静の計画(1)
人間悩みすぎたり思いつめたりすると奇妙な行動に出るものだ。他人がこんなことをしていたらバカじゃないかと笑うだろう。でもそれが自分だったから、その時は真剣で無謀な行動を顧みるようなそんな余裕は更々なかった。



電話もダメ。
メールもいい言葉が浮かばなかった。
だからと言って、こんなことよせばよかったんだ。



僕はこの行動を後でものすごく後悔することになる。
修お爺ちゃんが言った言葉が、その通りだったと思い知らされる。

そう、

あの人の思いもしなかった行動に、親愛は、いとも簡単に不信に変わる・・・






僕は今、大きなビルを見上げている。
ここはミサカクリエイト本社前。






期末テスト1日目。

午前中の3時間で下校となる今日、結局何も思いつかなかった静は、何を考えてか鷹耶のいる会社に足を運んでしまっていた。現在ミサカビルが見える反対側の車線の歩道上に立ち、4車線の道路は20メートルほど先に横断歩道があるが未だ渡れずにいる。ビルの真正面だがワンクッション置いた場所から眺めること30分が経過していた。



(ここで眺めていて一体何になるんだろう)



ちょうどお昼時のビル街は人の出入りが激しく、ミサカのビルからもランチに出る社員が多数交差している。鷹耶が他の社員と共に玄関から出て来るはずはない。出て来るとしたら地下駐車場から車でだろう。だからこうやって見ていても何にもならないことは静にも分かっていた。

(お昼時だから、休憩中だといいんだけど。せっかく来たんだからメールしなきゃ)

そしてポケットから携帯を取り出したとき、目の前を大きな外車が通り過ぎた。真っ白なその車は転回すると、ミサカビルの正面入り口に横づけになり止まった。出入りする社員も高級車にチラリと視線をやりながら通り過ぎていく。そこから出てきた赤い服の女性は堂々とした態度でビルに入って行く。
何気なく視界に入った風景だが、静は特にそれを気にすることなく携帯に目を落としてアドレスを引き出した。何度か文を打ち直しやっと送信できそうな内容にいきあたる。



――――― 今何してますか。もうお昼ご飯食べましたか



「とりあえずこんなのでいいかな」

ちょうど休み時間だったら一緒にランチでも食べたい。もう食べ終わっていたら明日は時間がとれるかどうか聞けるし。



向こうが忙しくて来れないならこっちが出向けばいいんだ。



ここ数日悩んだ結果、静が至った考えはそれだった。九鬼さんの言った「会えばいいと思う」とはこのことを指していたのではないだろうか。

ドキドキしながら送信ボタンを押してフーっと安堵のため息を漏らす。何と返信が帰ってくるか期待とともに不安もある。運が良ければひと月ぶりに鷹耶に会うことができる。そう思うと自然に気持ちも明るくなってきた。その時、

ビルから出てきた男女の姿に静の目は釘付けになった。




(鷹兄?)




鷹耶は横に女性を伴い停車している白い車の後部座席に乗り込んだ。その女性はさっき偶然視界にとらえたあの赤い服を着た人のようだった。それはあっという間の出来事。車は大勢の人が注目する中、滑るように発車しビルの前から姿を消した。

あっけにとられていた静の手の中の携帯が震える。画面を見ると鷹耶からの電話だった。ドキリとして躊躇したが指はすでに通話ボタンを押していた。

「どうした?こんな時間に」

携帯越しに聞こえる声は、あの白い車の中からかけているのだろう。おかしいな、さっきまでそこにいたのに。携帯から聞こえる声はいつもよりずっと遠くに感じた。

「別に・・・どうしてるのかなと思って。ごめんね忙しいのに。じゃあ切るね」
「おい、静待て」

一方的に携帯を切った。するとまたすぐにバイブが鳴るからそのまま電源も切った。



(何だよ、あれ)



忙しいと言っていた癖に。昼間っから女の人とランチ?それともあの人は仕事相手か。でもファッションショーに出てきそうな、あんな派手な服着て仕事をする人ってどんな職種の人だ。それに遠目で見たあの女の人は・・・とてもきれいな人だった。

堂々としていて、優雅な身のこなしで、鷹耶と並んでも遜色ない大人の女性。それに比べて自分は・・・



ビジネスマンが行き交うオフィス街に、制服の少年は異色を放っていた。真昼間にこんなところにいて、周りから見れば学校をさぼって遊んでいるとしか見えないだろう。チラリと横目で見る視線が冷ややかだ。その視線にもいたたまれなくなり静は鷹耶がいなくなったミサカのビルを後にした。

力なく去るその背中を、ミサカビルの入り口から見つめていた視線があったことに、静は到底気づくはずもなかった。






「どうしたの静ちゃん。やっぱり徹夜したの?いやん!やっぱ俺達徹夜仲間」
「・・・朝から元気だね・・・足立」
「おう!○ンケルも飲んできたしな、もうビンビン。どっからでもかかってこいって感じだ」

夜通し徹夜し、明け方は歴史の年号を唱えていたらしい足立は、目が血走っているが50番以内じゃないと部活停止になるからいつもテストのときはこの調子だ。そして僕は徹夜はしていないけれど、それと似たような状況ではあった。


寝たのは4時前くらいだった気がする。眠れなかったから仕方なく勉強でもするかと思って取り組んだら、一層目が冴えていつまでたっても眠気が来ない。普段は11時過ぎには寝るのに何で今日に限って・・・って。



理由なんてひとつしかない。



鷹耶のことを考えると、胸がざわついて眠れなかった。
勉強しては手が止まり、鷹耶のことを考える。そんな自分にハッと我に返りまた教科書に目を戻し・・・その繰り返しを延々続けていたら、気がついたらこたつで朝を迎えていた。

「静ちゃんも目が赤いね。だめだよ、徹夜なんかしたら」
「静、お前朝から顔が死んでる。帰ったら寝ろよ。ぶっ倒れるぞ」

顔色が悪いと井上も川上も心配そうに声をかけてくれる。でもこれはただの睡眠不足だ。

「うん。帰ったら・・・寝る」
「あと3時間だけ、脳みそ起こしといてね」
「さあ、歴史よ!!俺にかかってこい」
「うるさいよ筋肉マン」

そして昨日と同じように午前中のテストが始まった。この3時間をなんとか乗り切ったらあとは帰ってまず寝ようと、そのときは思っていたんだ。

そのときは。




しかし正午過ぎ。
2日目のテストを終えた静は、布団の中にはいなかった。自分のアパートにさえ帰っていなかった。





日差しはあるが外の空気は冷たい。目の前は車が行き交う4車線道路。ビジネスマンの中に今日も目立つ制服姿の少年が1人立っている。
そして高くそびえたつのはミサカクリエイト本社ビル。



静は昨日と同じくまたミサカビルに足を運んでいた。



次回・・・「静の計画(2)」

そろそろ秋編のラストに突入です。モヤモヤだらけの秋編はこれからひと波乱の模様です。ではまた明日。

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