社長さんorヤクザさん
静は淡いココアブラウンのジャケットとおそろいのパンツを眺めていた。

宅配の人から渡された箱の中に入っていた洋服は手触りやブランド名からかなり高級品なのだと分かった。


差出人はーー海藤鷹耶ーー


クリーム色のカッターシャツとベルトや革靴までセットで贈られてきた。


「これを着て来いと・・・」


中学生の時も鷹耶はよく静にプレゼントを贈った。
そのたびに倫子は送り返していたのだが、一度送り返すと倍の量になってプレセントを贈ってくるので静はあきらめてもらっておくことにした。
未だに空けていないプレゼントが倫子のマンションの物置に詰め込まれている。


試しに着てみるとサイズはピッタリ。
一緒に試着に行ったことはないのに鷹耶が贈ってくる物はいつも静にはちょうどいいサイズの物ばかりだった。
それを不思議に思ったが、聞くこともしなかった。



海藤鷹耶はミサカクリエイトという会社を経営している。
不動産・金融などの総合商社で全国に多くの支社をもつ会社のトップ、社長である。

僕はお世話になっているにもかかわらず鷹耶さんのことはそれくらいしか知らない。
でも倫子さんいはく、

「あいつはヤクザ。ミサカクリエイトなんて大層な会社経営をやってるけど、それはヤクザのフロント業務よ」

と、怒りながら言っていた。



鷹耶さんのもう一つの顔。

 
広域暴力団東雲会系 皇神系列 暴力団八城組会長 海藤鷹耶。

関東で一番勢力の強い暴力団らしい。
鷹耶の父親は皇神会の会長。
祖父は東雲会の会頭である生粋のヤクザの家系だ。
 
長子が組の跡を継ぐというのはヤクザの世界では珍しいそうだが、鷹耶は幼い頃から一族の中では群を向いて頭角を現していたらしい。

八城組の仕事は部下に任せ、自分は組の2次団体であるフロント業務で成果を上げ、26才にして上納金の額は系列でトップの額を計上している。


倫子さんも鷹耶さんも組の話は僕の前ではしたがらないので本当に上辺だけのことしか知らない。

でも別に知ったところで、何かが変わるわけではないし、本当は僕だってヤクザなんかには関わり合いたくない。

僕にとって海藤鷹耶と言う人は幼い頃から、よく遊んでくれた優しいお兄さんでしかない。
強引なところはあるし、いろいろと勝手に決めちゃうところもあるけれど、倫子さんが絶対拒否することを、力ずくでどうこうしようとはしなかった。

 
10才も離れたこの僕を、本当の弟のように飽きもせずかまってくれた優しい鷹兄。


僕が中学生になる頃にはさすがにゲームや体を動かして遊ぶと言うより、映画に連れて行ってくれたりご飯をごちそうしてくれたりで、いつもおもしろくもない僕の話を飽きもせずよく聞いてくれた。

倫子さんが怒るから、さそわれても頻繁には出かけられなかったけど、ひと月に1,2回程度の鷹耶さんとのお出かけはいつも楽しかった。



いつ頃からだろうか、鷹耶が自分のことを”鷹兄”ではなく”鷹耶”と呼べと言うようになったのは。


「たかにい、の方が呼びやすいのにな」


鏡に写る姿を見て、髪が少し伸びたかなと、シャツの襟に少しかかる後ろ髪を引っ張ってみた。
自分の顔は年をとるにつれて母の佐和子そっくりになっているらしい。
倫子さんからは「義理姉にそっくりよ。美人に育ってよかったわね」などど言われる始末。

男が綺麗とかかわいいとか言われても全然うれしくはないだろうに。
静は本心からそう思う。自分は身長も平均より低いし、食べても太らずほっそりとした、男としては情けない体つきだ。

祖父に習って空手はしていたが、力が入らず組み手になると力では負けてしまう静に、祖父は途中から身を守るための合気道と一撃必殺のえげつない急所ねらいを教えた。
武道はかなり覚えのある静だが、どうやってもごっつい筋肉や骨格にはほど遠い体に内心ため息をついた。


「カルシウムの友でも飲んで寝るか」


牛乳を飲むと背が伸びる、という小学校の先生の話をまだ信じていた静は、あまり好きではない牛乳に眉をしかめながら一気に飲みほした。

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あきゅろす。
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