静の計画(2)
ちょっとでいい、元気な顔が見たかった。

その目的自体は昨日果たすことができたんだ。

女性とランチに行くくらいだから、元気な事は間違いないだろう。




昨日のエントランスでの出来事は、静にとって驚くべき事だったが一方ではホッとする出来事でもあった。



鷹耶だって男なんだから、美人が横にいて嬉しくないはずはない。現に女の人とは腕なんか組んでいたし、あっという間に車の中に乗り込んで行ってしまった。行った先がランチだろうが仕事場だろうがそんなことはどうでもいい。あの女の人がもし鷹耶にとっていい人ならば、それはそれで静にとっては喜ばしいことだった。

弟のように可愛がられること自体は好きだ。甘えるのも、大事にされることもそれはとても居心地がいい。だからといって過剰な接し方にはずっと戸惑っていたから、鷹耶のペースに乗せられて、いろいろとおかしなことをやっていることに関してはちょっとした罪悪感が常に心の中に存在していた。



好きだなんて言うけど。

誰だって普通は女の子が好きに決まっている。鷹兄はバカが付くくらい過保護で構いすぎるだけで、だからあんな事を平気で口にする。
あれがもし、本気だったら・・・
本気だったら・・・
それは、

困る。困るんだ。

だからよかったよ。仲よさそうな人がいて、本当によかった。

2人の考えている「好き」が根本的に違うのだから、どうやったって相容れるはずもない。その点に関しては鷹耶の興味が自分から離れて別の人に向く事はありがたかった。悩んで滅入ることもあったが、昨日の鷹耶達を見て何となくいい方向に進めばいいなと本心から思った。

でも自分が鷹耶に対して抱く親愛の情はこれからも大切にしたい。
家族としてはいつまでも鷹耶と繋がっていたい。
贅沢を言えば、もし・・・もしも鷹耶があの女性と付き合ったり、この先結婚したりすることになっても、この繋がりは切れないでほしいと願う。いつまでも自分を守ってくれる優しいお兄さんでいてほしい。こんなふうに考えるのはあまりにも自分勝手なのだろうか。この胸につかえるモヤモヤ感は、自分の居場所がなくなることをきっと恐れている。あまりにも居心地の良すぎる鷹耶という大きな傘の下から放り出されることが怖いのかもしれない。
静はそれが原因で昨夜は眠れなかった。







(これじゃ昨日と同じじゃないか)



ミサカビルの向かいの壁に寄りかかること数十分。肩からたすき掛けにしたカバンを腰の後ろでクッション代わりにして今日は居るのだろうかとじっとビルを眺めていた。



「よお!」



声をかけられ顔を向けると、そこにはスーツのポケットに手を突っ込んだ大柄な男の人がニコニコ笑って立っていた。キョロキョロ周りを見渡しても立ち止まっている人は他にいないので、自分に声をかけたのだろうけど。この人・・・どこかで・・・

「あ・・・」

この人、鷹兄の傍にいた人だ!



「俺のこと覚えてるか?ニャ・・じゃなかった。朝川静君」

人好きのする笑みをこぼした男は静の名前を口にした。

「なんでこんなとこに突っ立ってるんだ?風邪ひくぞ」

それは鷹耶に会うためだけれど・・・こんな自分を、この人はいつから見ていたのだろうか。
コソコソと隠れるようにして眺めていた自分が恥ずかしくなってきて、静は今日もあきらめて帰ろうと思い立った。


「何でも・・・あの、さようなら」


何でここに立っていたかなんて、相手の男にだってその理由は分かっているはずだ。ここで指をくわえて会うことを迷っていたなんて。なんて情けない姿を晒したんだろう。一目散にその場から退散したくなった静は駆け出そうとしたが、男に首根っこを掴まれて逃走を簡単に阻まれてしまった。

「ぐぇ!」
「ああ、悪い。苦しかったか?」

そして襟元を掴んでいた手を放し、代わりに二の腕を掴み直した男によって、静はズルズルと引きずられた。

「な、何ですか」
「そりゃあこっちのセリフだ。こんなとこに突っ立ってても何の意味もないだろう。お前昨日もここにいたらしいな」
「!」



何でそんなこと知ってるんだ!・・・見られてたなんて。



引っ張られながら横断歩道を渡り、男と静はどんどんミサカビルに近付いて行く。

「ちょ、放してください」
「ちょうど昼飯にしようって所だったんだ。一緒に食ってけ」
「でも・・」
「子供は素直が一番だぜ。余計な気を使ってんじゃねえぞ」

そしてとうとう入口をくぐり、奥の役員専用エレベーターの前に来た。
エレベーターの前には左右に警備員が立っていたが、男の人は特にチェックを受けることもなくスルーでエレベーターに乗り込んだ。




「瀬名がな、昨日ニャンコ・・ああ、お前のことだけどな」

僕はどうやらこの人達に“ニャンコ”と呼ばれているらしい。

「瀬名が鷹耶の見送りに出たとき、あそこに突っ立ってるお前を見たんだと」
「瀬名さん・・・」
「ほれ、あのメガネのきっつい顔した秘書」
「あ、あのきれいな秘書さん」
「あれの見た目にだまされるなよ、そりゃあもう中身はえげつなくて怖〜いんだからな。げ、しまった、このカメラ音声も残るんだった。あとでウッチーに消去させねえと」

隠しカメラでもあるのだろうか。壁にはめ込まれた黒いプラスチックの部分を眉をしかめて見ながら、男の人はブツブツと僕には分からないことをつぶやいた。




スーと静かに開いたドアの先は社長室があるという12階。もう一つ上の13階は夏休み嫌というほど通った鷹耶のプライベートゾーンもとい監禁部屋。

「や、やっぱり仕事の邪魔だし。僕帰ります」
「ここまで来て何言ってるんだか。夏の威勢のよさはどうした」

あのときは横暴な鷹耶にキャンキャン噛みついていたけど、今回は自分の取った行動とそれを見られていたことが情けなくて、鷹耶の前に出ることが恥ずかしくてたまらなかった。でもこの人は僕の抵抗などものともせず、長い廊下をズンズン進み片手で僕を引きずって行く。

バンと開けられた大きなドアの向こうには4,5人の社員がいたがその視線が一斉に静に向く。仕事をしていた者達の動きがピタリと止まり、制服姿の少年をいぶかしむようなでも興味深げに視線で追うが、男は構わず静を更に奥の部屋に通じるドアの前まで連れて行った。



「いいか、ニャンコ。扉の向こうには非常ーーーに機嫌の悪い男がいる。朝川マジック期待してるぜ」



頭にハテナマークを浮かべてたその一瞬にドアを豪快に開けた男は、背中をドンと押して部屋の中に少年を叩き込んだ。

「うわっ!」
「あ、押しすぎた・・・」



社長室への第一歩。



すべすべした冷たい石のような床の上に僕はつんのめりそのままダイブした。顔をぶつけなかったのは、僕を押した張本人がとっさに斜めにかけていたカバンを掴んで床への激突を食い止めてくれたからだった。それでも両膝と両手を床に突いている四つん這いの様はなんとも情けない恰好であることは間違いない。

「悪いな。軽く押したつもりだったんだが」
「何を乱暴な事を。西脇、朝川君に失礼でしょうが」
「いや俺もびっくり、ニャンコか弱すぎ」
「大丈夫ですか朝川君。すいませんね、やっぱり私が迎えに行けばよかった」
「ちゃんと連れてきたからいいじゃねえか。お前が行ったら怖がるの間違いねえって。俺だから素直に付いて来たんじゃねえか」

素直には付いてきていないけど・・・
静は内心そう思いながら、2人のやり取りを床にペタンと座ったまま見ていた。


「静!」


その声に言い合いをしていた瀬名と西脇、そして静の視線が一点に集中する。

重厚な机の向こうには、書類を手にしたまま驚いた様子で静を見ている鷹耶がいた。




「あ・・・あはは・・・久しぶり・・・」




ひと月ぶりに会った鷹耶の前で放った第一声は間の抜けた声で、しかも床に座ったままという何ともかっこわるい再会であった。



さ〜て明日の「プラ」は〜

下降の一途をたどります。
次回は「いい子だ・・・」です。

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