後悔のとき
「・・・九鬼(くき)さん・・」
僕は求めていた人が電話の向こうに居ることに安堵し、泣きながら名前を読んだ。
「静さん・・・どうしたんですか!!」
泣きながら、九鬼さんと、何度も名前を呼び続ける僕に、電話の向こうに居る九鬼さんは、慌てた声で僕を呼ぶ。
「どうしたんですか、大丈夫ですか。今どこに・・・若は傍に居らっしゃるんですか!!」
若・・・・とは鷹兄の事だ。
僕は九鬼さんの言葉に焦って言った。
「鷹兄には・・・言わないで。お願いだから、言わないで・・・」
「何が、あったんですか」
「お願いだから、鷹兄には・・言わないでじゃないと僕・・・」
切羽詰まって泣きながら、同じ言葉を繰り返す僕を心配する声。
「分かりました。若には何も言いませんから、今どこに居るんです」
錯乱する僕をなだめるように、優しく問い正す九鬼さん。でも僕はここまで来てまだ、居場所を口にするのを戸惑っていた。
軽蔑されるのが怖いから。自分を大事にしてくれた人が、自分から遠のいてしまうのではないかと、それが怖かった。
「静さん。私は本家に居ますが、すぐそこに行きますから、場所を教えてください」
「僕、、僕今・・・」
言葉が止まってしまった僕。
そんな僕の携帯電話を、お姉さんが掴み手から外し、「私が説明するから。いいわね」と、僕を見てニコッと笑うと、九鬼さんと話し始めた。
「もしもし、お電話変わりました。」
間が開く。
きっと急に電話の人物が変わったからだろう。
「もしもし・・・あの、今の少年の、朝川君のお知り合いの方ですか」
『・・・・・・・・・・はい、あなたは』
「私、代々木警察署の・・・・・」
お姉さんが九鬼さんとの会話を始めた。
僕が昨夜、暴行事件で補導されたこと。何も話さないので家に帰さなかったこと。保護者または代理の者が引き取りに来ることなどを簡潔に述べていた。
話し終わった後、僕に電話を返してくれる。
全てを知った九鬼さんの言葉が怖くて、受話器を耳につけても話すことさえできない。
そして時間が経つ。
「・・・・・静さん。聞こえてますか?」
ヒックヒックと泣き声を聞いた九鬼さんが労わるように言った。
「すぐに行きますから。1時間半・・・・いえ、ラッシュがあるのでもう少しかかるかもしれません。待っていてください。それと・・・若にはまだ知らせませんから、約束します、ですから泣かないでください」
そう言って九鬼さんは電話を切った。
「よかったわね。でも電話の人、後見人って言ってたけど・・・」
お姉さんは心配そうに、携帯を握りしめまたまま泣いている僕に聞いた。
「僕・・・家族、いないから・・・代わりに・・・世話を・・・・してくれてる人です」
「・・・・そうだったの・・」
お姉さんはそれ以上何も聞かなかった。
僕の涙を拭きながら頭をポンポンと優しく手のひらで触れた。
??
「あら・・・・きみ、朝川君・・・熱いわよ」
僕の額に手を触れ、やっぱり、微熱があるんじゃないのと自分のおでこにも手を当てる。
「熱とかないです。大丈夫・・・です、きっと、泣いたから・・・」
これ以上人に心配をかけるのが嫌だし、顔が熱いのは泣いたせいだから。お姉さんはそうなの・・・と言い、もう少ししたら迎えが来るから、それまでに簡単な調書だけ取らせてねと言った。
昨日とは違い、もう、隠す必要もないので、名前と年齢、住所と電話番号を話した。
学校名を言うのは迷ったが、絶対に学校には連絡しないと言う、お姉さんの言葉を信じて教えた。
お姉さんが退出したあと、1人になった僕は泣いたからかもしれないけど、どっと疲れて机に伏せた。
こんなことで、連絡をするなんて。ごめんなさい九鬼さん。
僕って、本当にどうしょうもない人間だ。1人じゃ何もできない。鷹兄が言っていた通り僕は・・・無力な子供だ。
僕を信じて、1人暮らしをさせてくれた倫子さんにも顔向けできない。
体が重い。
頭も痛い。
気持ちが悪い。
手は・・・もうよくわからない。腫れてる、ドクドク言ってる。でも、もういいや・・・
もう、いいんだ・・・僕なんか・・・・・
こんな・・・・・・・
僕なんか・・・・・・
静は机に突っ伏したまま、自分を散々罵って目を閉じた。
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