0.2センチの成長
少し胃が痛い。


静は手を胸に当てて軽くこする。
低血圧なのか朝が弱い静は朝食を食べない。
普段朝食は牛乳かリンゴジュースですませるのに、今日は無理をして昨日買っておいたおにぎりを2個無理矢理食べてきたのだ。

それだけではない。
夕飯もいつもは大好きなパンやプリンなどのデザート類ですますことが多いが、昨日は珍しくカツカレー弁当を買って食べた。
そしてやっぱり食べきれず半分は残したが自分ではいつもより多く食べたつもりだ。

おかげで胃が痛いがそれくらいのリスクは当然だ。今日、これさへ乗り切れば!



「179。げー、たった4センチかよ」

「おれなんか2センチしか伸びてねえんだぞ」

「よっしゃ〜175の大台に乗った!」

「あんたたちうるさいわよ。終わった人は教室に帰りなさい。はい次のクラス」



ここは保健室。そして今日は身体測定。


半袖の体操服と下はジャージ姿の青年達が、身長・体重の記録が書かれた個人カードを受け取ると一喜一憂しながら友だちと比べ、騒ぎまくっていた。

「3組、出席番号順に身長計に乗って。1番から、相田」

身長計に乗ると同時に体重も自動で量られるタイプの測定器は、反対側に座る先生にしか結果が見えない。
こういうところはよく配慮されていると思う。


中学3年の記録はしっかり覚えている。165センチ47キロ。
165センチに到達したときの感動は今でも忘れられない。
あれから1年きっとまた伸びて、体重も増えているはずだ。


「次、2番、朝川」

「はい」

慎重に測定器に上がる。
今朝も、昨日もたくさん食べた。
嫌いな牛乳も飲み続けている。ピピッと音が鳴り、計測器が終わる。
養護教諭が結果を書き込み、それをのぞいていた担任の小野先生が、ぼそっとつぶやいた。


「おい、朝川。お前何食って生きてるんだ?」


その場にいた者が怪訝そうな顔つきで僕と先生を見る。
養護教諭からカードをもらい僕はその数字を見てかたまった。


ーーーー慎重165.2センチ 体重 ・・・・・46キローーーー


「165.2に46キロってなんだこりゃあ!!ある意味すげえ」

後ろから僕の結果をのぞいていた足立が大声で叫んだ。

「え、マジで」

川上が静の手から素早くカードを取り上げた。

「取るなよ、返せ」 

「げ、女子高生並」


見終わったカードを自分の頭上でひらひらさせる。計測を終えた足立に川上が静のカードを渡す。
返せってば、と静はピョンピョン跳ねながら手を伸ばし取り返そうとするが、足立の身長は176センチだったらしい。
手はかすりもしない。
まるで子猫がじゃれているようだ。

ようやくカードを取り返した静は怒って保健室から出て行った。
足立はあわてて追いかけ「ごめんな〜わるかったよ」と言った後「ちっさいからかわいんじゃん」とか「造りがコンパクトなのはもてるんだぞ」とか「省エネルギーだ」とかよくわけのわからない頭に来る言葉を連発した。



教室で制服に着替えながら半袖を脱いだときに、目の前で着替えている足立の体に目がいった。
足立は中学からバスケをしているだけあって、体つきがしっかりしていた。腹にはうっすら筋肉の線が通っている。
もう少し鍛えればあれが6つに分かれた腹筋に進化するのかな。そして自分の上半身に目を落とす。

白くて、細くて、さわるとあばらの骨がごつごつわかる。
腕の筋肉も薄い。
身長は0.2センチしか伸びておらず、体重は・・・退化していた・・・。
クソッ、あんなに食べたのになんで減るんだよ!!上半身裸のまま、拳をぎゅっと握った。くやしかった。

「静ちゃん、サービス満点」

測定が終わった井上や他のクラスメイトが次々と教室に戻ってくる。

数人のクラスメイトと視線が合うと、その場で固まっていた全員が一斉に静から視線をそらす。

はい?

自分の後ろに何か居るのかと思って振り返るがなにもない。


「静ちゃん早く服着替えて。それとも見せびらかしてるの?」

からかうように言う井上が川上と一緒に、クラスメイトと僕の間を遮るように立ちシャツを渡してくれた。
早く着替えるように促され、ズボンも履き替えて脱いだ体操服をたたんで袋に戻した。


「さっきは、悪ぃ、調子づいた」

ごめんと川上はカードを取り上げたことを詫びる。

「もう、いいよ。別に」

ぶっきらぼうに答えると足立も再び謝ってきた。

「今日の昼、学食で何でも好きな物おごるからさ」


おごるの一言に僕はすっかり気をよくした。
何をおごってもらおうか。
みんなの前で恥ずかしい思いをさせられたのだから、「それ相当のものをおごってもらいますから」と啖呵をきった。
足立はスペシャルセットでも人気のA定食でもなんでもご用意させて頂きます、とまるで執事のように礼をしながら言った。



当然のように学食は混んでいたが、何とか席を確保した。
川上はボリュームのあるA定食、井上は弁当持参だ。


「しっかしまあ、身長は見たまんまだけど、46キロってなに食ったらああなるんだ」

「食べても太りませんって体質じゃあないの?元々細そうだし」


担任は呆れて、養護教諭は心配し、親友達には爆笑され、クラスメイトは着替える静を見て顔を赤らめた今日の身体測定。静は落ち込んでいたが、かわいい静はやはり”小さくてコンパクト”で有るべきだと、思うことはみんな同じだろう。


足立が定食のトレーを持ってくるのが見える。
その後ろには静もいるが、その手にはトレーでなく紙袋が2つ。


「ごめん、購買部混んでて」


いすに座ると紙袋の中身を取り出した。

[←][→]

18/43ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!