諸処の背景
廉治は再び客間に引き返し、今回呼び出された事の真意を父親に聞かされ目を剥いた。
「ああ?何だど!」
それは廉治にしてみれば信じられないような内容だった。
東雲会の年始の会合。
年始の初顔合わせは50人を越える組長が集まり杯を酌み交わす。全員がそろって会同するのは1年でもこの日だけという特別な年頭行事だ。5会派が輪番制で招宴を仕切り準備から当日の接待、後日の礼状までの全てを掌る。今年は御堂会、そして来年は白山会のはずであった。
「順番が違うだろうが。次は白山だ。うちは再来年だ。呆けたかオヤジ」
「お前も大概口が悪い。じゃから見ろ、息子も目上に対する口の利き方を知らん。親は子の鏡じゃぞ」
「なら俺の鏡はオヤジだ。俺の口の悪さはオヤジ譲りってことになるよなぁ」
廉治らしい偏屈なやりとりに、修造はここで言い合っても時間の無駄と話題を本筋に戻した。
「白山会の会長は年末には入院する。老体だからのう」
「そりゃあ、急だな。しかし上がモーロクしてようが下のもんが面子を保つために躍起になってやるはずだろうが。他人の尻拭いなんか俺はせん」
「あそこは理事が1人しかおらん。お前さんの所は今3人もおるじゃろう。じゃから代わりにやれ。今回は皇神が仕切る。白山は会長の復帰を見て来年か再来年に持ち越しじゃ」
「本気で言ってんのか?ひと月で準備なんて到底不可能だぜ」
以前の経験があるにしろ、簡単には引き受けられるものでは無かった。伝統やら格式ばった決まりごとが重視されるこの世界では、礼状一つ送るにしても手落ちがないかどうか気を使うものである。少しでも不始末があればおとしまえを要求されても文句は言えない。それは同じ会派内でも起こりうることだった。
見栄とはったりはヤクザの気質。若い者はそうでもないが何分気難しい連中が年寄りには多い。
これだけの大仕事を急に押しつけられて、失敗などしようものなら皇神の面目は丸つぶれである。いくら会長命令でも廉治は引き受けたくは無かった。
「準備はもう白山が全てやっとる。招状から当日の席次、料理、部屋割り当日の席駐車場の配置まで事細かく手配済みじゃ。あとはうまく割り振って3人の理事をこき使えば・・・寝る間を惜しめば何とかなる」
「俺を殺す気かオヤジ」
「それくらいで死ぬたまじゃないじゃろう。まあ、せいぜいかわいい息子もこき使ってやれ。金ならあそこからいくらでも出るじゃろうて」
「!」
そこで廉治は思い至る。
いくら白山の会長が伏せても、せめて会合を終わらせてから入院すればいい。大事な会合を目の前にしてそれを他の会派に委ねるなど、それは白山の名折れであり、廉治が引き継いだと分かれば、他の会派も役目を遂行し得なかった白山に対して冷ややかな蔑視を送るだろう。白山の格も地に落ちると言うものだ。
聞いた限りではそんなにひどい病とも思えない。だいたい全ての準備をした白山の苦労を自分たちが楽してかすめ取るようにも思えて今ひとつ釈然としないものがある。
そして・・・また修造は鷹耶に面倒事を押しつけようとしている。そこに廉治は引っかかるものを感じるのだ。
(鷹耶・・・てめぇ。何かしでかしたな)
「それにの、白山のところの菊田には近々ガザが入るやもしれん」
「菊田組に?何をしたんだ」
「子飼いの店で下手を出したらしい」
「バカが」
組の末端がしでかした不始末を上手く処理出来なかった結果、警察につけいる隙を与えてしまったということだった。よって白山会は今その始末に追われ、こちらにまで手が回せないという事態に陥っているらしい。しかも事は白山会だけに留まらず東雲会にまで飛び火するかも知れないとなると、一時的にとはいえ白山を切る手段を修造は取らざるを得なかった。
「年始からケチをつけおるわ、白山めは。不祥事を片づけるまでは入院してもらっとかんとな。当日白山の参者は理事1人だけじゃ」
それは白山にとって何とも屈辱的な扱いだったが、己が招いた不出来。今はこれ以上の混乱を招かぬよう自重するほかなかった。
「それでか、・・・クソッ。面倒なことしやがって」
「話はこれで終わりじゃ。あとはまかせるからの。期待しとるぞ・・・」
白山の不祥事の尻拭いに怒気が収まらない廉治は、懐からタバコを出してフイルターをガシガシ噛みつぶす。火を付けようと思ったが「ここは禁煙じゃ」と修造から窘められそれにも腹が立って、仕方なく口にタバコをくわえたまま帰ろうと立ち上がった。
ふすまを開けて出ようとする足を止めて、もう一つの先ほどの疑問が解決していないことを思い出し、振り返って上座に座る父親をもう一度見た。
「なあ、オヤジ」
「なんじゃ」
「鷹耶は一体何をやらかしたんだ」
先月から鬼のように鷹耶に仕事を詰め込む父親に妙だとは思っていたが、先ほどのせりふで確証を得た。
“かわいい息子をこきつかってやれ”
鷹耶は大事な海藤家の跡取りだ。かわいげが無かろうが性格に問題があろうが、生意気で人の神経をどれほど逆撫でようがあれは誰もが認める、優秀な海藤家の嫡男だ。ジジイがあの冷徹な孫を“かわいい”などと称するときは、嫌みを含んだ時だけだ。
オヤジの顔を見て返事を待つ。
オヤジは鷹耶の名前を聞いて不機嫌に眉をしかめた。
「8月の終わりに、何年ぶりかのう・・・鷹耶がここに来たんじゃ。そのときわしは留守にしとったんじゃが」
「あれがここに?」
祖父を毛嫌いすることを隠しもしない鷹耶が、自ら進んで本家にくるなどありえないことだった。実家にも、大学を卒業して会社を設立して以来一度も帰ってはいない。それだけ鷹耶は祖父や父親とそりが合わないようだ。それは廉治達も同じなのだが。
「好き放題暴れてな。九鬼なんぞ腹に大あざをこしらえよったわ」
「バカかあいつは。何でそんなことを」
孫とはいえ、鷹耶は組織の一員でもある。下手をしたら背信行為で制裁を加えられても仕方がない立場に追い込まれるというのに。
「静をあやつから取り上げたら、1人で殴り込みに来よってな」
「そりゃあ・・・・・ご愁傷様なこって」
やるだろうなぁ。あいつなら。
「じゃからしばらくあやつをこき使ってやれ。容赦はいらんぞ。静とはもう随分会わせておらんしな。正月明けまで週末と言わずびっしり仕事を仕組んでやれ。いいな廉治」
「何で俺が・・・あいつ切れると面倒くせえ」
「そこも親と同じじゃな・・・子の不始末は親が付けるもんじゃし」
「クソ!・・・白山も鷹耶も、どいつもこいつも・・・」
収まらぬ怒りを抱えながら、車に向かった廉治はことの詳細は今度九鬼にでも聞いてみるかと、タバコに火を付けて車に乗り込んだ。
日曜の夕方は、郊外から帰省する車が長い渋滞を作りいつもよりも帰宅に時間がかかっていた。
静から間宮とのやりとりを車中で聞いた九鬼は、さっきと同じように心配はいらないと、なにかあったらいつでも連絡するようにと言ってくれた。
「まさかまた偶然会うとかいうこと・・・・・・・・無いよね」
一日に2度も会ってしまったので少し臆病になっていた。会ったのは本家に居たからであって、外で会うことなんてあり得ないんだろうけど。
「そうですね。ないとは思いますが・・・万が一の時は皇神の会長に連絡をされた方がいいですね」
「廉叔父さんに?」
九鬼が常駐する本家は離れていて駆けつけるのに時間がかかるが、廉治の事務所の方が静には近い。しかも間宮は廉治の部下に当たる。上司の言うことに背くとは思えない、特に大事な仕事を控えた今は、そう九鬼は話す。
「ねえ、間宮さんて何してる人?」
静は自然と浮かんだ疑問を九鬼に投げて見たつもりだったが、九鬼は笑顔を作っただけで答えてはくれなかった。
九鬼さんがこういう態度を取るときには聞かない方がいいって事なんだろうな。どうせあっち系なことには間違いないだろうし・・・そうだ、こんど美也さんに聞けばいいんだ。
「はあああぁぁぁ・・・」
「大丈夫ですか?」
「あ!ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・」
思わず声に出して盛大なため息をついてしまった。恥ずかしい!
「何か悩み事でも?」
「え、何で?」
「顔に書いてあります」
「・・・・・・うん」
5歳の時から僕のことを知っている九鬼さんは、鷹兄と同じくらい僕のことをよく分かっていて隠し事ができない。それに九鬼さんはいつでも僕に優しくしてくれるから、正直・・・鷹兄よりも相談事がしやすかった。だって、絶対怒らないもん。
「あのね・・・九鬼さん」
「はい」
「修お爺ちゃんがね、多分なんだけどね・・・」
「はい」
「僕と鷹兄が会うのを・・・・・良くないことだって思ってるみたいで」
「・・・・・」
「でも、僕ね」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・会いたいんだ」
九鬼さんは最後までたどたどしく話す僕の話を聞いてくれた。そして発した言葉に僕は意表を突かれて目をパチクリさせた。
「会ったらいいと思いますよ」
さ〜て次回の「プラ」は〜
「静です。僕は難しい話は分かりません。東雲会のお正月のことよりも、今年は倫子さんがいないからお年玉がもらえないことが気になります。でも、高校生ってもうお年玉はもらわないものなのかなぁ。次回「打てないメール」は久々に学校のお話です」
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