九鬼さんとの再会
「朝川くん」お迎えが来たわよ。


婦人警官のお姉さんに個室から連れ出され、再び生活安全部へ向かう。重い足を引きずって会いたいけど、会いたくない人を探す。キョロキョロ見渡すが九鬼は見当たらず、お姉さんに連れられて来た待合室には、スーツを着た男の人が2人ソファーに腰掛けていた。

「お待たせしました。さあ、朝川君もここに座って」
「・・・・・・?」

僕のお迎え?誰だろう、この人たち。
静の前に座るスーツを着た男の顔を静は初めて見る。


「はじめまして、朝川さん」

良く通る声で、挨拶をした男性は30代くらいだろうか。カッチリと隙なくスーツを着こなし、洗練された動きと人当たりの良さそうな笑顔で話しかけてきた。

「・・・あの・・」

僕は戸惑いながら、本当に自分の迎えなのかを確かめようとすると、

「私は加賀美といいます。弁護士です。今回、保護責任者代理の九鬼さんが外せない仕事でどうしても来ることができず、代わりにあなたを引き取りにきました」

ですからご安心をと、僕が不安な目で見ていたのが分かったのだろう、自分が来た理由を教えてくれた。



お姉さんは今回の事件の概要を弁護士さんに話し、保護責任者には十分少年の生活について目を光らせ、今後繰り返すことがないようにしっかり監督するように伝えてくださいと話した。
引き取るための手続きが少しあるので、責任者代わりの弁護士さんと一緒に厳重注意を受けた僕は、もう一人の男の人に連れられて先に車で待つことになった。







外の景色が眩しい。
ここで過ごしたたった半日が、ものすごく長く感じた。
日はもう高くまで昇り、警察署を出たとたん蝉の鳴く声が耳に痛いほど響く。
警察署の横に回り、建物の影になっている所に2台の大きな車が停まっている。黒いのはベンツ。もう1台のシルバーの車種は分からない。
ベンツの後ろのドアが開き、中にどうぞと促された。すいませんと言ってから、後部座席を覗くと・・・



「九鬼さん!」



仕事で来られないと言っていた九鬼が、昔と変わらぬ優しい表情で座っていた。

「お久しぶりです、静さん。さあ、早く乗って」
「あ、はい」

車内には九鬼さんと運転手さん。さっきの男の人はシルバーの車の前で立っている。



「すいません。直接引き取りに行けず」
「い、いえ、そんなこと」
「私もいろいろやらかしてますから、あそこに入るのは勇気がいるんですよ」

九鬼は笑って答えた。九鬼もヤクザだ。でも静は鷹耶の世話役だった優しい九鬼の姿しか知らないから、いろいろやらかしたの「いろいろ」が想像できない。



昔、まだ海藤の本家にお爺ちゃんと一緒に通っていた頃、鷹耶のあの性格に、周りの人間は恐れ近づかず、手を焼いていたのを静はおぼろげに記憶しているが、そんな鷹耶を九鬼だけは虐げられながらもうまく扱い、時には遠まわしに諫めてしまう手腕は、小さい静の目にもすごい人だと映っていた。

「いえ、僕こそすいません。こんなことになってしまって」
「若いころは誰にでもあることです。気にすることはありませんよ」

嫌われたり、軽蔑されたりするのではないかと怯えていた静は、九鬼の言葉に止まっていたはずの涙があふれ出した。
九鬼はハンカチで静の瞳から零れ落ちる涙を丁寧にぬぐうと、その頬に通常よりも高い体温を感じ取った。

「静さん、熱があるのではないですか」
「? 無いと・・・思うんですけど」

そういえば警察署のお姉さんにもそんな事を言われたと九鬼さんに話すと、額に手を当てられやはり熱があると言われた。
そして、怪我をしている右手の拳を見た後、左手の汚れた包帯を解かれ真っ赤に染まった絆創膏を見て目を眇めた。

「これは、、、1週間前の怪我で・・治りかけてたんだけど、ちょっと」
「痛かったでしょう。かわいそうに。すぐ手当しましょうね」







コンコンと、九鬼さん側のスモークガラスを叩く音がする。ウィンドウがスーっと下がり、そこにはさっきの弁護士さんがいた。

「手続きは全部終わりましたから。私はこれで帰ります」
「ちょっと待て、加賀美」

九鬼さんは僕と話すときとは少し違う声で、弁護士さんを呼び止めた。そして運転手に何か指示をしていた。運転手さんが出して来たのは、ヘッドホン?

「仕事の話が少しだけありますから、申し訳ありませんがこれを付けていてください」

そして運転手さんから受け取ったヘッドホンで僕の両耳を押さえた。聞こえてくるのはクラシック?外界の音は何も聞こえない。

聞かれたらいけない話なんだろうな。
九鬼達ならそんな話もあるだろう。素人の静に聞かせられない裏の世界の話。
静は背もたれに寄り掛かり、座席に深く身を沈め、目を閉じて待つことにした。熱のせいで体が熱かった。だるいと思っていたのは熱のせいだったのか。

そして、やっと安心できる人物の横で、緊張の糸がほぐれた静は、心地良いクラシックの奏でる音を聞きながら、ゆっくりと眠りの世界に入って行った。




呼び止められた加賀美は、ヘッドホンをはめて目を閉じた静をチラリと見た後、車のウィンドウに手をかけて寄りかかった。


「話って、何ですかね。あまり厄介事は抱え込みたくないんですが」


今回静を引き取ることも、加賀美にとっては厄介事であった。朝早くに携帯に電話が入り、警察署に補導されている少年を保護しろと言うのだ。皇神会幹部の九鬼が、ガキ1人の保護にわざわざ連絡を入れてきたことに、海藤一族の関係者か、または幹部クラスの組員の息子が何かをしでかしたのかと思っていた。


『朝川 静という少年だ。暴力事件で保護されている。私は中には入れない、お前が迎えに行け。丁重にな』


電話の向こうの九鬼の声は、相変わらず冷たくて、しかし多くのものを従えさせる威厳をひしひしと感じさせた。その九鬼が丁重になどという言葉を付け加えるので、相手はどんな奴なのか自然と興味もわいてくるものだ。


「やっこさんにお世話になるなんて、どこのバカ息子ですかね?」

加賀美は皇神会の専属弁護士の1人だ。表向きには個人事務所を構えて多くのクライアントも抱えているが、その仕事は部下にまかせ、組織が抱える重大な案件やトラブルを一手に引き受けている。
今回のような少年の保護などに、加賀美が呼び出されるのは本人にとっては不本意なことで、九鬼の命令であるからこそ動いたわけであって、それが終わったのにまだ用件があるのかと内心不満を抱えていた。



「彼は、」

九鬼は一瞬だけ目を閉じている少年に視線をやった。その視線がいつもの刺すような視線ではなく穏やかな空気をはらんでいることに、少年が只者ではないことを安易に予想させる。

「若の・・・」

そこまで口にのぼらせて、九鬼自身も何と言うべきか迷った。
幼馴染ではないし、弟みたいなものと言うのが一番いいのだろうか。しかし自分がこの10年間見守ってきたこの二人の関係は。
静は鷹耶のことを、兄のような頼れる存在と思っていることは間違いない。

問題があるとすれば鷹耶の方だ。
鷹耶の静に対する接し方は、あれは・・・・・・・・・・愛する者や恋人に対するものと同じだ。


慈しみ、いとおしむ。


それこそ静が小学生のころは、まるでわが子のように大事に大事に育て溺愛していた。あの、鷹耶に他人を愛するなどという感情を植え付けたのは静だと九鬼は思っている。だからこそ手元から離せなくなるほどに執着するのだろうと。



「彼は、若の・・大切な方だ。」

「若?」

4年前に世話役を退いたとはいえ、九鬼が若と呼ぶ相手はこの世に一人しかいない。加賀美は嫌な予感が的中したことにやはりこの仕事を引き受けるのではなかったと後悔した。

「こいつミサカの社長の関係者ですか。・・・・・それで仕事の話って何ですか」
落胆のため息がこぼれる。

「この少年についてだ」
やっぱり。

「・・・あの、拒否権はないんですかね」

あの若様にはなるべく関わり合いたくない。皇神会の弁護士として、今後上までのぼりつめてくるであろう海藤鷹耶と全く接点を持たないなどと言うことはあり得ないのだが、できるかぎりは関わり合いたくない。あの身内にも容赦のない、冷酷無比な人間には。


「ちょっと、やっかいなことになりそうなんでな。加賀美、協力しろ」
「・・・あの若様相手にですか?」
「そうだ」




すやすや眠っているように見える静を見て、お前何やらかしやがった、と心の中で静に悪態をつき、自分に降りかかるであろう災難を想像すると、寝ている静の頭をこづきたくなる衝動に駆られた。

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