暗礁
楽しかったステラ2でのひと時は、思ってもみない結末で幕を閉じた。
ステラには迷惑料として法外な金額を支払い、静を連れて廉治は家に帰宅した。




暗い目をしていた鷹耶。
あれは10年前と何も変わっていない。

自分達の中にも存在する狂気な性を、人を虫けらのように殺せるこの気質を見事なまでに受け継いだ鷹耶は、幼いころから生きているものとそうでないものの区別があまり付かない子供だった。
特にひどかったのは中学の頃。周りの羨望を集める優等生な一面と、血を求める悪鬼に豹変するその二面性を心の内に住まわせて、鷹耶は夜の街を彷徨った。何日も眠らずに、倒れて動けなくなるまで惨たらしい遊びを繰り返した。



いつかは自分の手で、この常軌を逸した哀れな息子を殺さなければならない。そう思い続けていた数年後、先の見えないその息子の狂行は、驚くべきことにピタリと止んだ。







静かな寝息を立てる少年は、酒が抜けきっていないせいかまだ少し顔が赤かった。その髪を優しく撫でる。何度撫でても全く起きる気配はない。酔って泣き疲れて・・・・・・この無邪気な子が明日は笑顔でいてくれるだろうか・・・

自分の邸宅で安らかに眠るのは、この世でたった1人愛した女の子供。
手に入れることができなかった、女神のように敬愛した女の息子。
粗悪な自分が、穢すことのなかった清らかな乙女。



「佐和子・・・」






佐和子が選んだ朝川静衣(せい)と言う男。
同じ字を生まれた息子に使うほどその男を愛していたのだろう。その証として生まれたかけがえのない子どもが静。
後で知ったことだが、金も地位もなく、貧弱な男だったと言う。金にもならない慈善活動ばかりしていたうだつの上がらない男。NPOに所属してたとか・・・一年のほとんどを海外で過ごしていたため消息を掴むことができなかった。

そしてやっと所在を掴んだときは・・・
2人とも事故で死んでいた。
死ぬ時も一緒とは。何とも憎らしい。どうせならこの手で殺してやりたかった。・・・・・朝川静衣という男を。



佐和子の遺品の中には、昔俺がやった指輪が残されていた。
刺繍の入った白い綿のハンカチに大事にくるまれた指輪。それは婚約の証に渡したものだった。佐和子が捨てずにいた指輪。
それは・・・・・・・・・・一体何を示すのだろうか。




『どうして人を殺したの!』




涙を流して俺を責めた。人を殺すことなど何とも思わない俺を。
それが俺が聞いた佐和子の最後の言葉だった。

残されたのは母親そっくりの静。
字もまだ書けない子供は、親の死は理解できたようだった。静の瞳から流れる涙は、あのときの佐和子の涙と同じくらい・・・・・・美しかった。






俺が佐和子に救いを求めたように、鷹耶は静に同じものを求めているのだろか。
自分がやってきたことを水に流して、鷹耶が静を欲しがることを責めるのはあまりにも虫が良すぎる。だが自分は己の狂気の結果、一番欲しかったものを手に入れることなく失った。同じことを息子にさせたくないと思うしみったれた、あるか無いか分からない情の欠片のようなものが少しばかり心を揺さぶる。
だが・・・

鷹耶は異常すぎる。

その静への執着心は自分達の想定の範囲を超えた。
それも・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺と同じだと言うのか?未だに愛した女を忘れられず、その面影を静の中に追っているこの尽きぬ盲執。
そう思うと笑いがこみ上げて来る。自分も鷹耶も何も変わりはしない。ただ愛する者を裏切り不幸にする生き方しかできないのかと。

まだ5歳の静に纏わりつく鷹耶を見たときは正直とうとう気が狂ったかと思った。あの事件の直後でもあったし、精神病院行きかと心底なけなしの親心を総動員して心配した記憶がある。
だが日に日に穏やかになって行く息子を見て、鷹耶に近しいものは皆静を特別な者と認識し始めた。



(島木の爺さんは娘を失ったにも関わらずあんな無謀な頼みをよく受け入れてくれたものだ。)

だからこそジジイは未だに島木に対しての誓いを尊守しようとする。
静という存在が、ジジイと俺、そして鷹耶を否応なしに結びつける。
それは静にとっては不幸でしかない。自分達は確実に静を不幸にしている。昔もそしてこれからも。それでも手放すことはできないだろう。その代わり何不自由なく過ごさせてやりたい。自分達が縛り付けているにもかかわらず・・・まさにこれは欺瞞だった。




(しかし・・・・まさか、鷹耶があの事を知っていたとは・・・)




爺さん同士がかわした約束とその結果起きてしまった不幸な出来事。鷹耶がどうやってそれを知ったのかは分からないが、あの口ぶりは間違いなく自分達が隠してきたことを知っている。



静を泣かせ、息子を殴った。殺してやるとまで言い放った。今日はなんとも後味の悪すぎる一日だった。







「ん・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・れ?・・・・」



喉が渇いて起き上がってみると薄暗い部屋は見たことが無い場所だった。広い部屋、ふかふかの布団。そしてすぐ横にはもう一つ布団が敷かれてあり廉叔父さんが眠っていた。

「・・・・・・何で?・・・叔父さん・・・」

何でここに叔父さんがいるんだろうと、今の現状を把握しようとするが頭がこんがらがっていて何も分からない。昨日は確か面談に来てもらってそのあと○○ランドに行って・・・

「あ!・・キャバクラ・・・」

そうだ。キャバクラに行ったんだ。

「・・・ん・・・ああ、起きたか静」
「お、叔父さん・・」



布団の中でライオンが唸るような大きな声をあげて背伸びをした叔父さんは、ムクリと起き上がり僕に向かって胡坐をかいた。

「頭、痛くねえか?」
「はい。大丈夫です・・・あの・・僕」
「ここは俺の家だ。心配すんな。ところで昨日のことはどこまで覚えてる」

それは丁度静も考えていたところだ。叔父さんは盆にのった水差しを引き寄せコップに水を注ぎ飲めと手渡してくれた。すごく喉が渇いていたのでそれを全部飲みほしてやっと一息ついた。

「えっと・・・キャバクラに行って、レイナさんに会って・・・」
「ああ、それからどうした?」
「何か、すごく楽しかったような気がするけど・・・甘酒飲んだかな。何か臭かった」
「そうか・・・その後の事は覚えてるか」
「後?」

その後は・・・・何だっけ?甘酒は美味しかったような・・・



「覚えてねえのか?」
「・・・ごめんなさい。何か迷惑かけましたか」
「いや、謝るようなことじゃねえ。俺もまさか甘酒で酔うとは思ってなかったからな」
「よ・・・酔ったの!あれ本当にお酒入ってたの!!」
「いや〜すまん。気が付かなかったわ」

ははは・・・と笑う廉治だったが静はショックだった。未成年なのにお酒を飲んでしまったことがかなり後ろめたかった。

「あ・・・どうしよう。お酒とか飲んじゃいけないのに」
「酒って言っても甘酒だ。そう心配すんな。これから飲まねえように気をつけりゃあいいんだ」

自分が飲ませたことは棚に上げて結構な弁を垂れた。





「・・・・・・・・・・鷹耶が来たことは覚えてねえのか」
「え!・・・鷹に・・・鷹耶さん来たの」
「血相変えて飛んで来やがった」
「・・・・・・・・」



全く覚えていない。

これって酔っぱらっていたからだろうか。
あんなことがあって以来、絶対に会わないように心に決めていたのに、昨日ステラに来たなんて、しかもその事実を全く覚えていないなんて。

「・・・ぼ、僕、何か言った?」

静は言いにくそうにおずおずと訪ねた。お酒なんか飲んで・・・僕は何か言っちゃいけないことを口走ったのではないだろうか。それが気になって仕方が無かった。

「・・・・・、いや、別に。お前酔っぱらってたからなぁ。門限がどうのこうのと文句は言っていたが」

「本当にそれだけ?僕何か変な事言わなかった?鷹耶・・・さんも何か・・・・・言ってなかったですか・・・・・」

最後の方は消え入りそうな小さな声で言った静。それはおそらく鷹耶にされた何かを示しているのだろう。

「いや、特に何もな。ただ・・・」
「…ただ・・何!!」

ドキッとして廉治をまじまじと見つめる静の顔は、酒は抜けたと言うのにまた赤い。これは羞恥から出たものだろう。



「生意気でムカついたからなちょっと何発か・・・・・・殴っといた」
「ええええええええ!!鷹兄を・・・な・・殴ったの!叔父さんが。た、鷹兄大丈夫なの、怪我とかしてないの!!何で殴ったの!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・ったく、お前は」


鷹耶に妙な事をされたから、あんなにとめどなく泣いた静。・・・・おそらく性的に何かをされたのは間違いないだろう。それが泣くくらい嫌で、ケンカしたなんて嘘までついてそれを隠して・・・なのにそれでもあのクソガキの事を心配するのか。




「静、お前、鷹耶のこと・・・・好きか?」
「え・・・・」




好きか・・・・なんて。
それは・・・どういう意味の・・・好きなんだろうか?兄として、家族みたいな人として、それとも・・・

「1人の人間として・・・・・・お前はあいつを信頼できるか?」

「・・・信頼・・・?」



好きだった。信じてた。本当のお兄ちゃんみたいに思ってた。
でも・・・今となっては。

積み重ねて来たものは結構あっけなく崩れ去ってしまうものなのだ。好きだった人を一瞬で怖いと感じてしまうほどに。

「・・わ・・・分かん・・・ない」

「・・・・・そうか」




カーテンの隙間から明るい日差しが差し込んでくる。
それは朝の訪れ。
でもその光が薄らと陰ってしまうほど、僕の気持ちは暗かった。この嫌な気持ちはいつまで続くんだろう・・・
そして叔父さんの表情も、なんとなく・・・・・沈んだように見えた。



次回は秋編完結・・・「僕の家族は1人だけ」

今回ちょっと積め込み過ぎた・・・。

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