勘弁してくれ(後編)
■秋編18話辺りの番外話■

静はかまわず攻撃してくるがこちらは拳や蹴りを繰り出しても当てるわけにはいかないのだ。
挑発した自分も悪いのだが・・・このスカポンタンな静をなんとかなだめて、このくだらない勝負をやめさせなければならない。それに・・・こいつは俺に何をさせたくてこんなに真剣になっているんだろうか。分からん。何故こんなにむきになるのか・・・・・やっぱりどうしようもないくこいつはガキだ。


静の拳は軽く蹴りも当りはいいが相手に大きなダメージを与えることはできない。ようするに力が無いのだ。そのかわりスピードが速いのでこちらも防戦しなければならないが。不本意ではあるがこの際足払いでもして、畳に押さえ込むのが一番いいのだろう・・・なるべくダメージを与えないように・・・与えないように・・・



「何で本気出さないのさ!川上逃げてばっかじゃん」


(出せるものならとっくに出しとるわ、このアホめ!)
「本気でやったらお前が怪我する」

「しないもん!だからちゃんと相手してよ!」


(まだ言うか、お前に傷一つ付けてみろ、俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「・・・できるかよ、そんなこと」


傷一つでも負わせたら・・・
川上はその先を想像するのも恐ろしかった。






「あいつら何やってんだ?」

休憩時間はあとわずか。始めはじゃれて遊んでいるのかと思っていた静と川上が何やら言い争いながらケンカを始めた。周りはそのうちギャラリーが集まりとうとうクラスメイトが輪を作りその中心で2人は柔道ではなく、空手か?と思えるような動きで拳を交わしている。

「朝川って・・・白帯だよな」
「だよな」
「じゃあ、あれは何だ?」

目の前で繰り広げられている光景は何なのだろうか。
あの細身の・・・いつもはボーっとしているかわいいアイドル朝川が、黒帯有段者の川上に引けを取らない動きで次から次へと技を繰り出している。どちらかと言うと押しているのは静の方で、川上は静の攻撃をうまくかわし一定の間隔を保ちつつ防戦を保っていた。

舞うようにジャンプして、宙で回し蹴りを決める静。それを腕で受け止めながらも微動だにせずその蹴りさえはじき返す川上。いやいやながら受けていた柔道の授業は、信じられない光景によりいつの間にかギャラリーが増え歓声が上がり、異様な盛り上がりを見せ2人の格闘劇に皆の目が釘付けになっていた。


「ありゃ、静ちゃんは空手でもしてたのかな」
「そうみたいだね。川上の奴、もし静ちゃんに本気出したら後でボコらないとね」

足立と井上も一緒になって2人のケンカのような取り組みを面白がって見ていた。




(まいった、どうしたものか)



乗りに乗って静はガンガン攻め込んでくる。逃げれば怒るのでとりあえず繰り出す拳をギリでかわすかいなすかしているのだが、このままでは埒が明かない。静は体力がなさそうなのでこのまま持久戦に持って行ってもいいが、もう休憩時間も終わりそうだし何と言っても周りの目が気になる。
怪我をさせず負けを認めさせる方法ねえ・・・・


(夏の怪我だって・・・噂じゃ大ごとになったって聞いたしな)

静の左手には未だに傷痕が残っている。
自分が見ても痛々しく見えるそれは、あの男の目にはどう映っていることだろうか。整形とか、やっぱしすんのかなぁ。怪我をしたときはさぞ怒り心頭だった事だろう。その怒る様を想像するだけでゾッとするものがあるのに。

今の自分の状況は、守らなければならない者に攻撃をされているわけであって、そのアホな子は言い聞かせても聞く耳を持たなくて意気揚々と仕掛けて来る・・・・・静の相手だなんて、本末転倒。もうこれは頭痛がしてくる最悪の状態だった。



(ったく・・・。人の気も知らないでこいつは!!)



「あああ!」

クラスメイト全員がざわついた。


川上は一瞬で静の懐に入り、腕を取ってそのまま静を背負い投げの体勢に持ち込んだ。

「うわ!」

声を出した時には体は宙に浮いていた。視界がぐるりと回る。あとはもう畳に叩き付けられて・・・




ふわり・・・・




投げられた体は空中をゆっくりと回ってストンと背中から畳に着地した。


まるでスローモーションを見ているかのようだ。


川上は静を背負った後、投げることは投げたが勢いは付けずに静の背中に腕をまわして寝かせるように衝撃を与えずに畳に着地させたのだった。

「うわ、すげ、川上」
「あんなこともできんのかよ」
「そりゃあ朝川を叩きつけたら非難轟々だろうからな」

静は一瞬、何が起こったのか分からなかった。ふわりと畳に降ろされた後、しばらくキョトンと目を丸くして畳の上であおむけになっていた。


「・・・・・・・・ふえ?」
「一応・・・・・・俺の勝ちな」

「うそ・・・、何今の。も・・・・もう一回、」

納得できないといった様子の静は、ガバッと起き上がりもう一度やってと川上に迫った。

「駄目だ、もう絶対やらねえ。俺、空手も合気道も剣道も段持ちだから何回やっても無理だって」
「やだ!」
「・・・ガキかお前は、って・・げ!こら、泣くな、静・・・おい!!」

何だか完全に負けてしまったことがあまりにも悔しくなってしまって、目がしらがじわっと熱くなってきた。

「あー川上ちゃん静ちゃん泣ーかした!」
「いいのかな〜。あとで静ファンクラブから制裁が来るよ」

井上が言った“静ファンクラブ”。そう言った目で見られるのが嫌いだと言う静にばれないように、密かに作られた学内最大のファンクラブが桜ケ丘には存在する。


「俺じゃねえ、俺は何も悪くねえ、制裁?そんなもん来たら逆にぶちのめしてやる。大体こいつが先につっかかってきたんだからな。そりゃあ、まあ俺も言いすぎたとは・・・・思うが・・・」

「静ちゃん、痛いとこない?泣かないで」
「なっ、泣いてないもん!こんなことで僕泣かないし!」
「うーん。えらい!さすが静ちゃん」

本当は悔しくて泣きそうな目をこすって、なんとかそれに耐えた。



「こら、集まって何してる。授業の続き始めるぞ。何だ、何かあったのか?」






そして次の週の保健体育の時間。



「川上!勝負して」
「・・・・・・・この間負けただろ」

「今日は勝つもん!」
「もう、本当に勘弁してくれ。弱い者いじめはしない主義なんだ」

俺はまた言わなくていいようなことを言ってしまい、目の前のお子様の神経をちょっと逆なでしてしまう。

「弱くなんかないもん!今日こそ絶対一発当てるもん」
「はあ・・・・・・・もう、じゃ、ほら 好きなとこ殴れ」


川上は目を閉じて両手を開き、好きな場所に一発打ち込めと完全無防備になった。

それを見た静が怒ったのなんのって・・・


「何それ!またバカにしてんの、本気でやってよ!」
「バカになんかしてない。あきれてるだけだ」

「そういうのがやなの、真剣にやってよ!」
「・・・・・分かった」

「ホント!本気でやってくれるの!ありがとう川上!」
「・・・・・・・10秒だ」

「え?」


「10秒しか相手しねえから・・・」


やっと川上をやる気にさせることに成功しリベンジを果たそうとした静だったが、また前回と同じように川上にふわりと投げられ2度目の惨敗をきした。向きあって掴まれてまた丁重に投げられて・・・対戦時間7秒で程なく静は撃沈した。

続けて挑んで来た静にうんざりした川上は、とうとう残り2回の柔道の授業を腹痛という理由で見学した。



柔道というよりは、空手のような2人のハイレベルな組み合いを観戦したクラスメイト達は、もう受け身や組み手のペアに静を誘う者はいくなった。元より場外から川上がバシバシ鋭い視線を送りまくっていたので、誰も静に近づきさえしなかった。




後日なぜぞんなに絡んだのかと井上が静に聞くと。


「黒帯・・・・・・かっこいいなーと思って。」


黒帯の川上に一発当てれば、次の授業から自分も帯の色が変わるかもしれない。静は早く黒帯を付けてみたかったらしい。
理由はやっぱり大したことでは無かった。




無頓着で無警戒で無自覚で・・・お人よしの甘えん坊。俺の頭痛の種。
でも・・・・・・・・・・・・・そこがかわいいんだよな・・・アホだけど。そんなふうに思ってしまう自分に「いかん」と渇を入れながら、今日も川上は静のお守に励む。



(ん?・・・・・で、こいつは俺に勝ったとして、一体俺に何をさせるつもりだったのだろうか)



それが気になり聞いてみたが、静はちょっとへそを曲げていて「絶対教えてあげないもん」と口を尖らせて言った。そう言われるともっと気になると言うのに。


川上の頭痛の種は今日もボヤーッとしたり、にぱにぱしたりして無自覚にキュートなフェロモンをまき散らしながら周りの目を好き放題惹きつけていた。

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