ひと月ぶり
土曜日の午後すぐに迎えに来るはずだった鷹兄だったが、仕事で遅れると連絡があり、迎えに来たのは夕方5時を過ぎてからだった。


とくに趣味のない静は、その間課題の見直しをしたり、来週の授業の予習をしたりして過ごしていた。

部屋のチャイムが鳴ったので、ドアを開けるとネイビーシルバーストライプのスーツを上品に着こなした長身の男が立っていた。
スーツ越しにでも、そのほどよく鍛えられた体躯が見てとれる。


「あれ?鷹に・・鷹耶さん」


いつもは部屋まで上がってこないのに。
やっぱり倫子さんが居ないから来やすいのかな。

”たかにい”と言いかけて名前を呼び直すとちょっと照れたので目線を下に向けた。



ガチャンと後ろ手でドアを閉めた鷹耶は、静の顔を両手で優しく包むと、おでこに軽くキスを落とした。


このスキンシップはいつかやめてもらおう・・・


小さい頃から何度となく繰り返される鷹耶の過剰なスキンシップは最近度を増してきた。
慣れることなど到底できない。触れる鷹耶の体からはいつもと同じ香水の香りがした。



「久しぶりだな。静」



そう言って鷹耶は静の顔を上に向かせ、視線を強く合わせた。


「ひと月ぶりか」


受験、引っ越し、入学準備、倫子のマンションの片づけなどで静はバタバタしたこのひと月を過ごしていた。
鷹耶は常に多忙だが、4月の年度初めは更に忙しく海外での商談なども重なり、全く静との時間を取ることができなかった。

普段ならどんなことをしてでも秘書の瀬名に時間を調節させるか、手段を選ばず勝手に抜け出すかして静に会いに来るのだが、今回は我慢に我慢を重ねることができた。
 
それは、目の上のたんこぶである倫子が本格的に海外で活動することを知ったからである。


鷹耶にとってあの女はとにかく邪魔であった。
静とたった一人の血縁者だと主張し、静の親権者として海藤家とのつながりをことごとく切っていったのだ。

静の祖父島木が病に倒れたとき、まだ小学生だった孫を心配し、自分に何かあったときには孫を頼むと、古くからの友人である海藤修三に静の保護を願っていたのである。

島木が亡くなったとき、その葬儀や身の回りのことは全て修三が世話をしてくれた。

まだ何も一人ではできない12才の静に海藤の本家に一緒に住めばよいと、いつもは厳つい顔をした修三が、まるで自分の孫を見るような優しい表情で静に言った。

これからはすっと一緒だと、大学卒業を間近に控えていた鷹耶からもそう言われた。

しかし島木の葬儀が終わった直後、静の父親の妹と名乗る血縁者が現れた。
それが、朝川倫子だった。



数年前。
の両親が事故で亡くなったとき、倫子はかわいがっていた甥っ子の静を自分が引き取ると島木に主張した。
しかし、孫をかわいがっていた島木は譲る気は毛頭無く、倫子を追い返した。

島木が死に、唯一の血縁者として当然のように引き取ることを主張した倫子は、それからの3年間を静と2人で過ごした。


倫子は倫子なりに、静の事を考えての決断だった。


倫子はヤクザと関係のあった島木、そしてヤクザの海藤家を毛嫌いしており、それまでの関わりを全て切り離し、静と会うこともことごとく邪魔した。


鷹耶は怒り狂った。
倫子を殺して静を奪い返す、そんなことは簡単にできる。

しかし、


両親を失い、大好きだった祖父も死に、さらに叔母まで・・・


殺すのは簡単だが、静がまた家族と呼べる者を亡くすことはどうだろうか。


静を悲しませたくはない。



ただその一心で、鷹耶は踏みとどまった。

長かった3年間、静の願いで倫子がしぶしぶ会わせてくれたのは多くて月に2回程度。

しかしこれからは大手を振って静と過ごすことができる。

こうやって誰にはばかることなく部屋にまで侵入できる。
それだけのことが鷹耶にはうれしくてたまらなかった。



「静」



恋人にささやくような優しくて甘い声。
低いテノールでささやかれて背中がぞくぞくする。
恥ずかしくなって静は後ろに下がりその束縛から逃げようとしたが、片手で腰のあたりをぐっとつかまれてそのまま鷹耶に引き寄せられる。


「う、、うわっ」


鷹耶の力の強さに勢い余って顔から鷹耶の胸につっこんだ。
やっぱこのスキンシップまちがってるって・・・

「わっ・・っぷ」

そのまま抱きしめられる。
鷹耶の腕に更に力がこもりきつく静を抱きしめる。

「い、痛いから、鷹に、」




「呼び方」



いっそう強く抱きしめながら、低い声で諭される。


「わ、、分かったから、離して、痛い、鷹耶さん!」


名前をちゃんと呼ぶと、拘束する腕がようやく離れた。
あまりの痛さに両腕をさする。
新しいジャケットに少ししわがよったのが気になった。
なんてもったいない。



「狭い部屋だな」

鷹耶は靴を脱ぐと遠慮なく部屋に上がり込んだ。
キッチン、バス、トイレ、ベランダと一通りチェックするように見て回る。
あなたは小姑さんですか。

「いいんです、狭くても。僕1人だからワンルームで十分だし」



「セキュリティーは」

「あるわけないじゃん。ここマンションじゃないし、アパートだよ」


なんの危機感も待たずけろっとしている静を鷹耶はぐっと見据えた。
鷹耶がわざとらしく小さなため息をつく。
両腕を組んで壁に寄りかかり無言で静の顔を見続ける不機嫌な顔。

ああ・・・この顔、お説教の始まりだ・・・
静は10才も大人の鷹耶が何を考えているかなど到底分からなかったが、小さい頃から鷹耶の機嫌を損ねるとろくなことが無いことだけは知っている。
そして黙って静の目を見据えるこの表情は”不機嫌によるお説教”小姑の時間”が始まる合図である。



その後鷹耶の運転するBMWのニューモデルらしい黒い車に押し込められた。
以前鷹耶はベンツで迎えに来ていたがそれを見た倫子から
 
「黒塗りのベンツなんかに乗るのはヤクザか悪徳代議士くらいのもんよ。妙な車に静を乗せないでちょうだい」

と、わめかれそれ以降は無難な車で迎えに来たのだったが、ベンツと同じく黒塗りの外車は車の知識が全くない静にとっては全く違いが分からなかった。



車の助手席に乗せられ車はすぐさま発車した。今日は仕事忙しかったんでしょう?などと聞いてみると何故か更に不機嫌な表情になった。



「仕事は終わらせてきた。何も問題はない」

と、ムッとした声で答える。
なにか嫌なことがあったのかな?


それからは”小姑の時間”のフルタイムだった。


確認もせずにドアを開けたことをしかられたり、チェーンもかけてないだろうとか、食事はちゃんと摂っているか、門限の6時(高校生に6時ってありか?)を守っているかとか、たった20分の通学時間が長くて危険だから送迎させろとか、しまいにはアパートを引き払って鷹耶の準備した最新セキュリティーのマンションに引っ越そうとか。



ホテルの最上階にあるレストランに着くまでずっと鷹耶の聞き取り調査や強引な提案が続いた。

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