ユニセックス
6時半になったので、静はアパートを出て駅に向かった。
門限の約束を破るのは気が引けたが、中学のときは自由だったのに、高校生になって何故門限?あほかと思った。
義務教育を終えた僕は自由なのだよ。
だからもしばれても今時の高校生は門限なんて無いと鷹耶にちょっと楯突いてみようかと考えた。
心配してくれるのはうれしいが、自分はもう高校生なのだ。
自分のことは自分で責任を持てる年だ。
あの無駄に高価なプレゼントのこともちゃんと断らないといけない。自分と鷹耶では金銭感覚が天地の差ほど開きがあるようだ。
一人でもしっかりできるとこちゃんと見せないとな。
駅について切符を買い、電車に乗る。通勤客が多く駅は混んでいた。
時間通りに入線してきた電車に乗りドア付近に立つ。4つ目の駅で降り改札を出たところで、手すりにつかまりながら動かないお年寄りが目に入った。
動けないのかな?しばらく見ていたが動く気配はない。腰を押さえたりさすったりを繰り返している。
「あの、どこか悪いんですか?駅員さんを呼びましょうか」
思い切って声をかけてみた。
おばあさんは声をかけた僕に驚いた様子だ。
「あいやあ、ちょっと荷物が重くてね、休んでいたところさ」
足元を見ると大きな袋が2つ。隙間から葉ものがのぞいていた。
「中身お野菜ですか?」
「知り合いが今年はよけい大根やらきゅうりやら取れたんで持って帰れと言われたんやが、よくばりすぎたわぁ」
お年寄りが持つには無理な荷物。
ここまで持ってきたことが不思議なくらいだ。
「これを持って帰るのは大変ですよ。車で運ぶとか、タクシーは?」
「いいや、すぐそこの商店街に家がある。やから持って帰るんじゃ」
どうしても自力で持って帰りたいようだ。
どうしてお年寄りってみんな頑固なんだろう。
「じゃあ、手伝いましょうか?運びますよ」
「え、あんたがかね」
おばあちゃんは僕を下から上までじーっと見て。
「あんた、お嬢ちゃんかね、男ん子かね」
真剣な顔で聞いてきた。
グレーのニットキャップからは襟足長めの柔らかい後ろ髪が見え隠れしている。
赤×黒のチェックのジップパーカーは裾がお尻を隠すほど長い。
ジーンズ生地のパンツは膝下を赤いひもでちょうちょ結びにして絞ったサルエルパンツ。
ベージュのハイカットのスニーカーブーツが膝下から見える白い足をさらに細く見せる。そして今日もべっこう色の太縁めがね。
このユニセックスな服装が普段着だから仕方がない。
静の服のコーディネートは倫子の好みで、帽子から靴まで全てがカッコかわいい系でそろえられている。
まだ幼さを十分に残すかわいく綺麗な顔立ちは私服のときは女の子に間違えられることも珍しくない。
そして今日もカッコかわいい系性別不明の服装の力が思う存分発揮された。
「男です・・・」
ちょっと口をとがらせてぼそっとつぶやきながら、おばあさんの荷物を両手に持った。う・・・重い・・・
「わるいね〜べっぴんさん」
おばあちゃんはにこにこしながら歩きはじめた。
商店街の中に家があると思っていたら、家と店があると教えてくれた。商店街の大きな道から横道に出て、一本裏側にある細い道に入る。
中心部ではなく少しはずれた裏道に小さな小料理屋があった。
和風な造りの小料理屋は暖簾に「はま路」(はまじ)と書いてあった。
暖簾をくぐり引き戸をガラガラと開けると、店の中には数人の客が居た。
「よう、大女将、今日は遅い入りだなあ」
常連客がおばあちゃんを見て挨拶をする。
「まあ、お母さん、遅いから心配したのよ。あら、そちらは・・お客さん?」
大女将と呼ばれたおばあちゃんの後ろに立つ僕を見て、おそらくおばあちゃんの娘さんであろう人が出てきた。
「よくばったもんで、荷物が重くてね〜見かねたこの子が駅から持ってきてくれたんよ」
腰をさすりながらカウンターの空いている席におばあちゃんは腰を下ろした。
「まあ、重いのにありがとうね。えっと、お嬢さん?」
語尾が微妙に上がったのを僕は聞き逃さなかった。
「はあっはっは、可奈子もそう思うじゃろ、こん子、男ん子やて、静ちゃんて言うんやて」
おばあちゃんが大きな声でしゃべるので、店にいた客も僕たちの方をチラチラ見ている。
「うわ〜本当や、大女将、かわいい子やなあ」
「え、本当に男なん。女の子でも十分通用するぞ、なあ女将」
酒の入った客連中がおもしろがってちゃかし始めた。この酔っぱらいどもめ・・・
静は拳を握りしめてわなわな震えた。
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