自由行動は制裁の後で(1)
一昨日からの事件のおかげで、皇神会系八城組は昼夜を問わず組員があわただしく動いていた。
組長代理の若頭 梶原はここ2日ほどほぼ寝ずに、関係各所と連絡を取り、組員を動かし、事件の対応に追われていた。



そんな最中、真夜中に組事務所に現れた組長 海藤鷹耶に八城組は騒然とした。

空気がピリピリと音を立てる。
ボディーガードであろう巨体の男の後ろから、ダークスーツを身にまとった眼光の鋭い長身の男が歩いて来る。

冷たい印象の無表情な男。

男が歩くだけで組事務所の温度が下がっていく感覚に陥る。



「お疲れ様です。組長」

梶原を筆頭に組員達が鷹耶に頭を下げ出迎える。
鷹耶は一瞥もせずに、ボディーガードの西脇と秘書の瀬名を連れて、事務所の最奥にある部屋に向かった。

質のいいデスクの椅子にドカッと座り、懐からたばこを取り出しくゆらせる。
眉間にしわを寄せ鋭い眼光を梶原に向けた。


「三納のクズ連中は、見つけ次第ここに引きずってこい」

「はい。組長」

昨日受けたこの指示に梶原は内心驚いていた。

連中が抗争を引き起こす種だとしても、たかがチンピラ。
生かしてここまで連れて来なくても見つけ次第その場で始末すれば良いのだ。

しかし秘書の瀬名には鷹耶の考えが分かっていた。

普段ならチンピラなど見つけ次第始末して東京湾行きが常套手段である。
組長自ら制裁を加えるのは、皇神会の会長が絡んでいるからであり、八城組組長としてメンツをつぶされたならそれ相応の報復を、という上層部の思惑が見え隠れし、従がわなければならないからである。

「まあ、この際ですから少し派手な制裁を科すのは当然のことですね。下手な考えを起こす組への見せしめにもなりますし、何よりもうるさい上の方々への牽制にも丁度よいと思います」

瀬名の話に、ここでやっと組長の本意に梶原は気づいた。



発砲事件から丸1日が過ぎ、鷹耶はこれからのことを考えていた。

現在、佐藤組は襲撃の被害による警察の現場検証と事情聴取が入り騒然としている。
撃たれた組員も重傷ではあったが、命を取り留めた。
 
三納組に関しては、襲撃したのは三納組を離反したチンピラだとシラを切り通させる。
警察が信じようと信じまいとそれは関係ない。

連中を警察に渡す前に始末を付け、三納組には組や縄張りの縮小化を強制し、今回の件の落とし前を付けさせなければならないだろう。
そして、詫びを入れさせ改めて調停の場を設ける。弱体化した佐藤組の人員を増加し、皇神会からも役付の者を出してもらい、組の立て直しの力添えを頼まなければならない。

瀬名は三納組、梶原には佐藤組に連絡をさせながら、自分は皇神会に現在の状況と今後の対応についての報告を行った。



鷹耶は忌々しそうに時計の針を睨みつけていた。

時刻は正午過ぎ。


『チッ』


今朝から妙に時間を気にする鷹耶の様子を瀬名と梶原は不審に思っていた。
睨みすぎて時計が壊れるのではないかとボディーガードの西脇までもがいつもの鷹耶らしくない焦りように疑問を感じていた。

大きな問題が起きているからとはいえ、いつもの鷹耶なら、社長のときも組長の時もたいして表情を変えず立ち振る舞うからだ。



時計が午後1時を指した。



鷹耶は牛革の椅子から立ち上がり、部下に背を向け数歩歩き窓際に立った。
組事務所の5階から晴れ渡った町並みが見渡せる。そして携帯電話を開き、ボタンを押した。



「俺だ」


電話をする表情は見えないが、先ほどまでの相手を威圧するような怒声ではない。


「すまない。緊急の用事が入った。だいぶ遅れそうだ」

梶原は組長の穏やかな声色に自分の耳を疑った。
今までの怒気が全く感じられない。


「すまないが、もう少し、待っていてくれ」



「すまない」など、組長があり得ない台詞を吐く。
組長は誰と電話をしているんだ?


電話を切った鷹耶は先ほどの冷徹な表情のまま振り返った。


瀬名の携帯が鳴る。
短い会話を終えて瀬名は鷹耶に向き直った。



「社長、捕まえたそうです」

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