会長の思惑
都内のホテルでは、財界人を招いての立食パーティーが華やかに行われていた。昨日から引き続き出席している鷹耶は、華やかな衣装に身を包む女性達に囲まれ会場の視線を集めていた。



「海藤様」

その女性達の後ろから胸元の大きく開いた赤いドレスを身にまとい、茶色く染めたカールの髪を大きく揺らしながら女が鷹耶に近づいて来た。きらびやかな宝石に負けないほどの美女。ヒールをカツカツと響かせながら歩く姿は自信にあふれ、他を見下すようなその表情に、周りの女性達は自然と道をあけた。

「斉藤商事の」
「はい、美奈子です。覚えて頂いていて光栄ですわ」

真っ赤な口紅が勝ち誇ったように引き上がり、周りの女達を牽制する。

「お父様があちらで海藤様を待っておりますの。ご一緒してくださいますか」



斉藤商事は今日のパーティーで接触を図ろうとしていた企業だ。十理事の補欠選挙の票取りのため斉藤の社長には根回しをしておく必要がある。娘を使って自分を呼び出す辺りが気に入らないが、こちらから動く手間が省けたのだからそれに越したことはない。

「わかりました。伺いましょう」

ポーカーフェイスを崩すことなく美奈子を一瞥し、手が指し示す方へ視線をやると、会場の奥に斉藤社長らしい一団が目にとまった。役員連中に囲まれ下品に笑う声が離れているここにまで届いてくる。

「では、ご案内しますわ。こちらへ」

そう言って女は鷹耶の腕を取り、その腕に寄り添う自分を見せびらかすように父親の元に歩いていく。周りが自分たちを見る目、その羨望のまなざしがたまらない。ミサカの社長をほんの一瞬でも自分が独占している事実に酔う。




「おお、美奈子。どこのカップルかと思えば、これはミサカの社長ではないですか」
「美男美女のご登場ですか。これはパーティーがいっそう華やかになりますな」

斉藤商事の社長とその重役達はわざと周りに聞こえるように、ことさら大きな声で2人がまるで親密な関係のようにアピールする。美奈子は鷹耶にからめた腕をいっそうきつく胸に引き寄せ、媚びるような視線を送り続けた。



「あの社長もよくやる」
「いつものことですよ」



誰もがより金と権力を手に入れるために奔走する醜い社交の場。顔は笑っていても腹の中ではさぐり合いをし、相手をけ落とすことしか考えていない。自分に利益のある者には媚びへつらい、不利益をもたらす者に対してはたたきつぶす材料を探す。弱みを一瞬でも見せれば命取りになる。ここにいる連中は多くがそんな人間であり、我々も同じ穴の狢には違いなかった。

西脇と瀬名は、社長に群がる連中をハエでも見るような目つきで眺めている。
昨日もそうだった。ミサカに取り入ろうとする連中があらゆる手段を講じて、個人的なアプローチを仕掛けてくる。鷹耶も仕事なのでそれらを邪険に扱うことはないが、今日の様子は昨日といささか違うように見える。

腕にまとわりつく斉藤の娘を完全に無視し、父親とたあいのない受け答えをする。適当なところで選挙の話に持ち込み、早々に確約を取り退散したい。ほかにもつなぎを取らなければならない相手がいるだけに、斉藤商事だけに時間を取られるわけにはいかなかった。

特に表情を変えず、社長と重役、そして色気を発散する娘に時折相づちを打ちながら会話を続ける鷹耶だが、瀬名達には鷹耶の顔の下に見つけたくない表情を発見してしまう。



「怒っていますね」
「そりゃ、不機嫌の絶頂だろうな」



この状況にも嫌気がさしているのだろうが、現在鷹耶の心中にある怒りの原因は目の前で媚びる斉藤社長ではなく、必要以上にまとわりつく娘でもない。
怒りの原因は、昨日かかってきた皇神会会長からの電話の内容にあった。





まず1週間前、皇神会の幹部、そして傘下の組長、幹部クラスの会合で春の理事選挙で明光組の組長間宮を推挙する決定事項を確認し、それぞれが票を集めるためにどのように動くか指示が下された。

企業に顔が広い鷹耶は、財界関連を一挙に引き受けることとなり、それはめまぐるしいほどの日程を組み、ほぼ毎日会合や密談、パーティーなどに顔を出していた。土曜は休みの企業が多いためアポイントがとりやすく、相手側が交渉を希望してくるので仕方なく土曜に出事をつめこんだ。このめまぐるしい中、せめて日曜の午後くらいは静と過ごしたい。そう思いなんとか時間を捻出した。

明日は静に会える。そう確信していた矢先に、皇神会の会長である鷹耶の父親から連絡が入ったのが、昨日の夕方だった。




自分が出席するはずだったパーティーを鷹耶に押しつけてきたのだ。何かは知らないがはずせない用事が出来たとかで、財界関係者も多数出席するから、鷹耶がミサカの社長として出向いた方が話がうまくまとまるだろうとも言われたが、それはただの押しつけに他ならなかった。

勝手な押しつけにこちらが従う言われもなく、用件を振られた瞬間に叩き返すように返答を返した。

「日曜は先約がある」

息子の不機嫌な声に怯むこともなく、鼻で笑った後意地悪く聞き返した。

「それは選挙関係か?」

そう言ってくる父親はとっくに鷹耶のスケジュールなどは把握しているのだろう。その日は静と会うことも分かっているのかもしれない。このクソ親父は人を食ったような人間だ。分かっていてわざと聞いてくる。そして人がうろたえるのを楽しんで見ている。さすがあのクソジジイの息子だけあってやり方がそっくりだ。当の鷹耶も孫なだけに似たり寄ったりの性格なのだが本人はそれを認めたくないので、自分のことは常に棚に上げている。

鷹耶はうろたえるそぶりなど見せはしなかったが、息子の心中など分かり切っている父親は、会社と組の仕事が入っていなければパーティーへ赴けと電話の向こうで苦笑まじりに簡単に言う。これは命令だと。



電話をぶち切ったあと、携帯を叩き付けてやりたい衝動に駆られた。
静との時間をこんなくだらないことでつぶされるのが許せない。しかもこの先土曜はほぼ予定が入っている。誰かの悪意さえ感じる過密なスケジュールに、全てを投げ捨てて静の元に駆けつけたかった。

そんな鷹耶の内心が分かる瀬名は、これからしばらく機嫌が悪いのだろうなと予測し、なるべく自分に火の粉が飛び移らないように、せめて来週の日曜には子猫ちゃんと会う時間がとれるように調整してやろうと考えていた。

しかし事態はそう良い方向には動かず、またも日曜に急なアポが入り、いっそうミサカのオフィスには暗雲が立ちこめるのだった。





鷹耶にまたもや出事を押しつけた張本人、父 海藤廉治だがこの件に関しては自分も上からの指示により動いていたので、鷹耶がどんなに反論しようとも命令の一言で従わせるほか無かった。
初めは会合で票集めの分担を指示した際に、八坂組組長としてもミサカの社長としても票取りに奔走しなければならない鷹耶の負担が他より大きいとは感じていた。しかし若い故に、人より多く働かせることで得るものもあるだろうと、より多くの責任を押しつけた。それは手荒くも子を思う親心でもあったのかもしれない。

しかしその後、さらに手を広げさせろとの指示が上から降りてくる。
皇神会の会長海藤廉治を動かした人物は、鷹耶に首が回らなくなるくらい予定を詰め込んで票を取らせろと指示を出してきた。票が取れなかったらそれなりの責任を取らせ、この世界の厳しさを教えてやれと。親子だからと言って一切情けは掛けるなと。

十理事の選挙は五会派の傘下で行われるので、大本の東雲会は手出しや口添えはしないのが慣例だ。一つの系列のみに肩入れをしたら組織の均衡が崩れてしまう。それが分かっているにもかかわらず東雲会のトップが秘密裏に皇神会のみに、指示を出してきた。この異例で、非常に奇妙な事態の裏には何があるのか・・・

廉治はその指示を出してきた父、海藤修造の意図を推し量ることが出来ずにいた。

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