決断(4)
「って、違うからね!なんで・・・・鷹兄と・・・・、結婚したいとか思うわけないでしょう。普通結婚相手は女の人だって、そう言ってるんです!僕が結婚とか、ありえないんだから!!」
とんでもなく勝手な解釈をする鷹耶に、恥ずかしさと怒りで冷静さなど吹っ飛んで叫んでしまう。口では勝てない。他の事でももちろん勝てる事は無いが、いつもより随分と饒舌な鷹耶に静はなすすべなく適当にあしらわれてしまった。
「そうか、それは残念なことだ。純白のタキシードがさぞ似合うと・・・いや、ドレスの方が・・・、」
「いい加減にして!ふざけないでよ」
鷹耶の言葉に桜花として振舞っていた自分の姿が突如脳裏に浮かぶ。ちょっと化粧を施して着物に袖を通せば、自分は瞬く間に女の子になってしまった。お茶会で会った人達は誰もが桜花が男だとは疑わなかったし、そんなにも自分は男らしくないのだろうかと情けなく思った。だから鷹耶がこんな自分を見て、妙な方向に道を踏み外してしまうのだろうか。
やっぱり、自分の存在がこの人をダメにしてしまっている。
うぬぼれているつもりはないが、鷹耶が自分にかなり興味というか、気に入っているというか、・・・好きなのだろうということはその言葉や行動から十分分かっている。
だからこそ静は、鷹耶の傍にはいられないと思うのだった。
「俺はいつも真剣だ。それはさっき言ったはずだが」
「なら、本気で真剣に考えてよ。鷹兄は跡継ぎなんでしょ!お嫁さんもらってそして、子供とか・・・・お爺ちゃん達を安心させなきゃいけないでしょ。鷹兄がちゃんとしてくれたら皆が幸せに・・、」
息もつかずに静は一気にまくしたてた。まだ言いたいことの半分しか言っていないのに、こんなに冷静さを失って、怒鳴って疲れ切って・・・最後まで思っていることが言えるのかどうか不安になってきた。
「そんなことか」
「そんなことじゃなくて、とても大事なことだよ!」
「まあそうだな。俺は海藤家の種馬だから爺さんが女をあてがえば抱きもするし子も孕ませる。それが役目なのは重々承知しているが、何故お前がそれを問題にするのかが俺には理解出来ん。もしそれが理由でお前が俺とセックス出来ないと言うのなら、今すぐ女を選別させて跡取りを作らせよう」
「ちょ・・・・作るって・・・・」
「簡単な事だ」
「そんな言い方、そんなのひどいよ!相手の人はきっと鷹兄のことを好きになるよ!好きだからお嫁さんになるんだよ、なのに・・、」
「もしかしてそれは・・・嫉妬か?」
「ちがーーーーーーーう!!」
(何で僕が鷹兄のお嫁さんに嫉妬しなきゃいけないんだよ。嫉妬どころかお嫁に来てくれるんなら万々歳だよ!もろ手を上げて大喜びだよ!)
そしてお爺ちゃんが選んだ女の人を鷹耶が好きになって、相思相愛になれば言うこと無しだ。
それこそが海藤家の皆が望んでいることだと、静は鷹耶に精いっぱい説得し続けた。
「婚儀とは家の繁栄のための1つの手段でしかない。事実親父も爺さんも海藤の男は皆そうだ。そしてそれは俺の代でも変わりはしない。己の立場をわきまえた女でなければ、用が済み次第切り捨てるだけだ」
婚儀は手段。責務の一つ。
そこに愛や慈しみは存在しない。
しかし静は思う。
(鷹兄を・・・好きにならない女の人なんて・・・絶対にいないよ)
家同士の結婚だとしても、たとえ始めは愛情が無くても、鷹耶の傍に居れば魅かれないはずがない。何でも出来て、かっこよくて、強くて、優しくて・・・・・
そんな鷹兄を知れば誰だってすぐに好きになる。
なのに自分を愛そうとする女の人を、まるで子供を産ませるための道具のように扱おうとする鷹耶を見ると、狂気さを漂わせる見知らぬ人間が目の前に居るように思えてならなかった。
「結婚って・・・そう言う事じゃないと思う・・・好きな人と・・・」
「結婚は好きな人とか?そうか・・・・・ならばやはり俺と静との結婚で決まりだな」
「い!!」
「お前の自論からすれば、俺は好きな相手と結婚しなければ幸せになれないと言うことになる。そうなると相手はお前しかいないし・・・・お前が望む愛あるセックスと言うものを俺は初めて体験出来るわけだな」
「・・・・・・・な・・・・・・・あ・・・・・・えぇえ!!!」
好きな相手と結婚して愛あるセックスを初体験。
言いかえると、静と結婚して愛あるセックス。
・・・・・・・・・・もう支離滅裂だ。
「これでお前の出した条件は全てクリアできるというわけだな。くくっ・・・久しぶりに話すのもこれはこれで面白いな。お前もよく1人で考えたものだ。いや、実にすばらしい」
「ち・・ちが・・・ちがう・・・」
「早速爺さんにお前の考えを伝えておこう。あの爺さんも島木の3代目が嫁に来ると分かれば、感極まって卒倒するかもな。それでショック死すれば手間が省ける。いい事だらけだな」
(よ・・・嫁・・・セッ・・・・・・・!?・・・そんなの、そんなことあるわけないじゃん!!)
「嫁とかなんないし!僕は絶対・・・その・・セ・・・・・そういうのも絶対無し!!そんなの無理だし、変だし、おかしいし・・・きっと皆が不幸になるし・・・・・それに、こ・・・・」
(やっぱり・・・怖い!!)
始めからまともに話を聞くつもりなんて鷹耶には無かったことを、やっと静は気が付いた。密着した鷹耶から直に伝わる体温が、今は不安の材料にしかならない。
背中に重みがかかり、鷹耶が静を懐に抱き込む。耳元で囁く鷹耶の吐息が冷たい耳朶に熱い風を送る。その熱に首筋がゾクッとして体を強張らせたが、緊張する耳に聞こえてきたのは驚くべき言葉だった。
「この間は・・・悪かった。お前が初めて自分の意思で俺の元に来た事が嬉しくて・・・たまらなかった。あんなに気分が高揚したのは、初めてだった」
「・・・・・たか」
突然の鷹耶の謝罪に耳を疑った。
どうせ自分が悪いなどは微塵も思ってはいないのだろうと静は決めつけていたのだ。その彼が、自分の非を認め真摯に・・・反省・・・・・・・・・
反省・・・しているとはやはり思えなかった。
(反省してたら・・・この手は・・・この手はなんなのさっ!)
鷹耶は抱きしめた手で静の首筋や鎖骨をパジャマの上からなぞるようにして触れて来る。その触り方がいやらしくて、会社で襲われた時の感触を思い出す。
「な・・・この!ちょっと・・・何して・・・」
「・・・婚前交渉は普通だろう。しないほうが異常だ」
「やっ!・・・や・・・も・・さわ・・な。こんなのやだって!やめてよ」
背後から抱きしめる鷹耶に恐怖を感じるのは何度目だろう。
欲望の対象どころか迷うことなく自分の歪な未来を語る鷹耶は、静の知らない人間。
こんなに必死になって話しても、鷹耶には所詮届かないのだろうか。
すべてをはぐらかす鷹耶は、パズルのピースを合わせようとはしなかった。
「・・・静はまだ子供だ。もう少し大人になればお前が抱える悩みなど単なる杞憂であることが分かるはずだ。俺が傍に居ると言うのに・・・・・何を恐れることがある」
(怖いに・・・怖いに決まってるじゃん!だって・・普通じゃないんだもん。僕は大人になってもそんなことしないし、鷹兄がいるから怖いんじゃんか!)
「俺が教えてやる。お前には何でも与えてやる」
「っ・・・だ」
「ずっとそばに居て、静を守るのは俺だ」
「そ・・・・そんなの・・・」
「俺はお前がいれば、他には何もいらない」
「・・た、鷹に・・・は・・・・・さ」
鷹耶の一方的な告白に、静は怯える自身を奮い立たせて反発する。薄暗闇の中、まだ互いの顔がおぼろげにしか見えない相手に、その暗く歪んだ心に届くことを願って口を開いた。
「じゃ・・・僕は・・・・。僕はどうだっていいってことなの」
冷たく静かな部屋に、か細く震える静の声がぽつりと落ちた。
「僕は、僕の意思はどうだっていいの?そんな自分勝手なことばっかり押しつけて、鷹兄は平気なの?」
「静」
「本当に・・・好きなら・・・・僕のこと好きって言うなら、どうして僕のこと無視するのさ!」
鷹耶のいやらしい手には触れもせず、自分の膝の上でギュッと手を握りしめる。どうせ胸元に触れる鷹耶の手を掴んだって振りほどけるものじゃない。逆にこの前みたいに押さえつけられてまた行為に及ぼうとするかもしれない。
鷹耶を怒らせない・・・
それだけは気を付けていた・・・はずだった。
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