男が”かわいい”とか”綺麗”とかありえないし
桜も散り、青葉が芽吹き始めたまぶしい季節。
こんな日は誰もが気分も晴れやかに過ごしているはずだが、朝川静は校舎の屋上の片隅に隠れるように寝転がっていた。

 
「しーずか」

名前を呼ばれてうっすらと目を開けると、同じクラスの川上が自分を見下ろしていた。


「静、こんなとこで寝てると危ねえって。眠いなら保健室で寝れよ」

機嫌が悪そうな顔で川上は静の隣にかかみこむ。

「午前中から、なんか調子悪そうだな」

どうやら川上は真面目に心配してくれているようだ。

川上は高校で初めてできた友達だ。
いつも気が付くと空気のように側にいる。
口は悪くぶっきらぼうだが、おもしろいところもあって友達になって良かったと思う。


「昨日ちょっと寝不足で、眠かっただけだよ」


昨日の夜、天馬から誘われて遊びに出て、帰ってきたのは午前4時。
それから1時間しか寝ていないので睡眠不足で気分が悪く眉間にしわをよせながら眠気に耐えていた。
奨学生である自分は授業中に居眠りをするなど、評価が下がるような行動は決してとれない。

少し青白い顔をして、うつろげな表情をする静を午前中見続けていたクラスメイトたちは、いつもとは違う静の様子を窺っていた。



ーーすごくかわいい子が入学してきたーー



4月。
ここ私立桜ヶ丘高等学校はにわかにざわめきたっていた。
偏差値が高く金持ちの坊ちゃんが多く通う有名男子校。
校内に女の子がいないせいか男に”かわいい”とか”美人”などという形容詞をつけてアイドル化して拝めている。

そんな話を聞いた静は”ばかじゃないの?全員眼科受診決定だね”と仲の良い友人に漏らしていた。
 
新入生1年3組 朝川 静。

色白でほっそりとした体躯。
柔らかな漆黒の髪がうなじにかかり何とも言えない色香が漂う。
周りにあまり関心を持たないので冷たい人と誤解を受けることが多いが、よく観察すると喜怒哀楽もあるし、たまに見せる笑顔が眼福である。

笑うとかわいく、普段はあまりしゃべらない無表情な美人。
それを鼻にかけることもなく”男がかわいいって、意味がわかりませんから”と入学初日に告白してきた上級生を一刀両断した潔さもその人気に拍車をかけた。


「そんなに遅くまで勉強してんのか」

「まあ、僕奨学生だからね〜」


本当は夜遊びの結果の眠気だが、口が裂けても本当のことは言えないので勉強で寝不足と勘違いしている川上の話に合わせることにした。

「川上は僕に何か用があって来たんじゃないの」

「えっ、ああ〜いや〜なんだなあ〜」

川上はもごもごと口ごもった。

「用がないなら、僕もうちょっと寝る」

「そうか、予鈴が鳴ったら起こしてやるよ」

「じゃあお言葉に甘えて、おやすみなさい」


静は川上に背を向けて数秒で静かな寝息を立て始めた。


・・・・早ええ、こいつマジで寝やがった。


川上は静の背後から寝顔をのぞき込む。



柔らかな風にふわっと流れる前髪からのぞく閉じた目に長いまつげ。
少しだけ開いた唇はほんのり紅く引き寄せられてしまいそうだ。
第一ボタンをはずしたシャツから白い胸が少しのぞいていた。
それが妙に艶めかしい。



川上ははっと我に返った。



いかん、いかんいかん、いかんだろう。
バッと静から一歩離れる。

川上は昼休みに屋上に1人で上がる静を心配して追ってきたのだ。
屋上の給水塔の影とはいえ無防備に眠っている静を発見したときにはさすがにあきれた。


お前、自分の置かれている状況分かってんのか?


入学して3週間が過ぎるが、すでに静は何人かの生徒に告白されていた。
そのたびに静は”僕男ですが”とすっぱり一言で断っていた。
ノーマル思考の静にとっては何がおもしろくて男の自分に告白してくるのか本当に分かっていないようだ。

ちょっと遊び気分で声をかけてくる奴もいれば、真剣な気持ちで迫ってくる危ない奴もいる。
無理に迫られて間違いが起こってはと、川上は無頓着な静が心配で常々周りに目を配っているのだ。

だがどんなに川上や数人の友人が心配しても本人がここまで無防備では・・・気持ちよさそうにどこでも寝やがって。
襲われでもしたらどうすんだ。何かあったら俺が困る。

川上は友人という特別な立場を楽しでいた。
静のこんな姿を近くで毎日でも見られるのは自分だけに与えられた特権だ。

そう確信しながら、しかしだめだと自分に言い聞かせながらも自然と静に手が伸びる。
川上は静のうなじに伸びる柔らかい髪を指でそっと触れた。


何も気づかずに眉間にしわを寄せて眠る静。


絹肌だな〜とそのまま首筋に指で触れようとして、はっと我に返る。


俺は、何を、、、。


とっさに我に返って周りに目をやる。
屋上には自分たち以外誰もいない。
しかし川上の目線は近くのビルにも注がれる。
見られてないよな・・・心の中で何度もつぶやき静の側から少しだけ離れた。

運良くこの不可解な川上の行動を知るものは誰もいなかった。

[←][→]

5/43ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!