った。

『海藤鷹耶の逆鱗に触れて、命があったのだから自慢できるぞ。お前の株も上がるだろう』

そう言って褒めたつもりだったのだが・・・なかなかうまくいかないものだ。
九鬼はため息をついた。



若の想いはきっと大きすぎて、静は簡単には受け取ることはできないだろう。静の若を思う気持ちは分かるが、それは若が欲している気持ちとは違う。心が育つには時間がかかり、しかも恋愛感情が芽生えるという保証はない。静の想いは家族愛のようなものだろう。



想いを伝えるのはこんなに難しく、伝わらないことはこんなに歯がゆいことなのか。



自分の父性のような感情は、若にはクソうっとおしい目付役の仕事としか映っていない。自分は命をかけてお仕えしても小さい頃は「うざい。死ね。消えろ」のオンパレードだった。今でもあまり変わらないが。
大学を卒業と共に若の世話役について、20年。小学生の頃からかわいげと言うものが全く無く、大人の世界で育った鷹耶は大人びた考えを持つ扱いづらい子供だった。だからよけい静がかわいく見える。




・・・いつか、お二人の気持ちが睦み合う日が来ることを願っています。




熱をもったタオルを冷やし、また額に乗せる。張り付いた前髪を横へ流してやった。







真っ暗な中目が覚めた。

しばらくそのままにしていると、夜の闇に目が慣れて来る。ゆっくり体を起こすと、痛かった節々がだいぶ楽になっている。熱が下がったのかもしれない。ずっと寝ていたので、1日経ったのか、まだ今日なのか、それとも二日くらい経ったのか分からない。枕の横を見ると、籠の中に携帯電話と財布、そして家のかぎが入っていた。服は洗濯してくれていたので、ポケットの中身を出してくれていたようだ。

携帯を取ると、午前4時を過ぎたところだ。昨日の夜からなので、丸一日以上寝ていたことに驚いた。そんなにも体は疲れていたのだろか。携帯を切り再び布団に横になる。やはり、どれだけ寝てもまだ体に疲れが残っているように感じた。

久しぶりに嗅ぐ畳の香り。
鷹耶が住んでいた。海藤の家。
今はなぜか自分だけがここに居る。



「鷹兄・・・」



暗闇で呼んでも声が返ってくることはなく、再び静寂が訪れる。



「鷹兄・・・鷹に・・」





会いたい。




会ってちゃんと謝りたい。

ごめんなさいって。



許してくれないかもしれない。また怒られるかもしれない。軽蔑されるかも知れない。



でも・・・

それでも会って謝りたかった。

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