嘘とお説教の応酬
静まり返る車内には、運転手さんと秘書さん。そして緊張の糸をいっぱいに張りつめている僕と、そんな僕の怪我した手を壊れ物でも扱うように、片手を大事に添える鷹耶さんが乗っていた。
もう一方の腕は、僕の背に回して、腰をガッチリホールドしている。
よって僕たちは、後部座席に寄り添うような形で、親密に座っているように見える。
左手の甲の怪我は、こけた怪我では無いことは既に傷口からバレている。
問題なのは、怪我をしたことよりも、僕が嘘をついた事にあるのかもしれない。
鷹耶さんは・・・相変わらずこめかみに青筋を作って傷口を睨んでいる。
傷ついた手の傷に触れないように、冷たく長い指で、僕の手の平や指、甲の部分を弱くさする。
そして傷の手前でピタリと指を止め、その傷の横をなぞるようにスッとかすめる。
「っ!」
「これは、切り傷だが」
突如、車内に響く鷹耶さんの言葉に、僕の体は飛び上がるくらいビクッと揺れた。
動揺したのが鷹耶さんにはもう訳っているはずだ。これだけ密着しているのだから。
「静」
「・・・は、はい」
名前を呼ばれても顔を上げず下を向いて返事をする僕に、鷹耶さんは冷淡な口調で言い放つ。
「俺は嘘が嫌いだ。それは知っているな」
「・・・う、、ん」
紫色に腫れた傷の横をわざとなぞられ、チリチリとする痛みと、傷に触れるのではないかという恐怖に顔が青ざめる。
怖くて手を引こうとしても、掴まれた手を離してはくれず、逆に強く握られる。
「ぃ、っ!」
「この傷はどうした」
しゃべらないと本当に傷に触られてしまいそうで、こんな事をする鷹耶さんが怖くてたまらなくなった。
傷口を見る視線は恐ろしく厳しいのに、口元は冷笑を浮かべている。
いつもの優しい鷹耶さんじゃない。
こんな鷹耶さんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・知らない。
「静」
「ラ、ライブに・・・ライブに行って・・・」
威圧するような言い方と傷に触れる怖さに耐えきれず、僕は口を開いてしまった。
中学の時の先輩に誘われて、今はやっているバンドの演奏を見に行ったことを。その帰りに公園で知らない不良に絡まれて、相手がナイフを持っていて、それで切りつけられたと。先輩と逃げて知り合いの店にかくまってもらって、泊めてもらって・・・
「なぜ襲われた」
「し、知らない。いきなりだったから。見たことない人達だったし」
エンペラーのことは絶対話せない。
まさか敵対グループにこっちからケンカを吹っ掛けたなんて知れたら絶対先輩達には会うなって言うに決まっている。
「どうしてすぐ家に帰らなかった。しかも泊まっただと」
それがどんな危険な事か全く理解していない。自分がどんなに他人を魅了し、人の目を引く存在なのかまるで自覚がない。
「泊まるくらい・・・別に平気だし」
鷹耶の気持ちを逆なでする言葉を、かわいい唇からポロッと漏らしてしまう。
「鷹耶さんとだって・・・」
静の言葉に愕然とした鷹耶は開いた口がふさがらなかった。
「お前は・・・他の奴と俺を同等に考えるのか」
怒りを抑えている低く冷たい声が、少し悲しそうに聞こえたのは僕の気のせいだろうか。
「そ、そうじゃないです。けど、子供じゃないし、外泊くらいするって事を言いたいんです」
大体初めてじゃないし。中学生の時から当たり前にやってる事だしと、ブチブチ独り言をつぶやく。
「あの女は、どんなしつけを・・・やはりあいつはお前の害にしかならない」
ここにいない倫子に向けて、凶悪な言葉を繰り返し貶め、害だの役立たずだの虫けらだの、消すだのと。
「そういう言い方、やめてください。倫子さんは悪くないですから」
いくら嫌いでも、そんなふうに倫子を蔑む言い方はやめて欲しかった。
口をへの字にして怒って見せたが、鷹耶には静の怒りなど届きはしなかった。
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