寄り道
うまいことに電車に乗って、きっと探しているであろう見張りを振り切ることに成功した静は、久しぶりに味わう町の喧騒に、帰って来たなと開放的な気分に浸っていた。


駅から出て、大きく深呼吸する。
夏の日差しはすでに高く、ジリジリと容赦なく照りつけるが、1週間ぶりの自由な空の下にいることが何よりも新鮮だった。



この駅で降りたのは商店街があったからだ。朝ごはんをまだ食べていないので、パンでも買おうかと思っていた。商店街のパン屋は通勤客のために朝早くから出来立てパンを販売している。運が良ければあったかい焼き立てを食べられるかもしれない。でももう11時時になるからちょっと遅かったかな?

ウキウキしながらパン屋の前まで来て、いつものように外から店内を窺い、品ぞろえを大まかに見聞する。
(そういえば・・・)

以前こうやって商店街に突っ立っていたとき、はま路の女将さんに会ったっけ。キョロキョロ辺りを確認してみたのは、前回夕ご飯にパンを買おうとして見咎められたのをちょっとばつが悪いと思っていたからだ。
(はま路か・・・)

ゆっくりと踵を返し、入ろうとしていたパン屋から離れる。商店街のわき道に入り、人通りの少ない裏通りを進むと、しばらくして見知った小料理屋に辿り着く。
竹づくりの細い格子戸の玄関ドアは閉まっていて、まだ暖簾がかかっていないので、いつもと雰囲気が少し違がう感じがした。今までは夜に来ていたからはっきりと目にしたのは初めてで、明るい日の下で見るはま路はこじんまりとして簡素ではあるが、どこか懐かしさを漂わせる落ち着いた日本家屋だった。

(まだ、開いてないよね)
玄関ドアの前で閉まった格子戸を眺め、開店時間がどこかに書いてないかと、看板を読むが店名しか記されていない。困った・・・





ガチャガチャ、ガタッツ、、ガラガラ


音がする方を見ると、竹格子の擦りガラスの向こうに人影が見えドアが開き、女将さんが出てきた。
ドアの正面に立っていた僕にびっくりして、次にその表情は嬉しそうな微笑に変わる。

「あらー。静ちゃんじゃないの。まあうれしいわ、来てくれたのね」
「あ、おはようございます、、ってもうこんにちはかな」

ドアが開いて女将と鉢合わせしたので僕も驚いた。挨拶をしながら照れる僕に、ご飯は食べたのといつものように心配しながら聞き、中に入るように促してくれる。
手に包帯を巻いた僕を見ると今度は悲しそうな眼をして、男の子はやんちゃさんね、でも怪我には気をつけなさいねと叱り方も優しい。怒ることしか知らないどこかの誰かさんとは大違いだ。大人とはこうあるべきだ。見習ってほしいよ。


そんな優しさがにじみ出る女将さん(可奈子さん)は、おっとりした感じの和風美人。髪を上に結い上げ、着物がとても似合っている。着物からは焚き込んでいる香の香りがふんわり漂っていて僕はこの香りが好きだ。

「お店は正午からやってるのよ。ちょっとバタバタしてるからたいしたものは無いけど、しっかり食べてね」



割烹着を着た女将さんが、湯気の立ったおみそ汁と、おにぎりを3つ、ぶりと大根の煮付けも出してくれた。

「なんか、いつもすいません」
「いいのよ、前にも言ったでしょう。美味しい美味しいって食べてくれる静ちゃんに、私の方が元気をもらっているんだから」

そう言って女将は店の準備を始め、しばらくすると大女将が奥の部屋から出てきた。



「おや。まあ、早くからめずらしい、静じゃないかね。ああ、残さず食べるんだよ、いつ見ても細っこいねぇ。夏バテなんかしてんじゃないだろうね」

僕に挨拶をさせる隙を与えない勢いでしゃべり倒す。さすが客商売。大女将は饒舌で、ちょっとおこりんぼさん。小柄だけど態度が大きいので、存在感が大きく感じる。

「静おまえ、朝ごはんは家で食べないのかい」
朝昼一緒の食事をごちそうになっている僕を横目でチラリと見て少し怒った感じで大女将が聞く。

「朝は、あんまり食欲無くて、いつも食べないんだ」
「親は、食べろって言わないのかい」

親は・・・この場合倫子さんの事だろうか。

「全く最近の親は、子供にろくな食事をとらせやしない。ああ、あんたの親をどうこう言っているわけじゃないんだよ」

口は悪いけど、一応気遣って話してくれる大女将は口が悪くてあきらさんとかには酷く当たるけど、本当は気のいい情の厚い人なんだろうなと思う。



「親はですね・・・居ないんですよ。僕」



「・・・両親ともにかい」
「うん」

次のおにぎりをムシャムシャ食べながら、おかかおにぎり好きなんだ〜と1人ごちっている僕。朝から、もう昼だけどこんなに美味しいおにぎり食べて幸せだ。



「お前、どうやって生活しているんだい。親戚の家にやっかいになっているのかいそれとも・・・」

大女将は施設という言葉を口にすることをためらい、野菜を切っている包丁をまな板に休ませた。
個室の畳に座布団を準備していた女将さんも、いつの間にか隣の椅子に腰掛け、おにぎりをほおばる僕の顔を見ている。


「今は1人暮らしだけど」

僕の言葉に、大女将は何だって!と仰天し、女将はまさかと信じられない表情を浮かべた。

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あきゅろす。
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