鷹兄観察
■夏休み終盤辺りの番外話■


夏休みもあと少しで終わると言うのに・・・どうして僕はこんなところにいるんだろうか。



いろいろ事件を起こして結局元の監禁生活に戻った静はベッドの中で寝がえりをうった。広いキングサイズのベッドには自分以外にもう1人眠っている。



午前7時半前。目覚ましが鳴る前に起きてしまったのは、昨日たっぷり昼寝をしてしまったせいだ。いつもなら声を掛けられても起きはしない。いつまでも寝ている。だってせっかくの休みだもの。早く起きるなんてもったいなくって。
会社で遅くまで仕事をして、帰ってからもパソコンで為替レートやら株式やらをチェックしていた鷹耶は寝息も立てず静の横で眠っていた。

広いベッドなのに、寝がえりをうつと2人の顔が至近距離になるのは、静の腰を抱いた手が離れないからだ。しっかりと腰に手をやったまま寝ている鷹耶。静はいつも先に寝てしまうので鷹耶がいつベッドに入って来るのか分からない。分かっていたらこんなにくっ付いて一緒に寝たりはしない。このうっとおしい手を外そうとしてもパジャマをしっかり握った手はいつもほどけないでいた。

息をしていないように思えるくらい、横で深い眠りに付く鷹耶の呼吸は静かだった。死んでいるようにピクリとも動かないし、呼吸による胸が上下する様も横向きになっているからよく分からない。心配になって、動かせる顔をギリギリまで鷹耶の顔に近づけてみるとかすかに鼻から息が漏れている。

(よかった・・・ちゃんと息してる)
それは当然のことだが。今なら顔に落書きをしても気が付かないかもしれない・・・・・・・・・しないけどね、そんな怖いことは・・・。鷹耶が寝ているところをこんなにマジマジと見ることはあまりないことだった。
眠っているときも眉をしかめて怒っている。寝息は聞こえない。微動だにしない。パジャマを掴んで放さない。これでは起きているときとたいしてやっていることに違いが無い。静はそんな鷹耶を見てため息をついた。


キスはしない。
むやみに触らない。


そんな約束をして仕方なく鷹耶のマンションに世話になるようになった残りの夏休み。
監禁前と何も変わらず10時にはミサカに行き昼食を一緒に食べる。夜は食事を1人で摂ることの方が多く、21時前にはマンションに帰ってお風呂に入りテレビを見て寝る。鷹耶は持ち帰りの仕事やパソコンをいじって深夜にベッドに入って来る。そして朝起きると鷹耶はもう起きていて、いつまでも起きない静をかなり本人が嫌がる方法で起こす。

何で一緒に寝なきゃいけないんだろう。
布団を買ってと言っても聞く耳を持ってくれないし、あれだけ高価なプレゼントをくれるくせに1万円くらいしかしない布団セットは買ってくれない。僕はそんな鷹兄のことが良く分からなくなっていた。





そろそろ朝7時半。それまで僕はうつらうつらしながらベッドで二度寝を繰り返していたが、目覚ましが鳴った途端鷹兄がスイッチを止めた。

「早起きだな。眠れなかったのか」
「え?」
「ごそごそと何度も寝がえりをうっていただろう」

何でそんなことが分かるんだろう。鷹兄は熟睡していたはずなのに。びっくりして鷹兄を見ているとその顔が近づいてきた。

「ち、ちょっと・・・・」



チュッと額にキスが落ちる。そして閉じられた瞼の上に、頬に耳に顎や首に・・・パジャマの襟元まで何度も繰り返しキスの雨が降る。

「ち、ちょっと・・・キス・・・しないって・・」
「唇にはしていない」
「そ・・・それって・・・」
「そのほかはキスとは言わん」
「何勝手にそんな!自己中な解釈しないでよね、他もだめに決まってるじゃんか!」


口を付ければどこだってキスでしょうが!


「もう、やめてったらこら、ぁは、あはは!く、くすぐったい、み、耳はやめ・・・」

覆いかぶさってキスをばらまく鷹耶にされるがままになり、結局口だけでしか抵抗ができなかった。そして散々チュッチュしまくって気がすんだのか、

「おはよう、静」
「・・・・・・・・・・」


「返事は」

「・・・・・・・・・・・・・オハヨウ・・・・・・ゴザイマス・・・・」


強制されたことはとりあえず答えておかないと機嫌を損ねる。キスはしないという約束は鷹兄にとっては唇限定だったようで、文句を言ってもそれを変えようとはしない。自分だってキスしないという約束を詳細に説明しなかったが、普通はそんな説明要らないよね。駄目って言ったら全部駄目に決まってるじゃんか。まるで上げ足を取られたようなこの事態に朝からドッと気持ちが重くなった。





鷹兄の身支度は早い。
僕がダラダラとベッドから出ない間、クローゼットから出て来た鷹兄はワイシャツにきっちりとネクタイを結び、もう仕事モードのような雰囲気だった。セットされていたコーヒーメーカーから香ばしい香りが立ち込める。それを飲みながら新聞を四種類読破する。パソコンをカチカチ当りながら携帯のメールまで一緒に見て二杯目のコーヒーを飲む。何だか機械のように無駄のない動きに朝から疲れないのかなと不思議に思ってしまう。

固形の簡易的なものをいくつか口に入れてそれで朝食は終わりのようだ。僕も朝はリンゴジュースだけだから人のことは言えないけど、ぜんぜん美味しそうに食べているようには見えない。義務的に栄養を摂っているそんな感じだった。

「あと30分で迎えが来る。準備をしておけ」
「あ・・・うん」

自室として準備されている部屋に行ってクローゼットから服を選ぶ。クローゼットには僕のサイズに合った洋服が準備されている。僕は自分で洋服を買ったことが無い。倫子さんがデザイナーだったせいもあり洋服は倫子さんの趣味ですべて勝手に揃えられていた。それはユニセックスなものばかりでかっこかわいい系が多かったが、開けたクローゼットも似たり寄ったりの物が多かった。
鷹兄と倫子さんは犬猿の仲だけど、僕の服に関する趣味は似ているのかもしれない・・・





会社に着いて僕を13階に閉じ込めた後は、午前中ずっと鷹兄は仕事だ。社長って椅子にふんぞり返って座っているだけかと思っていたけど、鷹兄の場合はふんぞり返ってはいるが仕事もちゃんと頑張っているらしい。
ランチの時間はまちまちで、急な来客があったり会議が長引いたときは僕は1人でご飯を食べる。そんなとき鷹兄は昼食を抜くらしい。午後の時間はもうスケジュールがずらせないので食事の時間が無くなるのだ。なんだかかわいそう。朝はコーヒーと固形物なのに。おなかすかないのかな。

夜もここでご飯を食べる。本当は食事会とかに誘われているみたいだけど、今は僕がいるからそれを断っているみたいだ。僕がまだ出されたものの1/5をもそもそと食べている間に、鷹兄は全て完食してしまう。バン食い競争なら負けない自信があるけど、もっとよく咬んで食べないと胃が悪くなるよ。
それから何をするかと思いきやまた僕をジッと見ながらコーヒーを飲む。


「・・・あのさ、」
「何だ」

「見られてるとさ、食べづらいんだけど」
「なら、食わせてやろう。箸を貸せ」

「・・・・・・・遠慮しときます。あっち向いてくれないかな」

静がご飯を食べないから、少しでも食べるように監視しているのだ。それでも見つめられるのは嫌なので静の方から顔をそむけた。

「見れるときに見ておかないとな」
「はぁ?いつも見てるじゃん!」

「足りない」
「何が?」

「できれば一日中お前を眺めていたいくらいだ」


・・・・・そういうことはさ、恋人とかに言ってよね。あ・・・・・そうでした。
僕の事・・・・・その・・・す、好きなんでしたよね。


そしてまたその事実にどっと疲れる。


そのことについては考えたくもないので、早く鷹兄に恋人さんができるように祈りながら、好きな物だけ箸をつけて偏った夕御飯を終わらせた。





僕はいつも9時にはマンションに帰宅させられる。子どもは午後10時には寝るという鷹兄のよい子の躾ブックにはそう書いてあるようだった。
お風呂に入ってテレビを見て・・・今どきの高校生は10時になんて寝ないんだよ鷹兄。

時計の針は午後10時をとっくに過ぎて、このままだとまた午前様になるのかな?と思った。おとといはクラブで商談とか言って、香水臭いにおいを付けて11時ごろ帰って来たけど、今日はそれよりも遅い。ミサカに居るのか外で仕事をしているのか静にはスケジュールが分からないし、聞いても詳しくは教えてくれない。
一日一緒に居ても鷹兄のことはよくわからないでいた。

そして僕はまたテレビを付けっぱなしにしてそのままソファーでうたた寝をして一日を終える。





朝・・・。

ソファーで寝ていた僕はベッドに居る。


(また・・・運んでもらっちゃったのか・・・)


そして時計は7時半前。あと少しでアラームが鳴る。そしたら機械みたいにパッチリと目を開けて動き始めるんだ。横で寝ている鷹兄は・・・・・・・またピッタリくっついて寝てる。腹の上に乗せた手は、シャツの裾を掴んでいる。僕はライナスの毛布だろうか。


アラームが鳴ると同時に、横の大きな体が動き始めた。
知らんぷりして寝た振りでいると、顔の上に気配を感じた。


チュッ・・・・・・・額に落ちたキス。


「あ、あのねえ!キスはしないってあれだけ昨日・・・」
「寝た振りをするお前が悪い」
「ちょ、やめてよね」
「俺をだました罰だ」
「だましてなんかないってばあぁー」

チュッチュッチュッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう・・・・勘弁して〜



「おはよう静」
「・・・・・・・・・」


「返事は?」




「・・・・・・・・オハヨウ・・・・・・・ゴザイマス」



早く夏休みが終わらないだろうか・・・・・



しばらく砂糖増量傾向で番外編が続く。
次回は・・・静を育てるためにこんな苦労をしている的な兄の話。

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