発覚
午前10時前。瀬名の携帯が鳴った。



それはいつもと変わらぬ静寂の中、黙然と堅調に仕事を行う社員達を激震させる連絡だった。


『幹部、申し訳ありません。朝川様が病院から姿を消されてしまいました』


部下の信じられない言葉に、表情は全く変わらないものの、携帯を握る手に力がこもる。まだ遠くへ行っていないかもしれない。逃げるとしたら駅だろうな・・・
瀬名はすぐに駅へ向かうように命令し電話を切ると、他の部下たちに聞こえないように小さくため息をつき社長室のドアをノックした。



「社長・・・朝川様が・・・」

瀬名の報告には頭も上げず書類を片付ける社長の手が、朝川の一言で、ピタッと手が止まる。

「何だ」

そこにある顔は、すでに怒りを含み、視線を向けられただけで体に激痛が走りそうなほどだった。
まだ本題にも入っていないのに、名前を出しただけで良くない報告であることが、社長にはもう分かっているのだろう。


「先ほど病院から抜け出したそうです。現在2人が駅方面を捜索中です」


機械がしゃべるように淡々と事実を告げた瀬名の言葉に、鷹耶の表情にさっと影が落ち陰残なものへと変わる。
秋月も西脇も鷹耶の表情から、これから先に起こるであろう面倒な難事を感じ取り緊張が走る。


「連れ戻せ、動かせる人間はすべて使え。報告は30分毎だ」

激高を押さえた低い声に、このような状況に慣れている自分でも背筋が寒くなる。

「それと、逃がした二人をここに連れてこい」

見張りと言う役を十分に果たせなかった彼らはそれなりの処罰を受けるのは当然たが、鷹耶はそれを自分で行うつもりだ。
それだけ鷹耶の内面に押し隠した怒りは凄まじいのだろう。


表のミサカとは別に、鷹耶や幹部の手足となって動く部隊がミサカの背後に存在する。彼らは裏組織に属する人間達であるので、命令されれば忠実にそれを果たす。どんな非道な方法を要したとしても。

八城組の人員も使えばすぐに100単位で人が動く。それでも見つからなければ、関東近郊にある皇神会や情報屋、支店や子会社、組織の5次団体まである人員を総動員すれば数千での捜索も可能だろう。そこまではしたくないのだが。

瀬名はとりあえずミサカの部隊に指示を出す。誘拐されたり事件に巻き込まれたわけではないので、手元にある50人でまず捜索に当たらせることにした。


「じゃ、俺は下に行って、ウッチーと情報捜索してくるわ」

西脇はソファーから立ちあがり、1人で9階にあるIT関連の部屋へ向かった。





階段を使って9階に下りる。階ごとの出入り口を警備する者たちが、幹部の到来に頭を下げ直立不動の体制をとる。


「宇都宮は今日は居るのか」

歩みを止めずに部下に問うと、緊張した面持ちで返事が返ってくる。

「はい、局長は昨夜より中央管理室に籠られたままです」

あの、コンピュータオタクは、また妙なシステムにはまり時間を忘れてみっちゃんと楽しいデートか・・・
『みっちゃん』とは宇都宮が名付けた、ミサカクリエイトのメインコンピュータの名前だ。ミサカだからみっちゃん。ネーミングのセンスの無さが残念だが呼ぶのは本人だけなのでまあ、いいだろう。


宇都宮はミサカの、情報部の局長だ。

あらゆるコンピュータの技術に精通するオールマイティーなハッカーである。
ハッカーには2種類あるがもちろん社会に有益なホワイトハッカーではなく、ブラックハッカーであり、若いころはマニアの中では伝説となっているクラッカーであった。

企業のリバースエンジニアリングのソースコードを変更したり、悪用したりして警察や裏組織に追われる身となり命がらがら逃げていたのを皇神会が拾い上げたのだ。
当時起業したばかりの鷹耶は、コンピュータ関連の統制に宇都宮が役に立つと思い、父親から宇都宮を譲り受け仕事をさせがその力は想像以上のものだった。
ミサカのネットワークを再構築し直し、ソフトウエア設定やプログラミングの強化を図り、セキュリティーホールを徹底的に分析した。
今は、強化されたプログラムに侵入してくるアタッカーを撃退するために日夜楽しいプログラム製作をしながら、そんなアタッカーたちを無罪放免で返すつもりも毛頭なく、反撃用のウイルスを作成し相手がやってくるのを罠を張って待ち構えている犯罪オタクだ。

敵に回すと非常に厄介な人間が、ミサカ・・・皇神会にはたくさんいる。



管理室の奥に足を踏み入れると、窓も無く、電気も付いていない暗室にパソコンの画面だけが明々と点灯していた。
椅子にはだれも座っていない。部屋を見渡しても人の気配は無い。パソコンに近づくと、机の向こうから足が伸びているのが見えた。



「おい、こら、ウッチー」

名を呼びながら床に寝ている人物の伸びた足を蹴るが、寝入っている男は微動だにしない。

「ウッチー、おい、宇都宮、起きねえとてめえの、みっちゃん電源抜くぞ」
「ふっつ・・・ぬえ?・・」

寝返りながら、ゆっくり上半身を起こした30歳前後のとぼけたツラの冴えない男は、自分を睨みつけている西脇を見てあわてて挨拶をした。

「おはようございます。およ?俺はなぜここに?あ、そっか〜」

ポンと手をたたき昨日はここに泊まったのだと思いだし、立ちあがって乱れた衣服を整えながら尋ねた。

「それで、何か用かな?」

パソコンに向かい、あくびを噛み殺しながら寝ていた間のログをチェックし、耳だけ西脇に向けた。

「捜索だ」
「人探し?この間みたいな3日で探せとか困るぞ。あれかなり無理したんだからな」

2日間完全徹夜で死ぬかと思った。
この間の・・・とはとある事件でチンピラを一日で探し出せと無理難題を言われた事件だった。結局2日かかり社長は案の定激怒し、俺たちは恐怖のどん底に落ちたのだが。
顔写真を送信し、逃走経路を割り出す。追っ手の配置、隠れ家の割り出し、駅前やビルに設置した専用カメラでの解析、警察の動向の撹乱など、それらを一手に宇都宮率いる有能な情報部が動いたからこそ事態の早期収拾がはかれた。


「この間フォルダに、高校生入れたの覚えてるか」

高校生。ああ、あの社長の関係者か。覚えている。このフォルダに入れるにはかわいい子だな〜と思っていたから。
極秘ファイルに入っている人間は裏組織関係か、企業関係者、警察、議員、犯罪者などあまり人相がいい者達ではない。
ブラックリストに入れてあるのはかわいそうなので、あとでホワイトリストとでも命名したフォルダに入れ替えてあげよう。背景画像はピンク系にしよう。



そんなことを考えていた中、画面に出てきた美少年。

「この子猫ちゃんを探せ」
「子猫ちゃん?朝川静って書いてあるが」

「ああ、貴重な子猫ちゃんさ」
「三毛猫の雄並みか?」

「そうだな、社長の子猫ちゃんだからな」
「それは・・・・また・・・・・・・・貴重な・・・ってか、犯罪の匂いがする・・・この子未成年だろ・・・・」



パカンと頭をたたかれ、余計な詮索はするなと西脇に忠告された。詳しいことは分からないが、西脇の言葉に社長の冷酷な表情を思い浮かべた宇都宮は、キーボードを叩き西脇の言われるままに捜索を開始した。

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