交錯(2)
「近くに居すぎてわからんか・・・あれが嫌いにはならんか?」

修お爺ちゃんの言葉に僕はびっくりして目を見開いた。




「何で?どうしてそんなこと言うの修お爺ちゃん」



嫌いになるはずなどなかった。

兄弟のいなかった静にとっては実の兄のような頼れる存在の鷹耶は、静の憧れでもあった。いつも自信に満ち溢れ、強くてかっこいい素敵なお兄ちゃん。たまに意地悪もするけれどそれは本心ではないことを知っている。小さい頃も、大きくなった今も静にとっては何も変わらぬ尊敬する兄である。



――――― キスされて、好きだと告げられたこと以外は。



今でも変わらず戸惑っているのはそのことだ。なぜ鷹兄はあんなことをしたのだろうと。
僕は家族としての親愛の情なら鷹兄に示すことが出来るけど、鷹兄の情はそれじゃない。異性に対して持つ恋愛感情と同じように、同性の自分にその感情を抱いていると分かって僕はその事実にかなりの衝撃を受けた。

それでも、僕の親愛の情が揺らぐことは無い。
僕は鷹兄が好きだ。



「僕は、鷹兄のこと好きだよ」

「あの無法者が・・・・何をしてもか?」

修お爺ちゃんが何を何処まで知っているのか分からないけど、何について聞きたいのかも分からないけど、勘違いで僕と鷹兄の繋がりを断ち切られるのは嫌だった。3週間も鷹兄が僕と会えないようにしているのは修お爺ちゃんだ。海藤で一番えらい修お爺ちゃんなら、僕達を会わさないようにすることなんて簡単に出来てしまうのかもしれない。

でも・・・
でも、もっと怖いのは・・・
このことがばれてまた鷹兄が本家に乗り込んでくるようなことになったら・・・・
そんなことになったら、また鷹兄の立場が悪くなる。

子供の静にもそれくらいは分かった。大人の、まして東雲会の難しいしがらみは分からなくても、鷹耶は海藤の家を継いでいく者なのだから、その一挙一動が周りにも多大な影響を及ぼすことも。

「鷹兄はいつも優しいよ・・・だから修お爺ちゃんが心配するようなことは無いから。僕だって何もかも鷹兄の言う通りにしている訳じゃないよ。嫌なことは嫌って言ってるし」

言ってもその多くは聞き入れてはもらえないのだけれど。そのことを話すとまたいらぬ詮索や心配をされそうなのでそれ以上は言わなかった。


「そうかの・・・なら、いいんじゃがな」


ピシッと甲高く1つ石を打ち込むと、会話はそこで終わった。
会話の最中、修お爺ちゃんは碁盤から視線を外すことはなかった。そして僕もずっと黙って、白と黒のコントラストが美しい石の配置を見つめていた。






次の日のお茶会は午前中の組が終わり、お昼過ぎにもう一組来る予定になっていた。着物を脱ぎ着するのも面倒なので、大きなナプキンを首から巻いて、着物を汚さないようにお昼を食べたけど、帯の締め付けがきつくてサンドイッチを少し口に運んだだけで苦しくなってギブアップした。

「お茶会が終わったらまた食べるといいわ」

美也さんはそう言って、歯磨きを終えた僕の口にピンクの紅を塗った。

「美也さん。会長がお呼びです」

九鬼さん以外にも何人も居る強面のおじさんが、僕の化粧を整えていた美也さんを呼びに来た。ふすまの向こうで待機している気配がする。

「何かしら?」
「皇神会の若がおみえです」
「あら、珍しい。すぐに参ります。あゆ、あとはお願いね」
「はい。美也様」

若って・・・
若って呼ばれる人けっこういるんだ。

静はすぐに鷹耶のことを思い出した。鷹耶は嫌っているが、九鬼は未だに鷹耶のことを“若”と呼ぶ。鷹耶がこれから年を取ってもずっと若と呼ぶつもりだろうか。それを想像すると自然と笑ってしまう。

「どうしたんですか?桜花さん」
「あ・・・いえ」

あゆさんに「桜花」と呼ばれて着物を着ている今の自分は「桜花」なんだと思いなおした。あゆさんや美也さんは徹底している。さっきまでは静さんって呼んでいても、着物に袖を通したとたん「桜花」と呼ぶ。名前を呼び間違えそうで一番危ないのは修お爺ちゃんかな。最近は普段でも「桜花」と呼ぶことがあるし。言いだしっぺは修お爺ちゃんなのに、そのお爺ちゃんがばらしたら意味ないよね。






午後のお茶会まで時間があるので、少しの間庭に散歩に出た。正座しているのは辛いし、椅子に座っているのも着物がしわになるのではないかと気にしてばかり。立っているのが一番楽なのだ。



庭の景色は秋の終わり。
大好きな屋敷森の奥にある桜の木には、枯葉の一枚も付いてはいない。枝だけが空に向かって寂しげに伸びている。ここに来るのはいつぶりだろう?中学3年間は来ていないから・・・かなり久しぶりに訪れたことになる。
ここは鷹兄と始めて出会った思い出の場所。ここでよく遊んでもらった。


『お前を何でも言うことを聞く人形のように好き勝手するのであれば・・・・・わしはお前をあやつの傍に置く気はない』


はあ・・・・
深いため息をつく。

昨日の修お爺ちゃんの言葉を回顧する。所有物、占有、人形・・・そんなわけ無いんだけど。
でも、それは・・・
僕のことがその・・・ああいう意味で好きだから・・・そばにいたいわけで・・・


『あの無法者が何をしても・・・か?』


何をしてもって・・・何があるというのだろうか?

一緒に暮らすとかそういうことだろうか。夏休みのときみたいに無理やり会社の部屋に監禁するとか。見張りをつけることとか。
束縛に関しては確かにすごいかもしれない。普通、あんなことしないよね・・・




はあああ・・・・
また幸せが逃げていきそうな重いため息をつく。

大体人形とか言うけど、どちらかといえば僕にこんな格好をさせている修お爺ちゃんの方が僕を“お人形”扱いしていると思う。
修お爺ちゃんにしても鷹兄にしても、僕を好きなように扱うことに関しては同じじゃないか?やっぱり血のつながりを感じるよ。似たもの同士は気が合うはずなのにな。お爺ちゃんと鷹兄は似たもの同士だけど何故か反発し合う。お爺ちゃんと孫なのに、もう少し仲良くすればいいのに・・・





はああああああああ・・・・・



「もう・・・!僕はお人形じゃなければ、誰かの物でもないって言うの!僕は僕なのに!!」


「どうした?」

「ひっ!!」

僕はその声に飛び上がった。


(だ・・・・誰だ!!??)


背後から突然掛けられた声に驚き振り返ると、そこには見知らぬ男の人が立っていた。長身のガッチリとした体躯をダークスーツに包んだ年の頃は40歳前後だろうか。鋭い目つきに醸し出す緊迫した雰囲気が、普通の人じゃないと感じさせるものがある。

この雰囲気は・・・この家の人達と同じだ。
絶対あっち系の家業の人だ。


(僕・・・今何か、不味いこと言ったかな・・・・・・・)


屋敷森の中からやって来た男に静は後ずさった。思わず出てしまった独り言・・・この人物はそれを聞いていただろうか・・・


(そうだ・・・・・“僕”って言っちゃった!聞かれていたらどうしよう!)


今は“桜花”なのに、1人だと思っていた静は無用心にも普段の言葉を使ってしまっていた。



「お前はこの家の者か?」
「・・・・・・・・・・」

「ここで何をしていた?」
「・・・・・・・・・・」

「さっきは大きな声でしゃべっていただろう?」
「!!」



(やっぱり、聞かれていた!!)



この男が“僕”と言ったことを認識しているかどうかは分からない。もしかしたらそこは聞いていなかったかも知れない。でももし・・・聞かれていてそのことを追求されたら・・・
何か言われたらしらを切りとおすしかない・・・でも。ここはとにかく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げる!!



静は男に背を向けて、屋敷目指して駆け出した。



次回の「プラ」は〜「交錯(3)」です。また明日ね〜」


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