不純な動機
「そのね・・・男の人を好きになるって、どんな気持ちなのかなと考えちゃって・・・」
僕の言葉をフンフンと顔を近づけて真剣に?興味ありげに聞いてくれる。こういう話はなんとなく井上なら怒らないで聞いてくれるんじゃないかなと思っていたから。川上は駄目、すぐ怒るし。足立は・・・もっと駄目かな。こういうデリケートな話はあの脳天気には無理だ。
「家族とか友達とかの好きじゃなくて・・・他人なのに、同性を好きになるとかどんな気持ちなんだろうって。その・・・好きだとか・・・一緒にいたいとか、えっと・・・なんでベタベタしたいのかとかさ・・・」
口に出すのも恥ずかしい。顔が紅潮し途中から小声になり井上の目を見て話ができない。やっぱり言うんじゃなかったかな。
「ふ〜ん。それで静ちゃんは、静が好きだってベタベタしてくる相手がいるから今どうしていいか分からなくて、ちょうど声をかけてきた園田を実験体に、男と付き合う気持ちを研究しようと言うわけだ」
“ベタベタしてくる相手・・・“あまりにも的を得た井上の答えにドキリとした。実のところそうなのだ。
「じ・・・実験・・そんなんじゃ」
ベタベタしてくる鷹耶の気持ちが分からずに悩んでいるこの頃。同性が好きってどんな感じなんだろうかと。鷹耶が変わっているだけなんだろうか。他の人も同じように自分を好きとか言うけど、じゃあ告白して自分に何を望んでいるのだろうと考えてしまうのだ。
「静ちゃん、そのベタベタしてくる人ってもしかして・・・・彼氏できたの?」
「へ?」
「その人のこと好きなの?」
「すぅ・・・すきとか・・彼・・ええぇ===??」
心臓がドキマキする。どもりながら答える僕の顔はおそらく真っ赤だ。自分でも熱いのが分かるくらい血が上ってる。
「この夏、彼ができたとか?」
「ち・・・ちがうもん。彼とかじゃないもん」
「じゃあ、そのベタベタな人が好きなのかどうか悩んでるんじゃないの?だから園田の告白断るの曖昧にしたんでしょう」
「・・・・・・・」
・・・そうなのかもしれない。井上の誘導尋問に乗せられて、“彼”らしき“ベタベタな人”の存在をにおわせる発言をしてしまった。
「ねえ、その人とキスとかしちゃった?」
「キ・・・・・・・キ・・・」
その言葉に鷹耶とのキスを思い出してしまう。一瞬の間・・・答えられない僕を見つめる井上。井上の笑みは上品だ。でも目が笑っていないときがある。今がまさにそれだ。
「冗談で言ってみたんだけど・・・・・・・・そう。そうなんだ」
「そう・・・」って、どこまでバレたんだろうか。やっぱり話さなきゃ良かった。
井上は立ち上がり僕の席から離れた。そしてこの会話を聞いていただろう、斜め後ろの席にいた川上に向かって「園田どうする〜」と声をかけそれ以上“ベタベタな彼”については聞いてこなかった。川上も振り向いた僕と一瞬だけ視線が合ったが、やっぱり怒ったような顔をしていてすぐに目をそらされた。
川上と井上はどう思っただろう。
別に鷹耶さんのことがバレた訳ではないけど、自分のちょっとした気持ちの変化を感じ取っているようだった。知られたくないことを見透かされているようで、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。
今年になって、鷹耶さんに好きだと言われた。
それは特別な意味での“好き”
抱きしめられて、
キスもした。
僕の好きと鷹耶さんの好きは違う。
男なのに・・・そんなの関係ないって鷹耶さんは言う。静だから好きだと。
僕は恋愛経験がない。恋とか正直よくわからない。しかも同性とかとんでもない。想像もできない。
そんなときに園田先輩が言った言葉・・・
『経験がないからそんな言葉にも戸惑う。俺と付き合ってみたらいろいろ分かることがあるぞ』
付き合う気持ちはもちろんないけど、じゃあ付き合うってどういうことなのか、どんな気持ちになるのか、鷹耶の言っている“好き”とは本当にありえるのか、他の人も同じことを言ったりしようと考えたりするんだろうか・・・それを確かめてみたかった。
本当に同性の自分に惹かれるなんてありえるのだろうか?自分のどこがいいというのだろうか。一時の気の迷いではないのだろうか。
これは静にとっては実験というよりも探求心のようなものだった。悩んでいるときにちょうど園田が目の前に現れ、告白され、友達からとか言って乗せられはしたものの、意外と穏やかで人のよさそうな園田なら知りたいことを教えてくれるかも・・・と思ってしまったのだ。
本当に考え無しな静である。
園田の言葉に対して「そんな理由で付き合うんですか?」と言った静だが、「探究心」で付き合おうとする静の方がよっぽど動機が不純だ。
まさかそんなことを考えていたとは・・・静の危険な思惑を知った井上と川上はここまでおバカな子だとは・・・と、それを再認識し、自分の身が危ういことも知らず狼の腕に自ら飛び込もうとしている静に頭を痛めた。園田のことにしても、新たに発覚した“ベタな彼”らしき存在にしても、きっと同じように危機感なしで応じているんだろう。この無自覚な子をどうするか、友人達の悩みはまさにそこにあった。
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