あの遠い日に〜from L.A.


■秋編最終話の続きの番外編〜冬休み〜■


日本からロスまでは飛行機で約10時間。僕はほとんど寝ていたし座りっぱなしだったので、背中と腰がかなり痛かった。倫子さんなどは間を開けずに往復で乗ったので「しばらく飛行機には乗りたくないわ」と腰を擦りながら歩いていた。

倫子さんは渡米してから10カ月でなんと所属するデザイナーのサブチーフまで上りつめていた。休日も返上して打ち込んできた成果と、才能を見出してくれる人物、そして環境が上手くマッチしたのだろう。初めは気が強くてやり手の倫子さんへの風当たりが強く、へこみそうな時もあったそうだけれど、元来の気性の強さで自分の道を切り拓き、かねてから念願だったコレクションに自分のデザインした作品を出せるほどの実力を発揮していた。

(すごいな、自分の夢を着々と叶えている)

強くて綺麗で曲がったことが大嫌いな、竹を割ったような男勝りな性格の倫子さん。僕にはそう言った倫子さんの強さがとてもキラキラ輝いて見えた。

「すごいね。倫子さん頑張ってるんだ」
「まあね、そのためにこっちに来たわけだし。ほら、食べなさい」
「うん。・・・でも」
「でも、何よ?」

テーブルの上の朝食は、トーストとジャム。半分に切っただけのオレンジとコーヒー。懐かしさを感じるこのメニューを見て静がクスリと笑うと、倫子は少しばつが悪そうに口をとがらせて言った。

「あー・・・静はシリアル・・・好きだったわよね。今日買いに行くといいわ」
「うん」

僕は朝食を見て昔を少し思い出した。



小さい頃は海外に居た。
両親の仕事が忙しくて僕は、丁度その頃自力でデザインの勉強をしにアメリカに住んでいた倫子さんによく預かってもらった。
パンだのシリアルだの乾燥したスカスカした食べ物が好きなのは、倫子さんが原因なのかもしれない。他にもマフィンやクルミパン、買い置きしていたパンケーキもよく食べた。日持ちする加工食品に果物を付け合わせるという、自分好みのグルメ感をプラスした食生活を送った幼年期と、中学の3年間。こんな偏食男子に育ったのは一重に、倫子さんがご飯を作れない人だったからだ。

そして昼食も同じメニューだろうなと思っていた時、ブザーが鳴ってマンションに男の人がやって来た。

「はじめまして、君が静君」
「はい、あの・・・」
「僕は吉野亨コーディーです。トールと呼んでください」

(よしのとおるコーディー?)

彼は2世と言い、ファーストネームとミドルネームを合体させた言い方で自己紹介をした。お母さんが日本人でお父さんはアメリカ人だそうだ。
トールさんはなんと、倫子さんの・・・彼氏。日本を出る時も確か彼氏はたくさんいたような・・・そういった付き合いがとても派手だった倫子さんが今なんと、ボーイフレンドが1人限定で同居までしているという。そう言われればこの部屋にも、男物のジャケットとか、ギターとかよく見れば倫子さんに不似合いな物が多数ある。

(倫子さんのボーイフレンドかぁ・・・)

その男の人は、とても優しそうな人だった。




「かわいいでしょ〜私の自慢の甥っ子よ。私この子のおむつだって変えたんだから」
「ちょっと!そういうこと人前で言わないでくれる!」
「あら、兄さんや姉さんが忙しい時は、あんたの世話全部私がしてたのよ。4歳までおねしょしてたことだって私は知ってるんだからね」
「あーーーーーーもう、やめてよね!!」

(信じらんない!人前でおねしょとかそんな話しないでよね!)

倫子さんの彼氏は優しくて穏やかな家事全般をこなす家政夫さん。気が強い倫子さんにはこういう人がお似合いなのかな・・・と僕は思った。

「観光はトールが案内してくれるから全部まかせなさい。ロスは観光名所が多いから毎日出かけても2週間じゃ見つくせないわよ!」

(2週間?)

どうやら始業式の前日まで、倫子さんは僕をロスに居させるつもりのようだった。

「静は本当にキュートだね」
「静はね、顔は義姉さんにそっくりだけど、性格は兄さんそのものなのよ」

トールさんが作った、朝食とは天と地の差を感じさせる美味しそうな歓迎のランチを食べながら、倫子さんがお父さんとお母さんの話を始めた。

「そうなのかなあ?」
「そうよ、あんたは兄さんそっくり。いつもボーッとして騙されやすいところとか、優柔不断なところとか、天然の見本、かなり鈍感だったわね。極めつけはボランティア活動のあげくNPOの末端組織に就職しちゃったことよね。稼ぎなんてアルバイト程度のものだったのよ」

どうやら僕のお父さんは、倫子さんに言わせるとあまりしっかりした人物ではなかったようだった。

「佐和子姉さんは何でも出来てとても芯が強くてね、兄さんにはもったいない人だったわ」
「そうなんだ・・・」

僕は両親の事はほとんど覚えていなかった。写真とかも残ってないし、修お爺ちゃんや廉叔父さん、倫子さんが言うみたいにお母さんに瓜二つという顔を一度でいいから見てみたいと思った。

(僕と同じ顔のお母さんか・・・どんな人だったんだろう。でもきっと優しい人だと思うんだ。)




次の日。
トールさんの車に乗って僕はロスの観光に出かけた。ロスって有名な割には意外と交通機関が発達していなくて、トールさんの車で観光して回った。ビバリーヒルズやサンタモニカ、ハリウッド、ディズニーランド、ユニバーサルシタジオ。あちらこちらを見て回ったが、一番楽しかったのはやはりディズニーランド。それは廉叔父さんとこの間行ったからかも知れない。インディージョーンズやカリフォルニアスクリーミンなどのアトラクションがすごく面白かった。

「よかった、楽しんでもらえて」
「はい、すごく面白かったです。3Dとかすごかったです」
「何かね、静君、少しさびしそうに見えたから」
「え?」

トールさんの言葉に、僕は正直びっくりした。バタバタとロスに来て、いきなり環境が変わって戸惑ったけど、いつも傍には倫子さんがいるしトールさんは優しいし、さびしいとかそんなこと感じたことはなかったのに。

(どうしてトールさんはそんなことを言うのだろう。)

「いや、ごめん。気にしなくていいよ。何となくそう思っただけだから」

そう言ってトールさんは運転を始めて、それ以上この話はしなかった。



(さびしい・・・ああ、そうかもしれない。)



考えないようにしていたことがある。
ここに来てから、驚きと楽しいことの連続で嫌な事や悲しい事を忘れていた。いいや・・・忘れようと努力していた。
・・・あと数日で僕は日本に帰る。

『いい、静。帰ったら絶対あいつらと連絡を取っちゃだめよ』

耳にタコができるほど聞いたこの言葉。それを守らなかったのは自分。だからいろいろと大変な目に遭った。

『あいつらはヤクザ。金と力に物を言わせて、たくさんの人間を不幸にして来た奴らなの。そんな人間と静が関わるのを、私は心配なの』

倫子さんの目は真剣だ。僕を引き取ることを決意した時からこうやって僕のために1人で海藤の人達と向き合って来たんだ。

『あいつらは後見人とか言ってるけど法的には何の意味もないの。だから騙されちゃだめ。私は静が酷い目に遭うんじゃないかと心配で・・・』

いつも強気な倫子さんが、とてもつらそうな目をする。僕はそんなに倫子さんを心配させているんだろうか・・・そう思うとまた悲しくなってくる。僕の家族はもう倫子さんしかいないというのに。その倫子さんをこんなに悲しませているなんて。
海藤の人達があまりにも優しかったから、それに甘えて何も考えずにここまで来てしまったけれど、それはあまりにも考えなしだったのかもしれない。

『ねえ静、一緒に暮らしましょう。日本の学校辞めて、こっちの学校に通いなさいよ』

倫子さんからこの言葉を聞くのは二度目。一度目は中学を卒業するときに言われた。日本に1人甥っ子を残すのは心配だから、一緒に行こうと言われたのだ。



(海外に・・・住むの?)



それは急なことでかなりの戸惑いがあった。日本には家族はいない。そう考えると大好きな倫子さんとここに一緒に住むことが当たり前なのかもしれない。でも・・・
日本には友達もいる。川上や井上、足立。エンペラーの仲間。そんな友達を思い浮かべるといきなり引っ越すと言われてもちょっと抵抗があった。それに、

(鷹兄・・・・・・・・・)

今、一番忘れたくて、でも一番忘れることのできない人が真っ先に心に浮かび上がる。



空港での電話は倫子さんが切った。
ステラで会った記憶は自分には無い。
鷹兄に最後に会ったのは、あのミサカでの・・・・・・・・思い出したくもない出来事。



――――― 欲しい

そう言った鷹兄。



兄じゃないって言った。
自分の思いを拒絶したのは、自分が信じて慕ってきた兄ではなかった。

それでも・・・・・・・
あんなに嫌な事をされても。
こんなにも、考えずにはいられないなんて。

ただ、今は、離れたかった。どこか鷹耶の手の届かない遠くに行ってしまいたかった。
そして飛行機に乗った・・・・
なのに。

1人になって思うのは忘れたいけれど忘れられない。嫌いだと言ったのに、嫌いになれない鷹耶の事。

鷹耶の暗く欲に満ちた恐ろしい目。
自分を物のように扱うあの容赦なく淫らな指先。
抗えなかった大人の男の力。
欲しいと訴える強欲な口。
夢でも感じた、あの・・・・・熱い吐息。

全てが震えあがるほど怖いと言うのに、どうしてだろう。

大っ嫌いなはずなのに・・・
でも、まだ会いたいと思うなんて・・・・



もう少しで冬休みも終わる。

(帰ったら、日本に帰ったら、僕はどうしたらいいんだろう。)



今までみたいに避けて逃げるべきなんだろうか。
それとも・・・やっぱりあれは冗談で、鷹兄が前みたいな鷹兄に戻って、弟みたいに接してくれるんだろうか。

そうであってほしい。そう切に願う。
そうじゃないと、自分は自分でいられなくなってしまいそうだった。
静はそれが怖かった。

襲い来る鷹耶も怖いが、自分が自分で無くなって変わってしまうことを恐れた。
鷹耶は兄で、自分は弟のような者。
憧れているし、慕っている。尊敬の対象、それが鷹耶だった。

それ以外は無いし、それ以上の関係になることもない。



昔に戻りたい。

無償の愛情に包まれて、何も疑うことのない想いを互いに持っていたと思える、




―――――――――― あの遠い日に。




ただ戻りたい・・・・静は海を越えた遠い場所で、ただそれだけを願った。

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