悪夢から覚めたら・・・


■秋編37話の続きの番外話■



目を開けるとそこは真っ暗な闇の中。
実際には目なんて開けていないのかもしれない。そこは何もない、何も見えない、どこまで行っても暗闇の世界だった。


荒い息づかいが聞こえて、声がする方に視線をやると、闇の中に何故か自分を見付けた。


(え?何で。僕はここにいるのに・・・)


「・・あ・・・っ・・・・・あぁ・・」

闇の中で横たわる自分は絞り出すような声を上げている。それは自分の声のはずなのにまるで他人が発しているように聞こえるのはなぜだろうか。

「ふっ・・・ん・・・・ぁ」


(僕じゃないのに、なんで・・・なんで・・・・・・・感じちゃうの?)


見ている自分は誰にも触れられてはいないのに、目に映る自分が触れられると同じように触れられた感覚が伝わって来る。それは弱いものだったが、間違いなく触れられた感触だった。

耳たぶをパクリと口に含まれて、体にゾクリとした波が広がる。慣れない感覚に震えた体は、上から覆いかぶさる人によって押さえつけられ身動き一つできなかった。押し返そうとした手は全く動かず指一本さえ思い通りにならない。まるで金縛りに遭ったように地面に縫い付けられていた。



落ちて来る大きな影。
耳を柔らかく食む唇。胸に伸びた大きな手。体を押さえつける大きな体躯。熱い吐息を吐く大人の男・・・僕はこの人を知っている。

僕を押さえつける人と、四肢を投げ出しされるがままになる自分・・・
それを今僕は、上から見ていることに気付いた。


(ああ、そうか・・・分かった。これは・・・・・・・・・・・・・・・・“夢”なんだ・・・)


幽体離脱したら、こんな感じなのだろうか。


男の人に組み敷かれる自分は、人形みたいにぐったりとして全く動かない。目は開いているが焦点は合ってなくてうつろだった。
魂が抜け出した自分が、抜け殻になった自分を見降ろしている。

「あ・・・や・・・やだ・・・・・・んぁ・・」

人形だと思っていた自分の口からか弱い声が上がる。

男の人は唇を首筋に当てて吸い付き、紅色のキスの痕をたくさん残していく。青白い肌に無数の赤いキスの印。それはまるで花弁が散っていくようだった。
チュッと吸い付く音が上がるたびに細くて折れそうな首を反らせて、か弱いうめき声を上げる僕。声は留まることなくその愛撫に答え、声を聞く男の人は唇を引き上げ喉を鳴らす。

「っく・・・・・ぅあんん・・・・や・・・・だめ・・・・・やぁ」

男の人が白い歯を立てて、胸の突起に優しく噛みついた。

「っ・・・あ・・やぁ・・・やだ、こわ・・・い・・・やだぁぁ」

小さな小豆のような突起を甘噛みし、やんわりと歯で挟み乳首をつまみ上げる。ピンと伸びたピンク色の乳首を今度は唇で包み込み、引っぱったまま突起の先だけを舌先でチロチロと舐めた。

「っつ・・・・・んあ・・・・・や・・・やだ・・・・鷹に・・・・いやだぁぁ・・」



(―――― 鷹兄!!)



その時はっきり分かった。



男は鷹耶。



(うそ・・・なんで・・・。なんで)



鷹兄は陶酔したような表情で、嫌がる僕を・・・・・犯そうとしている。



(やだ、やだよ、やめてよ・・・鷹兄!!)


「あぁぁ・・やだぁ、やだあああああーーー」


今まで人形のように動かなかった自分の口から、闇を切り裂くような悲鳴が上がった。

(何なの・・・これって・・・)

体からは離れているのに、施される愛撫はさっきよりも強くジクジクと自分に伝わっていた。耳を噛むその感触も、首筋や胸に吸いつき花弁を散らす熱い痛みも。そして乳首を食むその刺すような痛みも・・・・

それを与えるのは全て・・・・・鷹耶だった。

そう、僕は鷹兄の下で何もできずにただ、嬲られていた。



闇の中、白い裸体が浮き上がって見える。僕も鷹兄も・・・・何もまとってはいない。

(やだよ、もう、こんなの見たくない。夢なんだから・・・夢なんだから・・・早く・・・覚めてよ!)

「やだ・・・・も、やめてよ・・・・っつ・・・・うあぁあ」

夢の中で犯されようとしている自分と、それを見ている自分がどんどん重なり一つになっていく。

(やだ・・・見たくない、感じたくない・・・こんなの、嫌だ!もう、怖いよ・・・)

チュクチュクと突起を吸い上げながら、反対の乳首にも指が伸びる。
怖くてでも何も抵抗できなくて、ただ・・・目からは涙があふれて止まらなかった。

鷹耶は何も言わない。
聞こえるのは息遣いだけ。
言葉を発するかわりにその唇と手で、横たわる愛しい者の体を愛撫して、自分の存在を感じさせていた。



(・・・も、やめて・・・・これ以上・・・僕に・・・・・・・・僕に触らないで!鷹兄!!)



自分の叫び声が、自分の耳にはっきり届き、喉が震えながら悲鳴を上げているのを感じた。
完全に一つになった自分と人形。
涙にぼやけた瞳の先。その触れるほど近くに迫る唇から鷹耶の熱い吐息を感じた。男の欲情を隠しもせず自分を見降ろす鷹耶の目に、いつもの優しさを探すことはできなかった。

ズシリと感じる体の重み。
押さえられた腕が痛い。鷹兄が触れる全てが熱いのに、背筋はゾクゾクする。
肌に落ちる愛撫が不快で、怖くて・・・・・でも・・・それだけじゃなくて・・・・・。

「んあ・・・・・・・やぁ・・・やだよ・・・・・鷹・・・に・・・・・・んああぁ・・」

淫らに声を上げて、拒絶なのか喘いでいるのか分からない声が闇に響き渡った。そして鷹耶の手が、へその横をスーっとたどり下肢に伸びて、静の小さな果実に指先が触れた時・・・・・・。




(わあああああ!!!!)

「わあああああ!!!!」




一気に金縛りが解けて、体が動いた。



ガバッ起き上がった自分。

薄明るい部屋の中、起き上がった自分の目の前に、鷹耶はいなかった。



(はーはーはーはーはー・・・・。ゆ・・・・・・ゆ・・め?)



ベッドに1人起き上がった自分が本当に自分なのかと思い、震える指でわが身をきつく抱き締めた。

(夢・・・・・・・夢だった・・・・・んだ・・・・・・・・よ・・・・っ・・よかった・・・)

嫌にリアルな夢。
汗が背中を流れ落ちる。
闇の中で嬲られていたのは・・・・・・・夢だった。
落ち着き始めた頭で周りを見渡せば、ここは間違いなく自分の部屋。自分はちゃんとアパートの部屋に居た。



(昨日・・・あんなことがあったから・・・・・。)

そのせいでこんな夢を見てしまったのだと、静は思った。
鷹耶に襲われる夢を見るなんて。
それほど昨日の出来事は、静にとってショックな出来事だった。
おそらく、生きて来た中で一番嫌な思い出となるだろうと、静は軽い頭痛を覚える頭を押さえた。

ハーッと大きな息を吐く自分は、まだ指先が小刻みに震えている。



(夢・・・。でも・・・・・それだけじゃ終わらない。これは・・・・・・・・・・・・・・・これは事実あったこと)



夢と同じような事が、もう自分の身は起こっていたから。
それをただ・・・・ただもう一度夢で見ただけ。

(どうして夢にまで見なきゃなんないんだ・・・)

一日でも早く忘れたかった事なのに、なぜ夢の中にまであの恐ろしい出来事が襲ってくるのだろうか。肌にまとわりつくあのゾットする感触。忘れられないおぞ気と恐怖。あれこそが夢だったらよかったのに。
そしたらただの悪夢と、忘れることができるのに・・・

肌には鷹耶が残した情事の後が残っている。
唇と舌、噛みついた歯の感触、肌を滑る指、そして重くのしかかる大きな体。焼けつくような視線。その全てを自分の体は覚えている。

「っ・・・・・何で・・・・・・・」

何で鷹兄はこんなことをしたんだろう・・・・・
何で自分がこんな目に遭わないといけないんだろうか。
これから自分はどうなるんだろうか・・・考えが行きつく先は昨日と同じ。

どう考えを巡らせても答えなど出はしない、ただ、ただ・・・・恐れ不安になるだけだった。



カーテンの隙間から入る外の陽ざしはもうだいぶ明るかった。その明かりを見て静は青ざめた。

「・・・・・・・・・・えええっ!!!」

机の上の時計は午前9時30分を表示していた。
携帯の電源を切っていたので、毎朝鳴るはずのアラームが鳴らなかったのだ。


「う、うわああああああ!!」


ベッドから飛び起き、掛けてあった制服を急いで身にまとった。どれだけ急いでいても、顔を洗ってガシャガシャと歯を磨くことは省けない習慣だった。
カバンの中身など確認している暇はない。筆箱さえ入っていればいいのだ。
携帯も持たずに部屋を飛び出した。

全力で走って学校に向かったが、時すでに遅し。
たどり着いたのは2時間目のテストの真っ最中。
一時間目の古典は・・・・・・・受けられなかった。


気分最悪。
絶体絶命。
それからの静はまさに魂が抜けたように、放心状態で一日を過ごした。


(・・・・・・・全部鷹に・・・・・あの人のせいだ。)


もう、人のせいにしないと、自分を保つことさえできなかった。


(もし留年したら・・・・・退学になったら・・・・・・全部・・・・あの人のせいなんだから!!)


悪夢から覚めても、現実もまた悪夢だった。

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