天さん
「あんまりちゃかすのはおよし。こん子はええ子やよ〜」

「そうね、お母さんを助けてくれてありがとうね静ちゃん」

可奈子と呼ばれたこの店の女将は僕に深々と礼をした。



「い、いえそんな。たまたまこっちに来る用事があったから、ついでだったし」

優しく語りかけてくれる女将にあたふたと照れながら口ごもる僕に向かって、おばあちゃんも「ありがとうさんな」と言った。



「じゃあ、僕行くところがありますから。失礼します」

軽く礼をして引き戸を開けると、丁度入ってきた人とぶつかった。


「うっわぷっ!!」


思いっきり鼻を打った。
2,3歩下がって鼻を押さえたまま下を向く。
女将さんがあわてて駆け寄ってきた。
 
「あらあら、大丈夫静ちゃん大丈夫?」


目の前に下を向いたままの僕の顔を心配そうにのぞき込む人が立っていた。


「すまん、大丈夫か」

ぶつかった男の人はすまなさそうに僕の肩に手を置く。

つい〜んとくる鼻の痛みが治まる頃、ゆっくりと顔を上げる。


僕の前にはおそらく180センチを優に越えるだろう、濃紺のスーツを着たガッチリとした長身の男が立っていた。

鷹耶さんと同じくらい背が高いな〜。

涙目で相手の顔を見上げる。すると男は肩に置いていた手をはなし、鼻を押さえていた僕の両手をつかんで顔からはずした。
男は顔を近づけてきてじっと僕を見た。

「ああ、なんともないな。よかった」

そう言って顔に手を添え、人差し指で僕の鼻筋を上から下に向かってすっと撫でた。


「こりゃ、天!いつまで触ってんだい。その子は急いでるんだよ。さっさと放しておやり」

 ”てん”と呼ばれた人はにっこり笑って顔から手を放し、少しずれたニット帽をそっと直してくれた。

「あ、あの。すいません。僕がぶつかったのに」

「あんたは気にしなくていいんだよ〜そんな図体のでかいでくの坊がそこにつっ立ってんのが悪いんだよ」

「そりゃあないでしょう、大女将。相変わらず口が悪い。なあ女将」

女将さんもくすっと笑う。
ふと女将さんの後ろの掛け時計が目に入った。


「ああ!もう時間。本当にごめんなさい。じゃあ僕帰ります」

もう一度ペコリと礼をして、引き戸を閉めようとして手を止める。

「あの、おばあちゃん。もうあんまり無理しないようにね。じゃあ」

返事も聞かず、戸を閉めて、一目散に商店街へ駆け出した。



「やっぱり、あん子はええ子やな〜。天!そこの袋、カウンターの中に運んどくれ」

大女将は立ち上がるとカウンターに入り割烹着を身につけた。

「大女将・・・俺客ですけどね〜」

文句を言いながらも静が重そうに持っていた野菜の袋を片手でヒョイっと持ち上げ台所まで運んだ。

「ごめんなさいね。お客さんなのに働かせちゃって。はい、剣持さん。おしぼりどうぞ」

女将からおしぼりを受け取り天は、座敷ではなくいつも座るカウンターに腰を下ろした。


「あれ?」

「どうなさったの、剣持さん」

おしぼりで手を拭きながら剣持はさっきの静の言葉を思い返していた。

「僕がぶつかったって・・・言いましたよね。・・・・・・僕?」

「あら、やだ。剣持さんまで」

ここにいる全員が静ちゃんのこと女の子だと思ったのよ〜かわいいわよね〜と女将は笑った。


「本当に?男の子なんだ。あの子」

出されたビールをごくっと飲み、自分が見間違った事を不思議に感じた。

「ああーやだね〜人を見抜く目が腐ってるんじゃあないかい。本職がこれじゃあ世も末だね」

自分も間違えたことは棚に上げて、野菜を洗いながら大女将が毒づく。



天自身もなぜ間違ったのか不思議だった。よく見れば男と分かったはずだ。肩を触ったときに肉付きが薄かったし。でも顔に触れたとき、痛みで赤くなった鼻先や、少し潤んだ瞳がかわいかった。

「まあ、最近はユニセックスな顔立ちや服装がはやりですからね〜。いや〜まいったまいった」

へらへらしながらビールを飲み干す。

「天!いい訳してんじゃあないよ。こんなところで油を売っていいご身分だねぇ」

「大女将〜かんべんしてくれよ〜やっと解放されたんだぜ〜」

「あら、剣持さん。そんなにお仕事大変でしたの」

「ふん、人様の税金もらって仕事してんだ。仕事があるだけありがたいと思いな」

「へいへい。感謝しておりますよ〜」

「もう、お母さんったら」

本当にごめんなさいと目配せをして、可奈子は剣持にビールをついだ。



「いえいえ女将、気にしてませんよ。これが楽しみで通ってますから」

[←][→]

17/43ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!