桜花
本家にある茶室。4畳半の茶室には修お爺ちゃんと僕、そして2人の客人が座っている。



僕の役目は修お爺ちゃんが点てたお茶を出すことだけど、所作の一つ一つをジッとお客さんが見ている中、茶碗ひとつ出すのにも手が震える。

「結構なお手前で・・・」

そう言ったお客さんに修お爺ちゃんは上機嫌で話しかける。

「なんじゃ、茶碗も見らんで桜花ばかり見やるな・・・この子は初心じゃてな」




そう・・・僕の名前は『桜花(おうか)』。そしてこの部屋に入ってきたときから、着物に身を包む修お爺ちゃんの孫のふりをする僕を、上から下までジロジロ観察するあからさまな目に、針の筵の上にいるようだった。男だってばれたらどうしよう。そればかり考えていた。

「いんやぁ、修さん。こりゃ別嬪さんやないか。どこに隠しとったんじゃ」
「桜花(おうか)言うたなぁ。お前さんいくつじゃ」

質問に修お爺ちゃんのほうを見る。お爺ちゃんが頷くのでこれは答えろと言うサインだ。

「十六になります」

緊張のあまり震える声で答えた。

「16言うたら結婚できる年じゃ。のう、修さんや、この娘うちにもらえんかの」
「お前さんとこの跡取りはもう30過ぎじゃろうが、そんな男に桜花はやれん」
「なに、年は関係ないじゃろうが。修さんとこの孫じゃ、大事にするがえ」
「この子は嫁に出す気はないんじゃ」
「なんじゃ?身内にいい相手でもおるんか」

海藤家の血筋に嫁がせるつもりかと話が結婚から離れない。

「そうじゃな・・それならいいかもしれん。のう桜花」

「桜花はお嫁には参りません。ずっとお爺様のおそばにおります」



こう言われたら、こう答える。マニュアルはちゃんと頭に入っている。お爺ちゃんに教えられたとおりの言葉を使い、その後は目線を下げてうつむく。言ってるせりふが恥ずかしくて顔が自然と赤くなる。かゆい・・・無性に言っていることが恥ずかしくてむずがゆい。

清楚で純情可憐な孫娘に、客人はますます嫁に欲しいと口説き始めた。





たった1時間半の茶会も、緊張していた静にはかなり長い時間に感じた。奥座敷に戻り、畳にペタンと座り込みハーーーッと大きなため息を漏らした。

「お疲れ様、静さん」

あゆさんが麦茶を持ってきてくれて、それを一気に飲み干しやっと一心地着く。

「もうやだ〜。すんごい緊張した」
「なにをおっしゃいますか。こんなの序の口ですよ。次回はお茶を点てていただきますからね」



そうなんだ。
お茶会は今日だけではない。



修お爺ちゃんが呼んだ友達は20人近くいる。噂が噂を呼んで、ゴルフに行った人たち以外にも話が広がり、全員と面通しするのにこれから週末の土曜は4連続でお茶会がびっしり入っている。一日を午前と午後に分けてお茶会をする日もあって、今度は僕がお茶を点てる。
20人一度に呼んだほうが緊張するだろうと、配慮してくれた結果だが、回数が多いよりは一度ですんだ方が良かったのに。

ふすまが開いてお客を見送りに行っていた美也さんが入ってくる。

「お客様が絶賛していたわよ。こんな可憐なお嬢さん見たことないって。私も腕を振るったかいがあったわ。ね、あゆ」
「はい、奥様。今度お召しになるお着物も早く着ていただきたいです」
「今度は来週の土曜日よね。楽しみだわ」

1週間なんてあっという間に来るんだろうな。やだなあ、早く終わらないかな・・・でも・・・

「でも・・・僕今週は大丈夫だったけど、来週もってなると鷹兄が・・・」
「あら、それなら大丈夫みたいよ」
「?」

今日はたまたま鷹兄が仕事で会うのが明日になったけど、本当はいつも土曜日なんだよね。来週大丈夫かなと思っていたんだ。

「会長がそのあたりはうまく調整するとおしゃってましたからね」



うまく?
そんなことできるのかなあ?



美也さんはそう言うけど、大丈夫かなと不安を感じながらとにかく無事に一回目のお茶会は終わった。






数日後、週末に昼ご飯を食べる約束をしていた鷹兄から急遽連絡が入った。


「すまない、どうしてもはずせない仕事が入った」


こんな事は珍しい。
時間が遅れることはあっても鷹兄がその日の誘いをキャンセルすることはなかったからだ。先週美也さんが言っていたことを思い出す。じゃあこれはお爺ちゃんの仕業なの?
お茶会のためにそんなことまでするの?
静は急に不安に襲われた。

「・・・・・・・いいよ、気にしなくても。仕事忙しいんでしょう」


ごめんね。


「また来週。連絡する」


ごめんね。鷹兄。


「うん。鷹兄も・・・・あんまり無理しないでね」
「ああ」


プツリ。
電話を切ってベッドに寝ころぶ。フツフツ・・・フツフツ・・・・



嘘を付いた。



フツフツモヤモヤ・・・嫌な気持ちがフツフツと沸き上がってくる。

嘘をつくなって言われているのに。なのに鷹兄の方に「すまない」とか言わせちゃって。



「あーもう!!」



天井に向かって叫んでみる。

なんか、なんか・・・自分が悪いことをしている・・・すごくそんな気持ちになる。鷹兄をだましてるんだ。僕は・・・

もやもやする。でもそれだけじゃない。1人部屋の中で天井を見上げながら心にぽっかり・・・・そう、ぽっかり穴があいたみたい。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さみしい。



「日曜日・・・・・何しようかな・・・」



元々趣味もない。

ぽっかり空いた日曜日。

久しぶりに何もない日。

この間の日曜日に会って、今週は会えなくて。もし来週の日曜日会えたとしても・・・12日間会えないんだ。



12日?
うわー・・・



中学の時は月に1、2回しか会ってなかったけど、高校生になってからは毎週会っていたからか約2週間会わないことがものすごく長く感じた。




「早く、終わらないかな」




嘘を付いてしまったこと。そして鷹耶の急な仕事はきっとお爺ちゃんの差し金であること。
受けてしまったお茶会に、静は初めて心の底から後悔した。

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