勘弁してくれ(前編)
■秋編18話辺りの番外話■


体育祭が終わって気候も穏やかになった2学期半ば。
保健体育の授業は8時間必修の柔道に切り替わった。

中学で必修になったからと言っても、受け身や寝技を数時間学んだ程度の生徒たちにとってはあまり楽しいものでは無かった。2時間授業を4回分。たったそれだけだが、できればみんなやりたくないような顔だった。



「経験者は川上だけか」

経験者は黒帯を巻く。それ以外は全員が白帯で、授業が進むにつれてどれくらいのレベルに達したかを教師が判断し、帯の色を変えていく。元々力のあるものや、体が大きいものは次の授業ですぐに黄色の帯にランクアップする。同じ色同士の者が組み合うことで、安全に練習することができるという一つの指導方法だ。

「わおう。川上ちゃんは有段者?」
「・・・・まあな」
「かっくいい〜。もしかして俺、投げれたりする?」
「なんなら今すぐ投げてやろうか」
「いや・・・来週練習試合あるからやめとくわ」

足立は川上よりも背が高いしガタイもいいが、そんな奴さえ投げ飛ばしてしまうらしい。まさに柔道って柔よく剛を制すだ。
安全確認をしてから準備体操、そして補強運動が終わるとまずは受け身練習を行った。川上以外の白帯達がそれぞれ好きな者とペアを組む。




「朝川、一緒に受け身の練習しようぜ」
「僕と?」

いつもはそんなに話さない奴が静に声をかけて来た。

「いいけど」
「やった!じゃ、よろしくな」



2人一組で練習する受け身。1人が転がるとき、もう1人は周りに人がいないかを確認し、起き上がるときの補助とアドバイスなどをする。それを交代に行うバディのような役割だ。
まずは前回り受け身だが、先生がやった通りの順番がホワイトボードに見やすく掲示されている。それを確認しながらまず姿勢のチェックをする。

「足、肩幅に開いて、そして右足を出したら右の掌を指先が後ろに向くように畳に付けて・・・いや朝川そうじゃなくて・・」

畳に座って倒れたときの体制を取るが、どうも静の体位は違うらしく、ペアの生徒が静の手を握って後ろに倒す。

「頭をぶつけると危ないから、畳に落ちるときはなるべく手や足から付いて、背中は全体を付けないように少しずつ・・・そう、俺がちゃんと背中支えているから大丈夫」

書かれてあることを順序良く読みながら、相手はもう一度静を立たせて今度も腕を取りゆっくり仰向けに倒していく。静の腰を手で支えて背中を擦り、その手を首に持って行って最後に仰向けにして押し倒した。



静の上に乗っかるペアの相手。

(何だあれは・・・)



受け身の練習の必要が無い川上は、教師に頼まれて特に動きの鈍いクラスメイトの受け身の様子を見てやっていたが、足立や井上と一緒に練習していると思っていた静が普段あまり話さない奴と受け身を取っている。
しかもその練習の様子がなんだかいけすかない。必要以上に静の体に触れている感じがするからだ。

「どうかなあ、僕上手く出来た?」
「・・まだ、かな、もう1回・・・・やろうか」

「おい待て。お前、何してんだよ」

川上の声にギクッとしたクラスメイトは、静の体の上からバッと飛びのき「・・・な、何が?」と素知らぬふりをした。


「来い静、俺と練習するぞ」


川上は畳に仰向けで押し倒されていた静の手を引っ張り起こして、寝転んで乱れた髪を手串で数回撫で整えてやった。

「だめだよ、だって川上黒帯じゃん。同じレベルの人と練習しなきゃいけないんだよ」
「いいんだよ俺は、先生からも指導頼まれてるんだから。いいよな、お前も」

そう言って僕のペアに有無を言わさずペア変更をさせてしまった川上は、今日も少し機嫌が悪そうだった。

「お前さ、少しは自覚しろって」
「何が?」

「・・・・ま、いいわ。じゃ、受け身な。前身ごろ掴んで後ろに倒れるところからやるぞ」
「はーい」

そこでチャイムが鳴り始めの1時間が終わったが、僕と川上はせっかく組み合ったので1回だけ後ろに転ぶ練習をしようと決めて川上の身ごろをしっかりつかんだ。




「ねえ、川上って強いんだよね」
「はぁ?」

組み合ったとたん何を言い出すのかと思ったら・・・

「しゃべると舌かむぞ」
「そうかぁ、強いのか」

静はさっと足を開き、右足に重心を乗せた。そして右肩を川上の胸に何度か軽く当てて、身ごろをギュッと握りしめた。

「ねえ、やってみていい?」
「何がだ」

「これって何だか、・・・投げれちゃうかも」
「何言ってんだか、・・・って、うわ!」

静は組み合った体制から、受け身で後ろに倒れるどころか、川上の前身ごろを掴んだ手に力を入れて、体を反転させなんと川上を投げに持って行こうとした。

「くっ、」

中にもぐりこまれた川上は咄嗟に腰を落とし、静の背に体重をかけて投げられるのを防いだ。

「あれ?おしいな〜いけると思ったのに」
「お、お前は!いきなり何するんだ!」
「いきなりじゃないよ、やってみていいかってちゃんと聞いたよ」
「だからって受け身練習でいきなり投げるか!」



胴着を掴んだままの静の手をはずし、乱れた前を直しながら川上は声を荒くして怒鳴り上げた。

「さすが黒帯だねー。投げれるかと思ったんだけど。駄目だった。テヘッ!」
「静!お前ふざくんなよ。他の奴だったらぶっ飛んでたぞ」
「川上だからだよ」
「俺ならいいっていうのか!」
「有段者ってどのくらいすごいのかなぁって思ったけど、やっぱりさすがだね、あのタイミングで踏みとどまれるなんてびっくりだよ!」



(こいつは・・・にこにこ笑ってやることじゃあねえだろうが!)



「あのなあ、こう言った鍛錬は遊びじゃねえんだから、ふざけた気持ちでやったら自分も相手にも怪我をさせることになるんだぞ」
「ふざけてないもん。真剣だもん!もう・・・なんですぐ怒るかな。僕の周りってそんな人ばっかりだよ」


(それはお前が無鉄砲だからだろうが!!)


常日頃の不満をぶつぶつと言いながら静は「休憩しよっと!」と言って背中を向けた。


(はあ・・・こいつは本当にもう、甘やかされて育ちやがって。合気道と空手はやらせてたって聞いてはいたが、どうしてこうやることが突拍子ないんだろうか・・・園田の時と言いわけのわからん事を考えてすぐ突っ走るし、もっと思慮深く考えたり行動したり判断したりができないんだろうか。無謀だ、考えなしで無謀すぎる。見た目はこんなにかわい・・)


「隙あり!」
「・・うあ」

去っていくものだと思っていた静がいきなり振り返り、回し蹴りなんか入れて来た。しゃがんで蹴りをかわすと、今度は正面から蹴りが飛んでくる。それを腕で防いでその足を掴むと、掴まれた足を軸として静自身が宙をくるりと回り、掴んだ足をそのひねりでいとも簡単に外してしまった。


「隙も無しかぁ。やっぱりすごい!すごいよ川上って」
「お前なあ!今説教垂れたばっかだろうが。お前には記憶力ってもんがねえのか!」

怒る川上に目をきらきらさせて「強い、かっこいい〜」と嬉しそうに言った。

「でも、一発くらい決まらないかなあ」
「・・・・決まるわけないだろうが、白帯なんかに負けるかよ。バカかお前は」

「あ、その言い方ちょっとやだな。じゃあさ、もし一発でも決まったらどうする?」
「どうするって、はっ!あり得ないな」

「そんなのやってみなきゃ分からないじゃん!」
「やる必要なんてない。お前には絶対無理だ」

いつもより意地悪な言い方をしているのは、自分もうっ憤がたまっていたからかもしれない。この目の前に居る自覚のないお子様のおかげで自分は毎日大変な苦労をしていると言うのに。たとえそれが仕事であったとしても・・・

「強いと思って、そういうの油断大敵って言うんだよ」
「何を偉そうに・・・もし俺に一発でもぶち込めたらそうだな・・・・・・何でも言うこと聞いてやるよ」
「本当に!」
「どうせできるわけな・・・うわは!」

言ってる傍から静は至近距離で正拳を突き出してきた。




それからはもう、連続で打ち込んでくる。顔面、首、普通は狙ってはいけない場所に静は正確に打ち込んでくる。喧嘩慣れしていないとそんな場所は狙わない。しかし静の打ち込みにはそういった迷いが無い。


(こいつ、何で・・・この手慣れた動き。まさかどっかでやばいことしてんじゃないだろうな)


連続で来るそれを手で払い落としながら後方に下がり、静が攻撃を足に切り替えるほんのわずかな隙を狙い殴るわけにはいかないので肩を丸めてそのまま胸に突っ込んで軽く突き飛ばした。

「ぐわ!」

まともに当たったら吹っ飛ぶのだろうが、その点は手加減したし静も腕を交差させて下がりながら上手く衝撃を受け止め、川上の重い激突を半減させた。

「あいたたた・・・・・」
「ほら見ろ、無理なんだよお前には。だからもうあきらめろって」
「やだ!絶対に一発当てるもん!白帯だからって負けないもん!」
「あーもう、わかった。バカにしたことは謝るから!」



あんなこと言わなきゃよかった、「何でも言うこときいてやる」なんて。ついむきになってしまって・・・・・・・・失敗だ。



「頼むから、こら、静もうやめろって!」



怪我なんかさせられないし。

一体何だっていうんだよ。



もう・・・
勘弁してほしかった。


次回・・・「勘弁してくれ」(後編)

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