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ーYourselfー
第29話『夢』



 懐かしい夢を、見た気がする。







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ー???ー


 小さな建物が、ポツンと1つ。

 気付いた時には既に、僕は見えない床の上に立ち、鳥のアングルから世界を見下ろしていた。すぐ下には、まだ真新しい、白い外観が特徴的な二階建ての建物。周りには木が植えられているが、葉は全て枯れ落ちた後。近くを通る道路に人影は疎らで、物寂しい雰囲気が漂っている。

(ここは……何処だ?)

 建物はこじんまりした造りをしていながらも、屋外に公園らしき遊び場があり、建物の外からも行き来出来るようになっていた。そこでは元気いっぱいな子どもたちが、2・3人の大人と一緒に遊んでいる。追い掛けたり、追い掛けられたり。ボールを投げ、当てっこしたり。女の子数人は縄跳びなんかして、何やら跳ぶ度に枚数を叫んでいる。
 そんな中、意外と人気のないブランコに、小学校低学年くらいの男女2人、並行して座っていた。2人とも背丈は低めで、男の子は、格好を変えれば女の子に早変わり出来そうな、幼い彼らの年ではよく見受けられる中性的な顔立ちをしていて────と言うか、その姿は昔の僕そのままで、目を疑った。ここで、僕はこれが夢だと気付いた。摩訶不思議なアングルにも合点がいく。しかし、まさか、もう写真も残っていない幼少期の姿を見ることになるとは。
 相手の女の子は、僕との関係をはじめ、顔も名前も分からない。彼女の顔も、左胸辺りにある名札も、僕の見下ろす角度から丁度見えない位置にあった。恐らく単なる夢の中だけの存在なのだろう、服装と性別しか明確ではなく、実に曖昧だ。
 しかしそれにしては、不思議と懐かしさが心の奥で渦巻いていた。

 2人からは、会話をしている様子を見受けられなかった。辛うじてつま先を人工芝に着けて、ただブランコを小さく揺らしているだけ。ここだけは静寂な空間で、まるで周りの子どもたちの喧騒が、見えない壁で遮断されているかの様だ。


『あの、ね……×××ちゃん』


 あぁ、聞き覚えがある。大嫌いな、昔の僕の声だ。こんなにも距離は離れているのに、女の子のような声が僕の頭にはっきりと届いた。自分自身の声を第三者の立場で聞くと言うのは、昔撮られたホームビデオを見せられている様な恥ずかしさがある。だが、肝心な彼女の名前だけぽっかりと音の穴が空いていて、それが今はどうしてか、気に掛かって仕方なかった。


『…何?あきなちゃん』


 一呼吸遅れて、鈴がリンと鳴った様な声も届いた。これが恐らく、あの女の子の声だろう。"あきなちゃん"と呼ばれる辺り、どうやらその場かぎりの関係ではない様だ(僕は安易に名前で"ちゃん"付けされることを、昔は今以上に嫌っていた)。つまり、これはただの夢ではなく、僕の昔の記憶…………なのかも知れない。はっきりそう言い切れないのは、この場面に覚えがないからだ。
 視線を2人に戻すと、少年は彼女に顔を向けていた。まるで一大決心をした様な、しかし悲しげな表情だった。
 これは勿論、見下ろしている僕だから解ることだ。


『ぼくら、どこか遠くにつれて行かれるらしいんだ』

『遠くって?』

『わからない。けど、遠いとこだって。おじさんが言ってた』

『…そっか……じゃあ、もう会えないんだね…』

『…………うん』


 鈴の音に、徐々に陰りが見えていく。唐突な別れを告げられて悲しんでいる様だった。そして、そう伝えている僕も、同じく。声が沈んでいく様子がよく解った。


『わたし、がんばる、から…』


 フッ、と、女の子が顔を上げた。今まで顔が見えなかったのが、髪だけあらわになる。
 短く揃えられ、緑と青が混ざった様な、見る者を惹き付ける幻想的な色をした髪。さらり、と靡いて、艶があった。

(あ……知ってる、この感じ)

 今、第三者である僕は、彼女の目の前にいる昔の僕と同じ表情をしていると思う。そして体の奥で、何かがトクンと動いた気がした。
 気がしただけかも知れない。でもそれは、間違いなく初めて感じたものではなかった。



 そしてここで、急に頭に鈍痛が走り、目の前が真っ暗になった。








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-5/18(月) 午後-


『木ノ葉君!起きなさい!』

『…………ん、』


 頭が痛い。何かに殴られたような痛みだ。奥に吸い込まれる感覚に抗って、閉じていた目蓋を開けた。隙間から射す光が眩しい。誰か、目の前に立っている。ピンク色の……女の人……?


『……岳羽………?』

『あらー、まだ夢の中かしら?』


 残念だったわね、と続ける声は、岳羽にしては低めだ。垂れ下がっていた頭を上げて目の前の人物を見ると、さっと血の気と睡魔が引いた。


『…………鳥海先生』

『はい正解。やっと起きたわね。まったく、岳羽さんの夢ばっか見ちゃダメよ?』

『そういうわけでは……』

『ちょっ、木ノ葉君!』


 くすくすと、周りから笑い声が聞こえる。それに混じって、岳羽のお怒りの声も。あぁ、僕は授業中に眠ってしまっていたらしい。しかも、よりによって担任の授業だ。眠りに入った覚えなんてなかったから、きっと瞬きをした僅かな間で夢に落ちたのだろう。
 はぁ、と先生が溜息を吐くのと同時に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。月曜日の現国は、確か一番最後の7時間目だった筈だ。


『木ノ葉君起こしてたら授業終わっちゃったじゃない、もうっ!次はちゃんと起きてなさいよ!』

『……はい』

『このままホームルーム入るけど、今日は特に伝えることはないわ。はい、今日の授業終わり。日直!号令!』


 教卓に戻った先生は、生徒名簿を脇に抱えて今日の日直の号令を待ったが、待てども声がかからない。また眉間にシワをグッと寄せると、再び僕の席まで大股で近づき、右隣で顔を突っ伏してスヤスヤ夢の中の日直に目掛けて、抱えていたそれを躊躇いもなく振り下ろした。







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-放課後-


『ったく、2人揃ってなに寝てんだか』

『イッテ……マジ暴力反対……たんこぶ出来てねぇかな…』

『いい音鳴ってたぞ』

『さかちん、それフォローじゃねーよ……』

『さかちんとか言うな、変なあだ名は友ちーだけで十分だろ』

『俺を巻き込むなって』


 放課後になって一気に騒がしくなったクラスメイトの声に混ざらず、岳羽の言葉とため息が聞こえて耳が痛い。視線も冷たい。しかし全くごもっともなので、何も言い返せなかった。隣では殴られた箇所をさする順平を冷やかしに、友近と留衣が揃ってやってきていた。


『で。順平の夢はどーだっていいけどさ』

『んだと!?』

『お前はどんな夢見てたんだよ、木ノ葉?』


 伊織の反応も無視し、友近は何やらニヤニヤして僕の肩に腕を回してきた。

(……近い)

 息がかかりそうなほど。まつ毛の1本1本を確認でき、友近の瞳に僕の顔が映っているのが見えるほどだ。男でここまで顔を近付けたことがあるのは明以外いない。友近から視線を反らし、顔を遠ざけた。
 が、しかし、反対側からも圧力が。


『そうだな。何せ、岳羽の名前を呼んでた訳だし。普通の夢じゃねーだろ』


 いつの間に回り込んできたのか、右には左の人物と少し似た顔をした咲ヶ本の姿が。従兄弟揃って、興味のあることは同じなのか。思わず、溜息を1つ。


『2人とも離れて。……てか、夢に岳羽は出てきてない』

『”岳羽は”、ということは、他の女の子が出てきたんだな?お?』

『夢に出てくるとか、どんだけ好きなんだよー!ったく、お前もやっぱ高校生だなっ!』

『……はぁ……、もう帰っていい?』

『ちょっと、ホントに私関係ないんだよね?』

『関係ない。あれは……』


 何の夢だったか。
 ……内容を忘れてしまった。

(……ま、夢なんてそんなものか)

 それほど、印象深い内容ではなかったのだろう。


『いつまで近いんだ……』

『お前が話すまで?』

『内容忘れた』

『あーっ、逃げんなよ秋菜、卑怯だぞ』

『? 逃げてない。ここにいるけど……』

『物理的にじゃねーよ……』


 何が面白かったのか、友近は呆れた表情を見せたあと、フッと笑みを浮かべた。連れて咲ヶ本も笑った。
 僕の周りにいる人たちが、笑っている。今まで見たことなかった光景だ。少しずつではあるけれど、この空気に僕は感化されつつある気がする。今みたいに、思わず顔を緩ませてしまいそうになることが時々あるのだ。

 でも僕は、今でも理性の手綱をしっかりと握って、離しているつもりはない。
 グッと歯を食いしばって、体を包もうとしている暖かい空気を振り払い、一線を置く。


『じゃ、帰る』

『まだ話終わってねーって!』

『もう覚えてないから』


 無理やり話を断ち切り、軽いカバンを掴んで逃げるように教室を去った。これ以上、あの空気に触れてはいけない。体が無意識に察知し、動いた結果だった。
 かなり失礼な態度だったろう。追われて怒鳴られたとしても、文句は言えない。でも、騙されて後から傷付くよりは、よっぽどマシだ。

【ペルソナとは、心の力で御座います。多くの方々と絆────"コミュニティ"を築かれる事で、より強くなられるものです】

 ふと、エリザベスに言われた言葉が、心に一言一句突き刺さる。足が止まりそうになる。
 でも、それでも。
 今の僕では、まだ難しい話だ。

 僕は教室に戻ることなく、足早にその場を後にした。







 To be continued....


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