はま路
静は商店街で立ち止まり悩んでいた。



チョココロネも捨てがたいが、やっぱり店長おすすめのメロンパンも諦めがたい。


エンペラーの集会に呼ばれ、夕食にパンを食べようとして店の前に立っている。
会社帰りの客で混雑しているので、店の外からウインドー越しに見える商品の品定めをしていると後ろから声をかけられた。



「あら?静ちゃん」

振り返ると着物に割烹着を身にまとった女性が立っていた。

「あ、」

えっと、、、誰だっけ?
数字の記憶力は良いのだが人の顔を覚えるのは苦手で、でもこの人絶対見たことある。
う===誰だ?

うーーとうなったきり固まってしまった静に女性は再び口を開いた。

「この間は母がお世話になって、ありがとうね」

あ!!思い出した。女将さんだ。
駅で荷物持ってたおばあさんの娘さん。
加奈子さんだ。思い出したのが伝わったのかにっこりと万弁の笑顔でほほえんでくれた。
女将さんって美人だよな〜優しそうだし。
割烹着も似合って大和撫子って言葉がぴったりだよなと、一人妄想にふける。


「静ちゃんはここで何してたの?」

一人で突っ立ていた僕は確かに変。
夕飯にパンを買って食べようと思っていたことを告げると、それならうちの店に来て食べなさいよ、この間のお礼にごちそうするわと加奈子さんに誘われた。
さすがに申し訳ないので断るが、手をつながれてグイグイと店の方に引っ張って行かれた。

おしとやかに見える加奈子の力が以外と強いことに驚いた。




小料理屋「はま路」の暖簾をくぐると6時になったばかりだったせいか客はまだ誰もいなかった。
買い出しの食料を出しながらカウンターに座るよう言われてすみませんと頭を下げてから座る。
すると奥から大女将がせわしそうに出てきた。

「加奈子、もう客かい?」

そう言いながらこちらをチラッと見た大女将の目が大きく見開かれた。

「ありゃ、あんたこの前の、お嬢ちゃん」

大女将。
不正解です。
残念でした。
お嬢ちゃんではありません。

うっ、とひるむと女将が微笑みながら訂正してくれた。

「もう、お母さんたら、静ちゃんは男の子でしょう」

そうです。
どこからどう見ても男です。
今日もおそらく他人から見ればユニセックスな服装なんですどね。
そろそろ自分で男臭い服を調達しようかと本気で考えているところですよ。うん。

「ありゃりゃ、そうじゃった。静は男ん子じゃったな」

大きな声で笑いながらすまんかったな〜と繰り返す。
そしてさっきまで笑っていた大女将は加奈子から静の夕ご飯のことを聞くといきなり怒り出した。


「そんなお菓子みたいなもんばっかり食っとるからひょろひょろしとるんじゃ!全く近頃の若いもんは」


大女将のかんしゃくは止まらない。
3食しっかり食べてないからだとか、パンは飯じゃあないとか最後には毎日食べさせてやるから夕飯を食べに来いとか、散々しかられた。

しばらく怒られた後、目の前には温かいご飯に根菜類たっぷりのみそ汁。
鯖のみそ煮に豚の角煮。
野菜に酢の物の小鉢など手の込んだ料理が次々に並べられた。

「こ、、こんなに食べられないです」

「そんなんだか痩せちょるんじゃ、若い男やったらこれくらい食ってしまわんか」

これ以上逆らうともっと怒られそうなので、小さな声で頂きますを言ってみそ汁から食べ始める。



「お、おいしい」

大女将があたりまえじゃとつぶやき、女将が口に合って良かったわと微笑む。
小料理屋を営んでいるくらいだから料理の腕が良くて当たり前なんだろうけど、他のお店や学食で食べるものとは全然違うおいしさがあった。


そう、この味は。
祖父と暮らしていたときのご飯の味だ。


懐かしい味。
祖父や道場のお弟子さん、時には近所のおばちゃんが作ってくれた懐かしいご飯の味だ。
苦手な野菜、最近はほとんど食べなかった魚。酢の物に至っては小学生以来だ。



「ごちそうさま、とてもおいしかったです」

「どういたしまして。お腹いっぱいになったかしら」

コクリと頷く。

ご飯久しぶりに食べたからとつぶやくと、それが悪かった。
また大女将に問いつめられた最近の偏った食生活を糾弾され太らせてやるから明日も来いとすごまれた。
そんなわけにはいかないのでやんわりと辞退するが、女将も遠慮すること無いから来れるときは来てくれるとうれしいわだから来てね、と念を押されてしまった。

お腹いっぱいですっかり落ち着いてしまったが、時計を見ると7時過ぎ。
やばい、集会に遅れる。
これから友だちと約束がある事を告げると、あまり遅くまで遊んじゃだめよと、母親のように加奈子さんが声をかけてくれた。

ちょうどお客さんが入ってきたので、ご飯のお礼を言ってから店を出た。外はまだ明るい。

うーんと背伸びをしてから食後に走るとお腹が痛くなりそうなので早歩きでエンペラーのたまり場に向かった。

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