脱走
缶詰生活1週間が過ぎ、もう我慢の限界をいつでも越えられそうな静は、何とかしてこの状況を打開しようといろいろな策を考えていた。


一番いいのは、鷹耶の怒りが収まり、解放してもらえることだが、それは無理なようだった。
普通に話そうと思っても鷹耶の考えを変えない態度にすぐケンカ腰になってしまう静。反抗的な静の相手などまともにしない鷹耶。
すぐに勃発する冷戦は、悪循環でしかない。

会社に来てしまえば部屋の出口には常に見張りが2人、30分に1回はお茶をと言って様子を窺いに来る。
帰ってしまえばアパートの前にはベンツが停まり、迎えの車が来るまで一晩中監視している。

こんな子供相手に、そこまでするか。

そんな事が平気で出来る鷹耶さんって、やっぱり僕と住む世界が違う気がする。
鷹耶さんの周りにいる人たちもそうだ。
特に身近にいる暗い色のスーツを着た人たちは、一般社員の人たちと目つきが違う。怖いです・・・・


その人たちを顎で使う鷹耶はもっと怖いんだけど・・・



いやいや、怯んではいられない。こんな閉じ込めるみたいなことをして許せないのはこっちだ。
負けないんだから。絶対ぎゃふんと言わせてやる。
僕だってやればできるんだからな。

なんだか違うところに活路を見出した静は、鷹耶を出し抜くにはこれしかないと、逃走計画を頭の中で巡らせた。




次の日の朝、送迎される車の中で携帯が鳴る。
この番号は、、、天馬先輩だ。

車内には運転手さん。助手席と僕の横にボディーガードと称した見張りが2人。
電話の音に僕をチラリと注視するが、すぐに視線を戻す。


「はい」
「よ、静元気か、怪我はどうだ」

心配してくれる先輩の言葉が嬉しい。最近怒られてばっかりだし、鷹耶さん以外とは話してないから余計に天馬先輩の声を聞いて嬉しさがこみ上げてくる。

「うん、元気だよ」

先輩とか、怪我の話は口に出さないように気を付けた。僕の電話の会話は、もしかしたら鷹耶に伝わるかもしれない。怪我をした日に一緒にいた先輩と話してたってことが分かったらまた何を言われるか。

当たり障りのない返事をしてまたねと電話を切る。
みんなに会いたいな・・・僕は何でこんなことになってるんだろう。
自分も悪いが鷹耶も悪い。そして沸き起こる反抗心。
よし・・・・
作戦決行だ。




病院に着くと、運転手さんは車に残り僕についてくるのは見張りの2人。
見張りの人は処置室には入れない。

診察はないので僕はすぐに呼ばれて処置室へ入る。
ドアが閉まり僕はいつもの処置を受けた。

1週間たって大分傷はくっついてきたし、触らなければ痛むこともなくなった。
でもまだ傷口をふさぐ接着テープははがされず、無理な動きをすると引き攣ることもあり、看護師さんからもまだ重たい物をつかんだり持ったりしないようにと指示された。


処置室から見える中庭は、エントランスから出入りできる大きなガラス戸で仕切られている。
入院している人や診察を待つ人が、天気のいい日は中庭に出て気分転換をする。
この処置室からも出入りができるが、普通はエントランスのドアから出入りしてくださいと言われるだろう。
ここは庭への入口ではなく処置をするための部屋だからだ。

僕は治療を受けながら、ここから中庭を通れば、処置室のドアの前で待つ2人に気づかれないように逃げられるんじゃないかと考えた。
包帯を巻き終わり、今日の処置は終わりですと看護師から言われた後、ありがとうございますと言って、椅子からすぐには立たず、座ったままひと心地付くふりをした。

看護師は僕の治療が終わると別の患者さんの治療に取り掛かった。
数人の看護師もそれぞれの仕事で忙しく、僕のことなど気にしている人はいない。

僕はゆっくり立ち上がり、看護師さんの視線が完全に自分から外れた瞬間に、足早に窓際へ行き、ドアを開閉して中庭に出た。


「あの、ちょっと、そこからは・・・」


そこは出入り口ではありませんと、注意してくる看護師さんには振り向かず、庭に出た僕は急いで反対側の出入口まで駆けた。

そしてエントランスとは逆方向の、別の玄関から病院を抜け出した。


よし、だれも追ってこない。

気づかれる前に遠くに行かなくっちゃ。



携帯電話の電源を切り、ポケットのお財布を確認して、内ポケットに入れていたべっこうの眼鏡をかけて、帽子の代わりにフードをかぶり、駅への道をひた走った。

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