打てないメール
昼休み、教室はいつもと比べるとおしゃべりも少なく、多くの者が単語帳やノートの類とにらめっこしながら昼食を摂っている。明日からは期末試験が始まるのでいつもより空気が引き締まっているように感じる。
この3日間を乗り切れば楽しい冬休みが両手を広げて待っている。クリスマスに正月、親戚からの臨時収入も見込んでもう買う物のリストアップを始めなければ。それを考えるだけで浮き足立って試験勉強の妨げになりそうだった。



「俺今年は沖縄よ。ババアが寒いのは嫌よ!とか言いやがってさ」

机を囲んで昼食を摂っている足立達はもっぱら明日の試験のことより、冬休みの計画に花を咲かせていた。

「南国はあったけーよな。冬でも半そでなんかなぁ」
「まさか。それは無いでしょう」
「おみやげはサータアンダギーがいい?それともちんすこうか?なあ静ちゃん」
「・・・・・・」



3人の会話にも入らずパンにかじりついたままボケーッとしている静に、足立が「パイナップル丸ごとにしようか?」などと再度聞き直すが、それでも一点を見つめたまま身動きしない静の後頭部を川上がパコンと叩いた。

「ぶっ!」
「何ボケッとしたまま食ってんだ。ガキか」

けほけほと喉に引っかかったパンで咳き込みながら、牛乳をゴキュゴキュのどに流し込む。

「けほ・・川上、いきなり何!」
「飯食ってる最中に寝てんじゃねえ」
「寝てないもん」
「ボケッとしてただろうが」

自分がボーッしていたことには全く気づいていなかった静は、叩かれた後頭部をさすりながら食べかけのパンにまたかじりついた。

「もしかして静ちゃん勉強のしすぎ?」
「静ちゃん仲間やなぁ。俺も今日は絶対徹夜だわ」

テスト期間の最初の2日間は午前中で試験が終わる。よって学校から帰ったら夕方まで寝てまた起きて朝まで勉強という、本当はあまりよくないこの勉強方をするものは結構多い。

「僕は徹夜とかしないよ。だって次の日眠くなっちゃうし」
「そこはほれ、カフェィン入ったドリンクで乗り切る」
「無限体力バカの足立とは違うんだよね静ちゃんは」
「あ〜あ、毎度学年首位の井上様には、一般人の気持ちは分かんないんだよなぁ」
「筋肉マンの頭じゃ覚えたことすぐに忘れるだろ」

いつものように井上に茶化される足立と、それを眺めてたまに口を挟む川上に適当に相槌を打ちながら、静はテストでも、冬休みでもない全く別のことを考えていた。




先々週、九鬼が別れ際に言った言葉。


――――― 『会ったらいいと思いますよ』


会うって、一体どうやって?




先週の土日はテスト期間中だったから修造も茶会は催さず、静は1ヶ月半ぶりに何もない休日を勉強しながらのんびり過ごした。しかし鷹耶とはやはり会えず、出張先から夜に連絡をくれるだけだった。自分に時間ができても、鷹耶が仕事ではどうにもならない。
土日が駄目なら平日なら会えるのかな。
自分が無理に言えば、鷹耶はどんなに忙しい中でも時間を作ってくれるだろうけど、仕事を中断させてまで会うことに何の意味があるのだろう。

恋人じゃあるまいし・・・

会いたいと思うのは静の我がままだ。半年前なら月に一度しか会わなくても全然平気だったのに、今は1週間顔を見ないことが寂しく思えてしまう。鷹耶は優しいお兄ちゃんではあるがそれ以上でもそれ以下でもない。なのにどうしてこんなに気になってしまうのだろう。こんな気持ちになる今の自分はどこかおかしいのかもしれない。

甘えすぎなのかな・・・でもちょっとでもいい。鷹耶の元気な顔が見たかった。



「僕ちょっと電話してくる」



パンの袋をビニールに詰め込み、牛乳も飲み干すと静は携帯を手に取り、あわただしく教室を出た。ボーッとしたり急にバタバタとしたり妙な行動をとる静の後を、弁当を片付けた川上がいつものように後を追った。

「なあ、川上ってさあ」
「ん?」

川上は常に静から目を離さない。始めはいろいろと無自覚な行動をとる友人が心配でいつも傍にいると思っていたのだが、体育祭のあたりからそれは顕著に見られるようになった。本人は普通に振舞っているようだが、これだけくっ付いているとその視線、態度ともに尋常ではないことに身近にいる2人は気付く。
さすがに鈍感な足立も川上の行動に何か妙なものを感じ始めたのかもしれない。

「いや・・あいつさ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お土産ハブでいいかな」
「ハブ?」
「ほれ、あの干した草とかで編んだ、口に指突っ込んだら抜けなくなるハブのおもちゃ」
「・・・いいんじゃない。僕はいらないけどね」

足立にはこういうところがある。アホなことは平気で口にするが筋肉バカなわりには余計なことは必要以上に詮索しない。それでも事の動向は気にかけているようだ。そういうところは僕も気に入っている。

「じゃあ、井上ちゃんは何がいいの?」
「そうだね・・・珊瑚」
「俺に潜れと?」
「じゃ、ヤマピカリャー」
「俺が行くのは沖縄だってば。それに捕ったら犯罪だよ」

警察やNPOに捕まってしまいそうなことを平気で抜かす井上には、ミミガーでも買って来てやろう。静ちゃんにはお菓子だなと、まだ旅行に行かぬうちからお土産を決める足立だった。






12月の屋上は寒かった。
それでも静かな場所で落ち着いてメールを打ちたかったから風の当たらない給水棟の裏に回って携帯を開いた。

――― 仕事とっても忙しいみたいだけど、大丈夫ですか?明日からテストが始まります。ちゃんと勉強・・・

って、僕の近況を知らせてどうする。文を消して再度打ち込む。

――― 忙しいとは思うんだけど、少し時間が・・

これもなんかなぁ。

――― ちょっとでもいいから会いた・・

なんかこれって・・・女の子じゃないんだから。



静は言いたいことが上手く文に表せず、何度も文を打っては消し最後には携帯を閉じてしまった。

「だからって電話するのもなぁ。いつも仕事中だし。会議中とか出張だったら迷惑だろうし」
「どうしたんだ?」
「わっ!」

ひょっこり現れたのは3年の園田だった。体育祭以降は関わることも少なく挨拶をする程度だったから、静は突如現れた園田に驚いた。それは周りが近づけさせないようにバリケードを張っていたからであったが当の本人は友人達の努力を知るはずも無かった。

「園田・・・先輩」
「屋上に上がっていくのが見えたからさ。ここ寒いのに何するのかと思って」

久しぶりに会った園田先輩は相変わらずの甘ったるい顔でニッコリ微笑むと、僕の横に腰を下ろした。ピッタリと寄り添って座るから少し離れるとそれに合わせてまたくっ付いてくる。

「寒いからな」



そう言えばくっ付くことが許されると思っているような口ぶりだが、実際寒いのでその行為には目をつぶった。密着する左腕の辺りは確かに暖かいし、園田が壁になってくれたおかげで、さっきよりも風当たりは弱くなったからありがたい面もある。

「電話してたのか?」

手に持つ携帯を目にした園田が誰と?と聞く。

「いえ、メールです」
「こんな寒いところで?」
「・・・まあ」
「ふうん、何か訳あり?」
「そんなんじゃないですけど」

訳ありではあるのかもしれない。電話が出来ずメールでと思ったのにいざ送ろうとすると何も打てないでいる。本当に何て打てばいいのか・・・
・・・・・・

「・・・ねえ、先輩」
「ん?何だ」
「会いたい人となかなか会えないとしたらね、そんなとき先輩なら何ってメールする?」
「おいおい・・・」


それを俺に聞くか?


静の言葉は恋愛真っ最中の者が陥る恋の悩みのようなものだった。園田は自分の恋愛対象が他の者にその感情を向けていることにいささかイラつきを感じたし、それを自分に平気で聞いてくる静の鈍感さにも呆れた。

「会いたい奴って・・・そいつのこと好きなのか?」
「す、好きって」
「もしかして恋人ってことは・・・」
「それは無いです!そんなんじゃなくて・・・家族みたいな・・・」
「家族ねえ」



静は家族と言ったが、その表情からはそれ以上の想いがあるのではないかと園田は感じ取る。静が恋人の存在を隠しているのか、本当にそいつは家族なのか、それとも静自身が自分の気持ちに気づいていないのかは分からないが、このお子さまな後輩の心を悩ませるような誰かが存在することは確かなようだ。

「それで、朝川は何て伝えたいんだ?」

園田は静の意中の人物を探ろうと試みた。



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