桜花の正体(1)
「帰り支度をしましょうね静さん。あら皇神の若様、静さん嫌がってましてよ」

「そんなことはねえ。なあ静。パパって呼んでごらん、ん〜」

頬を僕にこすりつける廉叔父さんの無精ひげがチクチクして痛い。顔をしかめていると美也さんがいやだわ〜と苦言を呈した。

「そういうのセクハラって言うんですよ若様」
「俺はいいんだよ。久しぶりに会ったんだ、どうだ静。帰るなら今日は俺の家に泊まっていけ」
「そんなの急に無理だよ」

明日は学校なのに、疲れているんだからもうこれ以上気を遣うのはこりごりだった。少しでも早く帰って1人でゆっくりしたい。静の口から今日何度したか分からない、ため息がまたこぼれた。

「そうか、分かった。じゃ携帯持ってこい」
「どうして?」
「俺の電話番号教えてやる」
「ああ、じゃあ覚えるから言ってください」
「覚えるだと?」



僕は以前携帯を盗難にあったことを話して、アドレス以外は入れずに覚えていると言ったらみんなが驚きの声を上げた。

「すごいですね。私なんて自分の番号しか覚えていませんよ」

あゆは続いてじゃあここの番号は?と静に訪ねた。静は本家の番号と、修お爺ちゃんの携帯番号をスラスラと言って見せた。

「すげえな、静はいつも眠そうでボーッとしている、ちょっとおバカな子だと思っていた」
「そんな・・・」

僕はそんなにおバカな子に見えるんだろうか。もう少しキリリとした顔で過ごさないと駄目なのかなあ。

「記憶力がいいのは分かったが、とにかく携帯を持ってこい」
「どうして?」
「俺の携帯と、家の番号、事務所とうちの染谷の番号も入れる。4カ所全部今覚えるか?」

それはちょっと無理だろう。何でそんなにいっぱい入れないといけないんだろう。それに染谷って誰だ?

「でも、また落としたり盗られたりしたら、迷惑かけるし・・・」
「そんときゃあそんときだ。俺にイタ電なんかする奴がいたら出所突き止めて腹かっさばいてから海の底に沈めてやるから安心しろ」

笑いながらとんでもないことを平気で言う廉叔父さんに僕の顔は引きつった。

「皇神の会長・・・そう言うことは静さんの前では・・・」

「ああ、怖がらせたか。悪かったな」

九鬼が制した言葉にもあまり反省をしていないような口ぶりで廉治は、携帯を取りに行く静をやっと膝の上から解放した。





長かった2日間のお茶会が終わりようやく家に帰れると思うと、重かった気持ちも少し軽くなる。部屋に戻り荷物をまとめ携帯を持ち、廉の待つ客間に戻ろうとしたとき、


バフ!!


「ぐふ・・・」
「!!」


ドサッ!!


ルンルン気分で廊下を歩いていた静は、角を曲がったところで出会い頭に人とぶつかって床に尻餅を着いた。

「いたた・・・」
「大丈夫か?」

今日は「大丈夫?」ってよく聞かれる日だな・・・

「あ、大丈夫で・・・」



顔を上げてぶつかった相手を見て静は固まった。眼前に前に立っている大きな壁は・・・

「あ・・・・」
「?」


ダークスーツの・・・この怖い顔は・・・


「どうした?頭でも打ったか」



ま・・ま・・・「ま」なんとかさん!!
名前の初めしか覚えていないま○○さん!!九鬼さん何て呼んでたっけ!まなべさん・・違うな、ま・・・まかべさん・・・じゃないな、って。そんなことどうでもいいじゃん!!この人と会ったらまずいんだった!!!



「あ」と言ったまま自分を凝視して動かない少年を上から見下ろす男は、眉を寄せて不審そうに床に座る少年を見た。男はそんな固まって動かない少年に「立てないのか」と手をさしのべている。その手を取るのに躊躇して後ずさってから少年はやっと自分の力で立ち上がった。


「す・・・すいませんでした」

僕が前を見ていなくてぶつかったんだから謝らないといけないけど、あんまりしゃべらない方がいいと思った。声も覚えられているかも知れないから小声で謝罪して、顔を伏せたままその横を通り過ぎようとした。

「おい、お前」
「な・・・」

立ち去ろうとする僕の腕を掴んで顔をまじまじとのぞき込んできた男の人は、僕の頭を掴んで引き寄せたかと思うと首の辺りをクンクンと嗅ぎ始めた。その鼻息が首筋に当たってくずぐったくってゾクリと悪寒が走った。


「何ですか!放してください」


振りほどこうにも腕は放れずギュッと掴んだ手に更に力がこもった。男の人はニヤッと口角を上げて今一番恐れている言葉を口にした。




「お前・・・桜花か?」


「・・・・!!」




鋭い眼が目の前で固まる少年の目を射抜くように見ている。自分の発した言葉により、少年の顔から血の気が一気に下がりうろたえたのを、男は余裕の面持ちで興味深げに眺めている。



(何で、何でばれた?)
普通にしないと、焦っちゃ駄目だと静は自分に言い聞かせるが、相手は静よりも何枚も上手の大人の男。静が隠そうとすればするほど化けの皮を剥がされそうで、やっぱり逃げるのが一番だと思ったが、相手は掴んだ腕を解放してはくれない。その男はまた腰をかがめて自分の顔を静の顔に近づけ、聞きたくない言葉を続ける。

「顔もそっくりだが、それよりにおいが同じだ」

におい?僕何かにおうのか?
いぶかしむ僕の顔を見て男の人はその疑問に答えてくれた。

「着替えても着物にたきしめた香の香りは、なかなかとれねえからな」

そうか・・・着物の。今日は一日着ていたから、洋服に着替えた今も髪や体にそのにおいが着いていたんだ。なんてこと!こんなことで気づかれるなんて。

「それで、お前は何者だ?この屋敷で何をしている」

「・・・・・」

着物を着ていた女の子が、今は男の格好をしているのだから不審な顔で見られても仕方がない。さっきあれだけ絡んできたんだから簡単には放してくれないだろうし。
でも、何を言われてもしらをきり通すしかない。しゃべっちゃ駄目だ。冷静にならないと。九鬼さんにもしゃべっちゃいけないって言われたし。そうだ、九鬼さんは「何かあったら呼んでください」って・・・

「また、黙りか。お前男か女か、どっちだ?」

「く・・・」
「く?」




「九鬼さーーーーん!!」




掴まれたまま、僕は出せるだけの声を振り絞って叫んだ。



次回・・・「桜花の正体(2)」

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