交錯(3)
「お、おい、ちょっとま・・・」

静は男を振り切り屋敷に向かって走り出した。




着物で走る足は思うように動かずにちまちまと小走りに駈ける。開きそうになる裾を手で併せるが振袖が動かす手の邪魔をする。たいした距離を走ってもいないのに、はあはあと息が上がるのは、締め付けられた帯のせいだろう。

「うわあぁ!!」

気は焦って前へ前へと押し進むのに、体は一向に思うように動かない静はとうとう草履がすべり片方脱げてその場に転倒した。
芝生の上に前のめりに転んだ静はすぐに立ち上がろうとして、今度は着物のすそを自分で踏みまた芝生に滑り転んだ。



「大丈夫か?」
「ひぃ!」
「着物で走ったりするからだ。怪我はしていないか?」

振り返ると、いつの間にか自分の背後に迫っていた男に驚き、のどの奥でかすれた悲鳴が上がった。男が脱げた草履を拾い上げ静に近づいてくる。

どうしよう・・・ばれる、ばれる、ばれる、ばれる、ばれちゃうかもしれない!
逃げなければ!
そう思い前を向き直って立ち上がろうとしたとき、屋敷の廊下を歩く人影が目に入った。静はとっさにその人物に向かって叫んでいた。



「九鬼さん!九鬼さ・・・」



高い声が、桜花ばりの声色が出せたかどうかは疑問だったが、困惑しながらもそこに気が回った自分を褒めてやりたい。

静の叫び声を聞いた九鬼は、芝生に倒れ伏す静とその背後に立つ男を見て靴もはかずに縁側から飛び降りた。颯爽と静の元に駆け寄り、男の視線から隠すように静の前に膝をついた。

「桜花さん!!」

すごいです。九鬼さん。この非常事態にも焦らず「桜花」って呼べる九鬼さんてすごい。駆け寄ってきた九鬼さんは僕を立たせ着物に付いた芝生の葉を軽くはたいてくれた。

「大丈夫ですか。桜花さん。一体どうして・・・」
「あの、ごめんなさい」
「痛いところはありませんか」
「大丈夫です」

そして九鬼は静をそっと後ろに隠すと、背後に立つ男と対峙した。互いに鈍く光る眼孔を向け合って相手の出方をうかがっていたが、男が先に口を開いた。


「多分俺が原因で・・・その子は転んだ。それはすまなかったと思うが、逃げたら普通追いかけたくなるだろう?」

「間宮さん、何故奥庭に。母屋への出入りはご遠慮願いますと、初めにご説明したと思いますが」

「あまりにも見事な庭だったもんでな、つい奥まで来ちまった。ここが母屋だとは思わなかったんでな。すまん」


九鬼さんの知り合い?
僕は九鬼さんの背中から少しだけ顔をのぞかせて間宮と呼ばれた男の人を見た。その人は九鬼さんと同じくらいの年の人に見える。

「俺の用事は終わったんでな。あとは会長待ちだから暇だろう?そしたら庭の散策中に、かわいいお姫さんに出会ったわけさ」
「そうでしたか」
「で、桜花・・・ちゃん?その子はこの屋敷の子か」
「それは私の口からお話しするわけには参りません」

九鬼さんのしゃべり方からこの間宮って人はお客さんだということは分かった。何でそんな人と庭で対面するはめに合うんだろうか。タイミングが悪すぎる。早くばれないうちに退散しないと。

静は九鬼のスーツの袖をギュッと頼りなげに掴んだ。

「そうだな、海藤にこの年頃の娘はいないはず。じゃあ分家筋か?それとも遠縁・・」
「ですから、何を聞かれてもお答えはできません」

「九鬼。そんな身も蓋もない言い方は・・・・・・ねぇんじゃねえのか」

間宮と言う人の語尾が荒くなった。目つきも悪くなったし、何だかこの人・・・怖い。何でこの人はこんなに絡んでくるんだろう。

「じゃ、いいわ。桜花ちゃんに聞けばいいことだ。なあ」

「!!」

九鬼さんの後ろからちょこんと顔を出す僕を注視して見るその目は笑っているけど、漂う空気はピリピリしている。表情とは全く違うことを考えていそうなこの人って・・・なんだかとても危険な気がする。
雰囲気が、醸し出すオーラが・・・笑っているのに・・・・・・・・・・



「失礼します」
「うわっ!!」


振り返った九鬼がいきなり静をお姫様抱っこにして抱え上げた。

「く、、九鬼さ」
「すいません。午後の茶会が始まりますから、着替えましょう。着物、汚れてしまいましたからね」
「あ・・・」

転んだときどこか汚したのかな?僕には分からなかったけれど、九鬼さんが言うのだから間違いは無いのだろう。

「歩けま・・」
「この方が早いですから」
「・・・すいません」

そして九鬼はスタスタと屋敷目指して歩き出した。

「おい、九鬼」
「どうしてもお聞きになりたかったら、直接会長にお聞きになってください。この方も私も勝手にお話しすることはできないのですよ。では、失礼します」

九鬼はそう言って軽く会釈したあと、静を抱いたままその場を去った。




「なよ竹のかぐや姫かと思ったら、シンデレラかよ」




1人取り残された間宮はその手に片方だけ残った草履を持って面白そうにニヤリと笑った。






部屋に戻った静はソファーに座らされた。


「怖い思いをさせましたね」
「ううん。九鬼さんこそ、来てくれてありがとうございます」
「何もされませんでしたか?」
「うん。大丈夫。急に話しかけられて僕がびっくりして・・・走って、転んじゃって」
「そうでしたか」



そこまで話して静は大変なことをようやく思い出す。

「そうだ!・・・どうしよう、九鬼さん」
「何がですか?」

九鬼さんにあの庭でのことを話した僕は、男だってことがばれたんじゃないかと気が気でならなかった。

「そうですか・・・」



しばらく思案していた九鬼さんは、修お爺ちゃんには話しておくので心配ないと言ってくれたけど、もしあの人が他の人にしゃべったら、修お爺ちゃんの面目は丸つぶれだ。ああ・・・僕はどうしてこう、いろいろ失敗するんだろう・・・

「どうしよう・・・」
「心配いりませんよ。今日会った方は・・・そう悪い人物ではありませんから。言いふらすようなことは無いと思います」

九鬼さんの言葉に僕は少し眉をひそめた。
“悪い人”じゃない?・・・本当に?
だって見た目はすごくやばい人にしか見えなかったから。

「九鬼さんは、あの人と知り合いなの?」
「知り合いといいますか・・・まあ、皇神会関係者ですよ」
「そう・・・なの」

皇神会は鷹耶の組が所属する会派だったはず。その皇神会の会長は鷹耶の父、海藤廉治であることは記憶している。

「今後会うこともないと思いますが、もし万が一出会うことがあったとしても何も話さなくていいですからね。話しかけられでもしたら、すぐに私を呼んでください」
「・・・はい。気をつけます」

そうだ。もう会うことなんて無いはずだ。
あの人がここに来たのも、あの奥庭の森で出会ったのも偶然。ここに来なきゃあ接点なんて無い。だからここに居るときだけ気をつければいいんだ。あの人だっていつもここに来るわけじゃないだろうし。


そう安易に考えていた。



さ〜て明日の「プラ」は〜

「九鬼です。静さんはやはり普段のお姿が一番よいと私は思います。会長の命には逆らえませんのでお諌めすることのできない自分がふがいないですが。「桜花さん」のお姿の時には目のやり場に困ります。若、こんな私をお許しください・・・次回は「親子揃って」です。ご期待ください」

(・・・九鬼も案外次回予告には向いてないってことが分かったわ)

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あきゅろす。
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