花嫁修業?
■秋編18話以降の番外話■


「・・・米は水でとぎ・・・洗うんだよ。洗剤で洗うんじゃないからね」



大女将からどやされた。
だって米を洗えっていうから何で洗うのって聞いたら・・・怒られた。



「聞いたことはあるけど・・・あれはテレビのやらせかと思っていたわ」

米を洗剤で洗おうとする子ども。まさかこの目でそれを見るなんて。
可奈子さんまでそう言って申し訳なさそうに僕を見て笑った。

だって僕、お米といだことないもん。だいたい“とぐ”って何?






小さい時ご飯はお爺ちゃんかお弟子さん、お隣のおばさんが全部作ってくれていたから僕は台所にさえ入ったことが無かった。それにほとんど海藤家で食べていたことも、僕が上げ全据え膳で育った要因の一つでもある。
倫子さんなんて・・・包丁を握っているところさえ見たことが無い。家には果物ナイフとケーキナイフはあったが包丁は・・・多分なかったと思う。どこかにしまっていたのかもしれないけど。

中学3年間、朝ご飯は食べなかった。始めのうちは倫子さんが気を使ってパンとか買ってくれていたけど結局食べなかったから。昼は給食のパンと牛乳だけ飲んでいた。おかずは好き嫌いが多くていつも残していたし、夜は好きなパンを自分で買うか倫子さんと外食。その外食はほとんどがパスタかラーメン。土日はエンペラーのみんなと一緒に居たからジャンクフードかファミレスだったし、うちでは台所が機能したことがあまりない。

『一度しかない人生なんだから、互い好きなものを食べて好きな事をしましょうよ!』
倫子さんはそう言った。僕もそれにおおむね賛成だった。

それを知った鷹兄が怒ったの何のって・・・



高校に進学してからは夕ご飯は自分で作っているとか、お弁当やお惣菜を買っているとか適当なことを言ってごまかしている。じゃなきゃあ家政婦さんをよこすとか妙な事を言うから、仕方なくちゃんと食べてるって言い訳をした。それでも一応コンビニでサラダとにらめっこするけど、生野菜は苦手だし米なんて炊くのは面倒くさいから炊飯器は未だに段ボールの中だ。とぎ方知らないしね。
大体この炊飯器自体以前倫子さんが景品で当てて仕方なく持って帰ったものだった。倫子さんの押し入れで2年。そして僕の所に来て10カ月以上経つ。もうオークションとかで売っちゃおうかとも思っている。





「そんなにガシャガシャかき混ぜるんじゃないよ、今の米はねしっかり精米されているからとぎすぎると逆に米がかた崩れしてまずくなるんだよ。洗いは1回で十分なんだよ」
「でも水白いよ?」
「それでいいんだよ」

ひとつひとつ教えてもらいながら僕は何とかお米を炊飯器にセットした。

「よくできたね」

散々叱られたが、大女将は初めてのご飯づくりを大げさに褒めてくれた。スイッチを入れるのはお米がお水を吸収するまでしばらく置いておくことも知った。
その間僕は野菜の皮の剥き方を教わった。それは一番簡単な輪切りにされた大根の皮むきなのだが・・・



「・・・もうおよし静。そっと、そーーっと包丁をまな板に置くんだよ」

「大丈夫だよ、これくらい剥けるよ」

静は授業以外で包丁を持つのは初めてだった。まず驚いたのは4センチ幅に切った輪切りの大根の皮を剥けと言ったら、まな板の上に大根を寝かせてガツンと包丁を落としたことだ。
皮を剥けと言っているのに何故皮を切るのか。
しかも静は皮を切り落としたつもりだろうが出来上がった形は四角形。なぜ丸い大根が四角形になるのかが不思議だった。「剥くではなくそれは切るまたは削るだ!」と言いたい所だが、大女将はそれを言うのを我慢した。

手に持って回しながら剥くのだと横で手本を見せながら一緒にやらせると、包丁を外向きに構え大根の身に刃をそえて思いっきり外側に向かってシュパッと切った。まるで忍者が手裏剣を出すようなそんな感じだ。

「・・・外じゃなくて内側に刃を向けるんだよ。親指を刃の上に添えて・・ああ、薄く剥こうなんて考えなくていいからね、分厚くてもいいから手前にゆっくり引く・・・ああ!」

手前に引いた包丁の刃は皮を分厚く切ったがそのまま静の胸元まで包丁が向かって行った。


「ひっ!!」


大女将と可奈子さんの喉が鳴った。
包丁は胸に当たったが、トレーナーとエプロンのおかげで静の胸に傷が付くことはなかった。


「静・・・もう、おやめ・・・・人間得手不得手がある。あんたは料理ができなくてもいいんだ。もう、あたしゃあ心臓が止まるかと思ったよ!」


大女将と可奈子さんは僕に包丁を置かせると、ホッと息をつき調理場から追い出した。

「ジャガイモの皮むきをしてもらいましょう。ピラーなら大丈夫でしょうから」

可奈子さんにピラーという皮をむく道具を渡されて、教えてもらった通りにやってみると、シュパシュパ剥けるから面白くなって次から次へと皮をむいて行ったが・・・

「い・・・・」
「どうしたんだい!ありゃ・・・」
「きゃっ、静ちゃん!」

調子に乗りすぎた僕はピラーで手のひらを切ってしまった。
親指の付け根あたりで大きな絆創膏に血がにじむ。


「あんたって子は・・・・」


もう何もしなくていいとピラーさえも取り上げられた。





ガラガラ・・・

夕方になってお客さん達がぞろぞろとはま路にやって来る。僕はお絞りを渡したり、ビールや料理を運んだりして店の仕事を手伝った。

「よう静ちゃん」
「あ、天(あきら)さん」

久々にやって来た天さんはいつものカウンターに腰をおろしていつもの夜定食を注文した。



「は?洗剤で・・・くっ・・・う・・・・・・あははははは!そりゃぁ天然記念物だ」

僕の米とぎの話を大女将から聞いた天さんは大笑いした。

「その飯は静が炊いたんだよ」
「静ちゃんが?そりゃあ上手いだろうな。よし、いただきます」

パクリとお箸で一すくいしたご飯を、何度も噛んで味わった天さんは、

「うん、上手い。米粒が立ってて甘くておいしい。これなら静ちゃんはいつでもお嫁に行けるぞ!」

そう言った。

(何故嫁?)

しかしそのあとの大根正方形カットと大根で胸を切りそうになった話、そして手の切り傷のことを聞いた天さんは「もう料理はやめた方がいい。料理ができない嫁もいるから」と、大女将と同じことを僕に言った。

「剥くのは駄目だったけど・・・切るくらいならできるかも・・・」

シュンと下を向いた僕に可奈子さんが、ならこの豆腐をまな板の上で切ってみようかと投げかけてくれた。今日は失敗ばかりだったけど柔らかい豆腐なら絶対上手く切れると思って、エプロンを付け調理手袋をはめて台所に入った。
すでに1センチの高さに薄切りにされた豆腐。これを縦横の細の目に切って味噌汁の具にするのだ。
両手で包丁を握ってまな板にゆっくり下ろす。


(何故両手・・・・・・)

大女将も可奈子も天も、みんな心の中でそう思った。


しかも切りこみを入れたのはど真ん中。何故端から切らない?そして右に一本切りこみを入れたら今度は反対がわの左に刃を落とす。同じサイズで切ってサイコロ状にしてほしいのに幅が皆違う。今度は横に刃を入れたがやはり両手で持っているからきちんと真横に切ることができない。

出来上がった形は・・・いびつな菱形の豆腐。
元より客に出すつもりはなかったが・・・

「それ・・・・全部天(てん)行きだね。可奈子、器に移して生姜とネギかけな。静特性冷や奴だよ・・・」

そして歪な形をした菱形の細かい豆腐は天(あきら)さんの前に出された。

「特別サービスでタダにしとくよ」

「そりゃあ・・・・・・・・・・どうも・・・・」

醤油をかけて天さんは一気にすすりながら豆腐をたいらげた。

「うん、うまいよ。形はまあ・・・あれだけど、腹に入れば同じだし冷や奴としては申し分ないよ」
「お前、たまにはいいこと言うねえ〜」

そりゃあ切っただけだから、味は豆腐そのままだ。

「よかったなぁ天。静の初めての手料理だよ」

切っただけなんだけど・・・これが手料理と言えるんだろうか。

「静ちゃんの花嫁修業のためなら、これからいくらでも俺が食ってやりますよ」
「だとよ、よかったなあ静。これから失敗作は全部天に食わせよう。これで無駄が省けるわ」

失敗前提での話が進む。




朝ご飯の基本であるご飯とみそ汁。


朝ご飯を食べず、食べられる物も少ない偏食の静に、最低この2つだけでいいから何とかマスターさせ食生活の改善をさせたかった大女将。そんな大女将の親身な気持ちに答えたくて、頑張ったが失敗し続ける静。天には悪いと思ったが、これからも美味しくないであろう味見役を続けてほしいと願った。




・・・待てよ?

僕お米嫌いなのに、作れるようになったって・・・多分食べないよね。
どうせならパンとかプリンの作り方教えてほしいな・・・・・・とか言ったらまた怒られるかな?

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