桜花の正体(2)
「困ったら九鬼か。あいつは今お前のボディーガードか」



「桜花か」と聞かれ認めはしなかったものの、この男の人には正体がばれてしまった。これ以上問いつめられたら自分は隠し通す自身がないと思った静は、奥庭で転んだときと同じように必死になって九鬼を呼んだ。




「九鬼さーーーん」
「分かった、分かった、もう放すからそう叫ぶな」

やっと腕を掴む手が放れて静は身を引いき、これじゃまるで悪人だな・・・などと男はぼやく。

そうぼやいているこの人は悪人じゃないかもしれないけど、僕にとっては脅威の人だ。そうしているうちにこちらに歩いてくる人の気配がする。九鬼さんが来た!と思い廊下の先を見ると・・・

「廉叔父さん!」
「どうした静。そんな大声を出して」
「会長」

三人がそれぞれ言葉を発してお互いの顔を交互に見る。



「間宮、お前ここで何をしている」
「何ってまあ、歩いていただけですが。会長・・・この子供とお知り合いで?」
「ああ、息子みたいなもんだ。静こっちへ来い」
「息子?」

ああ・・・叔父さん・・・もういろいろしゃべらないでください。


廉治は静を引き寄せて小さい子にするように頭を撫でて、大声で叫んだ理由を聞いてきた。

「どうしたんだ?」
「あの、その・・・」
「ん?」
「し、し、知らない人とぶつかって・・・びっくりしてその・・・」
「そうか、間宮の顔に驚いたのか」
「そんな、会長。人聞きの悪い」
「じゃねーと静があんな大声上げるわけがねえだろうが。てめぇの顔は子供には凶悪なんだよ」

廉叔父さんのことを会長と呼んでいるって事は、やっぱりこの人は皇神会関係の人みたいだ。叔父さんが言うように・・・顔が怖い。本当はそれが理由で叫んだ訳じゃないけど、ここはそう言うことにしておこう。




「なあ、静」




僕を腕に抱いたまま、眼下に僕を見据えた叔父さんの顔がグッとまじめな表情に変わる。ちょっと怒ったようにも見える真剣な顔で何を言い出すかと思ったら、

「廉って呼んでみろ」
「・・・廉叔父さんを?」
「叔父さんは取って、廉だ」

至極まじめに言うから、言わなきゃいけないのかと思って望み通りに呼んでみた。



「・・・・れ・・ん?」



廉叔父さんの瞳が揺れて目が細められる。そして再びギュッと力一杯抱きしめられた。

「佐和ちゃん!!」
「うぐ・・・・」

筋肉隆々の廉叔父さんの抱擁は強烈すぎて抱きしめられた体は痛いし、そのまま抱えるものだから床から足が浮いてじたばたする姿はかなりみっともないだろう。

「ちょ・・・おじ・・さ・・れ・・ん・・・」
「ああ、静はやっぱり佐和ちゃんの子や。ここまでそっくりやなんてこりゃ奇跡だ!天神様の贈り物や」

「皇神の若様・・・いいかげんにしてくださいな」

苦しい包容を止めてくれたのは、またもや美也さんだった。その声にやっと廉叔父さんが体を放してくれて痛む腕をさすりながら美也さんの傍に駆け寄った。

「殿方は乱暴で困ります。さあ、静さん行きましょう。九鬼さんはもう車の準備をして待っていますよ」

九鬼さんはもう外にいたんだ。それで廉叔父さんが来たのか・・・早く九鬼さんの所に行って、ばれちゃったことを話さないと。

「じゃ、僕帰ります。廉叔父さんまたね」
「ああ、静いつでも泊まりに来いって、ちょっと待て携帯を出せ。おい、染谷」

廉叔父さんが呼ぶといつからそこにいたのだろうか、知らない男の人が現れて叔父さんの後ろに立った。僕の携帯を取り上げた叔父さんはそれを染谷と呼んだ男の人に渡すと、その人は勝手に僕の携帯に番号を打ち込み始めた。すぐに4件分入れて、今度は僕の番号とアドレスを叔父さんの携帯に転送した。



「こいつは染谷だ。静覚えておけ」

すらっとした背の高い細身の男の人。この人の電話番号も入ってるんだ。でも、何で?

「それと、染谷これは静だ。ジジイが静の後見人をしている。だがジジイが死んだら俺が後見人を引き継ぐ。きっと遠くない未来にな。静は息子みたいなもんだからな、よく覚えておけ」

「はい、会長。しかしあまり不穏な発言は控えてください。ただでさえ折り合い悪いんですから」
「うるせえ」
「おっしゃりたいならここを出てからいくらでも車内で吠えてください」
「何だと、てめえは・・」

廉治は苦虫をかみつぶしたような顔で染谷をにらみ返すが、染谷自身は飄々とした態度で構えている。染谷は廉治に意見した後、静に向き直ると表情を少し緩めて挨拶をした。

「初めまして。染谷と申します。会長の身辺のお世話をしております。うちの会長はこんなのですがどうぞよろしくお願いします」
「一言余計なんだよ、てめえはもうしゃべるな」
「こんな感じで気も短いんですよ。この叔父様のお世話がそれはもう大変で・・・」

最後の方はこそこそと僕の方に向けてしゃべったが、叔父さんには丸聞こえでそんな染谷さんに叔父さんはまた怒りだす。

「・・・あの僕、朝川 静って言います・・・こちらこそよろしくお願いします」
「今度ぜひ遊びに来てくださいね。あ〜、でもそうなると若がうるさいんですかね」
「もうてめえはその口開くな」




「静さんもう・・・」
「あ、すません美也さん」

そして僕は3人の視線を背中に感じながら、美也さんの後に付いていった。






パタパタと完全に足音が去ったあと、廉治は静には聞かせたことのない厳しい声で間宮に問い正した。

「間宮、お前本当にあいつに何もしてねえだろうな」

「たった今出会った人間に何が出来るって言うんですか、ぶつかっただけですよ。本当です」

間宮をギロリと睨む目は常人ならそれだけで震え上がるだろう暗くどう猛な眼孔だった。海藤廉治は武闘派の組織人。若い頃は無茶ばかりして数々の死線をくぐり抜けてきた東雲会きっての猛者だった。今もその力は衰えていないとささやかれ仲間内からも畏怖されている。
間宮ほどの者でなければ廉治と対峙してまともに視線を合わすこともできないだろう。

「あれは今、クソジジイのもんだ。迂闊に手ぇ出したらツメるくらいじゃ済まねぇ・・・・首が飛ぶぞ」
「分かっています。何もしませんよ」

「本当だろうなぁ。てめえはそっち方面のことに関しちゃあ信用ならねぇ」
「人を獣みたいに言わないで欲しいですね。選挙もありますし、今はそれで手いっぱいですよ」

間宮の性癖を知る廉治は必要以上に釘を刺す。

「なら、いい。だが俺は同じ事は2度言わねぇ」
「承知」

間宮の言葉を聞いた廉治はきびすを返した。

「俺はまだジジイと話がある。先に帰ってかまわねえぞ」
「はい。そうさせて頂きます」





間宮は事の経緯を思い返した。

東雲の会長が後見人と言っていたあの「静」と呼ばれていた「桜花」。九鬼は聞きたいなら東雲の会長に聞けと言っていたが、この状況では聞いただけで不興を買うことは間違いないだろう。今は選挙がある。いろいろと事を荒立てるのは良策ではない・・・しかし気になる。



間宮は興味を持ってしまった。
あの着物をきたなよ竹の桜花。
そして海藤家が後見人となる静という少年。
中学生くらいだろうか・・・
女装はどうせ東雲の会長のお遊びだろうが。待てよ?東雲会の会長に、皇神会の会長・・・海藤家ってことは・・・・・・・八城のあいつも関係があるってことか。こりゃぁ・・・また、やっかいな。


(まあ、もしまた次に偶然出会うことがあれば、そのとき考えるか・・・まずは目前の大事を片づけてからだ)



間宮はくくっと喉を鳴らし、思わぬ楽しいアクシデントが起こった海藤本家を後にした。



次回・・・「諸処の背景」

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あきゅろす。
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