社長と組長。２足のわらじを履きこなしてください
静との楽しい食事の２日前。
木曜日の朝、ここ広域暴力団東雲会系皇神会系の２次団体”ミサカクリエイトの秘書室ではあわただしく電話のやりとりが続けられていた。
本社ビルの１２階にある社長室の重い扉をノックし、秘書の瀬名が返事を待つ。
「どうぞ」
社長室のドアを開けエンジ色の分厚い絨毯に一歩踏み出し、部屋の奥で書類の山をチェックする社長、海藤鷹耶のデスクまで歩み寄る。
そのそばで先ほど返事をした社長補佐の秋月が効率よく書類を整理していた。
「失礼致します。社長」
鷹耶は声をかけた瀬名に顔を上げることもなく、不機嫌な顔で書類に目を通し続けた。
鷹耶の不機嫌そうな顔は今に始まったことではなく、通常の表情がこの不機嫌づらなので、身近に仕える者達はさして気にしないが、それ以外の者達は普段の鷹耶の表情や、身にまとう無言のオーラが恐ろしすぎて近よらない。
用件は全て秘書の瀬名か社長補佐の秋月が要約して伝えている。いちいちおびえられては進む仕事も進まない。
「先ほど佐藤組の若頭から社長にと連絡がありまして。飛天会の三納（みのう）組が皇神会の佐藤組のシマを荒らしているとの情報が入っております。それに関しては皇神会にも話は通してあるそうですが」
飛天会は皇神会と系列は違えども、同じ東雲会という組織の傘下にある暴力団である。
東雲会系の組織の中では海藤廉（かいどうれん）が仕切る皇神会が一番大きな勢力を持ち、他の組織の追随を許していない。
組織の中でも中庸の飛天会系列の三納組は、この不景気で組織へのシノギの回収がうまくいかず上納金の額も年々減ってきていた。
上納金の額は組織での優劣を競う大事なものである。
もちろんそれだけではないが駆け引きの道具としては金以上にものをいう物はこの世界には存在しないだろう。
その飛天会の三納組は金を工面すべく、他の組のシマにまで手を出しているらしい。
「佐藤組は昨年先代が亡くなって、新しい組長は息子がそのまま跡を継いだそうですが、内情はうまく回っていないと聞きます。」
書類の整理をしながら、秋月は手を休めず話を続ける。
「おそらく、上層部にある程度の根回しはしているのでしょうね。佐藤組の弱体化の隙をついて、佐藤組の解散を機にシマを持っていこうとする算段でしょう」
実際佐藤組は若頭の森本が、若い組長の代わりになんとか組を立て直そうとしているが、内部分裂が勃発している今、東雲会同系列下の組とはいえ幅をきかせる敵に対応するだけの力がない。
そこで、上層部である皇神会に話を通し、助けを求めてきたのである。
「なぜ俺のところに話が来る」
不機嫌なままの表情を崩さずに秘書の瀬名をにらみつけた。
そんな鷹耶には慣れているので臆することもなく瀬名は淡々と話を続けた。
「皇神会に話を寄越したと言うことは、組同士で争うのではなく他の組の仲介を入れて話し合い、シマの譲渡又、金での解決、もしくは飛天会との駆け引きや最悪の場合は手打ちが必要になってきます」
「親父がやれば済むことだろうが」
鷹耶の父親は皇神会の会長。
佐藤組から助けを求められた張本人である。
「その会長が、この件は一切を八城組に任せるとおっしゃっているそうです」
「・・・」
不機嫌な顔に怒りが混じる。
こうなると瀬名や秋月にも鷹耶が本当に不機嫌であることが伝わる。
「そんな暇はない」
手に握る書類を乱暴に秋月に放り投げる。
慣れている秋月は難なく受け取りサインを確認する。
「それが、先ほどお電話で釘を刺されました。フロント業務の仕事も結構ですが、たまには組の仕事もしろと・・・おそらく組のことを全て若頭の梶原に丸投げしていることが伝わっているものと」
鷹耶はフロント業務の社長と八城組組長という２足のわらじをはいていたが、会社に主軸を置いていたので、最近は梶原に組長代理を任せたままであった。
鷹耶の父海藤廉は武道派で知られる皇神会の会長であり、フロント業務を成功させ更に飛躍させる手腕を持つ鷹耶を跡取りとして認めてはいるが、組長として組を仕切っていく手腕にも期待している。
組織内では上の者の命令は絶対である。
親子だからといえその関係に一切の甘えやなれ合いは許されない。
鷹耶は不機嫌のオーラをまき散らしながらも、瀬名に三納組と佐藤組の内情を改めて調べるよう指示を出す。
瀬名は仕事が速い。
明日には報告が上がって来るだろう。
仲介にはおそらく皇神会会長の名代として鷹耶自信が出て行かなければならないだろう。
よけいな仕事が増えることに怒りを覚えながらも、あとは瀬名に任せ再び書類に目を通した。
しかし次の日、仲介で収まるであろうと思っていた子競り合いから一転、三納組が佐藤組の組員を襲撃し事態は大きく変わった。
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