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ーYourselfー
第27話『作戦終了』


【おい、全員無事か!?】

『────…んっ……桐条、先輩……?』


 頭を抱え、身を縮めて来るであろう大きな衝撃に備えていると、その前に、ノイズ混じりの美鶴の声が聞こえた。明は不思議で顔を上げると、その車両内で、みんながそれぞれ身を守っている姿が見受けられた。

(揺れ……てない……?)

 ハッとして窓から外を伺うが、見える景色は一定で、線も飛び交っていない。ただ平然と佇んでいるマンションやビルがそこにはあった。車内の吊革も、先程より揺れ幅は小さい。
 漸く今の状況を把握した。モノレールはもう、動いていなかった。
 すると、座席の手すりに腕を回していた木乃が、突如体を起こし、キョロキョロと忙しなく首を回した。やがて明と目が合う。彼女にしては珍しい表情をしていた。


『…止まった、のか…?』

『止まったみたい……ね』

【岳羽、伊織、秋菜、君たちも無事か?】


 二度目の美鶴からの呼び掛けに、ゆかりや順平もゆっくり身体を起こした。しかし、まだ状況をきちんと把握出来ておらず、辺りを見渡す。


『あれ……止まった…の……?』

『何で、勝手に止まって……』


 そう、そこだ。何故止まったのかが問題なのだ。明は彼女の質問に首を傾ける。この中で電車の操縦経験のある人など、当たり前かも知れないがいないのだから。

(俺達は何もしてねーし……かと言ってあんな速かったのに勝手に止まる訳も……)

 そこまで思考を巡らしたところで、彼の頭の中でその時の様子がフラッシュバックした。そして急に思い出す。そう言えば、直前に秋菜は明とゆかりの腕を解き、操縦席へと駆け込んだのだ。何かをしたとすれば、彼の実の兄以外考えられない。
 明はそこまで思い出し、部屋の方へ、バッと顔を向けた。戸は人工的に蹴破られており、その向こうには操縦機のレバーか何かを掴んだまま、微動だにしていない秋菜の姿が。更にガラスを越えた向こうには、1つ前の車両の最後部が目前まで迫っていた。あとほんの数秒でも遅れていれば。考えただけで寒気がした。
 動かない背中を見ていると、ピクリと一瞬跳ね、やがて秋菜はゆっくりと顔を上げた。すぐ目の前の光景を目の当たりにすると、半歩擦り下がる。

(まだ、手が、震えてる……汗でグッショリだ……)

 目の前の列車を見て、秋菜は先程の瞬間を思い出す。またゾクリと悪寒が走り、血の気がサッと引いた気がする。彼は自分自身の左胸に手を当てると、心臓はまだドクドクと激しく唸っていた。
 ふぅ……、と長めに息を吐いてから操縦席を出ると、ゆかりや順平が驚いた顔で彼をまじまじと見た。まさか彼が止めたなど、思いも寄らなかったからだ。


『秋菜っ!? おま………よくブレーキとか解ったな…』

『木ノ葉君、知ってたの?』

『いや……僕じゃなくて……』


 秋菜は言葉を濁すと、視線を左に反らす。彼らもつられてそちらを見ると、座り込んだまま少し呆けている木乃がそこにあった。4人の視線を感じると、状況を把握して柄にもなく微苦笑する。


『……木乃が、ブレーキのレバーがどれか教えてくれた』

『えっ、木乃が!?』

『てか、どのブレーキかよく解ったね……』

『何で知ってたんだよ……』


 口々に問い詰められる木乃だが、やはりその表情は、何処かいつもと違う。普段なら、でしょでしょ?とでも言って場の空気を暖めるものだ。だが今、目の前の彼女はどうだろう、本人が一番戸惑った様子であり、表情が硬い。秋菜はその反応に違和感を感じた。が、それも束の間。木乃はコロッと表情を一変させて口を開いた。


『いやぁ、急に何かが降りて来て、こっちのレバーだ!って思ったんだよねー。直感ってヤツ?
 あ、これが女の勘か!』

『だから、女の勘はこんな事に働かないから……』

『……ハハ……もー直感だろーが女の勘だろーが何でもいーや………』


 ハァァァ…………。
 長めの溜め息を吐き、順平は床に大の字になり、ゆかりも強張っていた肩をガクッと下ろした。明も、まーそんなことだと思った、と言ってカラカラ笑い、鎌を背中にしまう。全員、差こそはあれど、生死を問われたことでかなり緊張感が高まっていたのだろう、木乃の言葉で一気にそれが抜けた様だ。
 みんなの注意が他に反れる。すると直ぐに、木乃は誰にも見られぬ角度で、またあの表情に戻っていた。眉間にシワが寄り、やはり複雑な顔をしている。何かに納得していない様な、困惑し戸惑っている様な。
 彼女のその様子には、確かに誰も気付かなかった。
 ただ1人、秋菜を除いては。



【フゥ……取り敢えず無事らしいな…。
 今回はバックアップが至らなかった、済まない………私の力不足だ。
 シャドウ反応はもうない。本当によくやってくれた。安心して戻ってくれ】


 それからと言うもの、彼らは扉の開け方が解らず、そもそも影時間なので動く訳がなく、かと言って影時間が明けるのを待つと、銃刀法違反では済まされない程物騒な装備をしている為にそうする訳にもいかず、やむを得ず秋菜が再び戸を蹴破って外に出た。
 操縦席の手動ドアから出れば良かったのにと気付いたのは、最後尾の操縦席を外から目の当たりにした時だった。







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(……まさか、本当に言った通りになるなんて)

 明と順平とゆかりが、緊張感から解放された反動でか和気あいあいと会話を繰り広げている中、木乃は1人、月を眺めながらトボトボと歩いていた。足取りは自然とゆっくりであるため、3人との距離はなかなかあった。話も盛り上がっているから、今なら木乃が何をしても気付かないだろう。

(今の私には、本当に有り難い"力"ではあるけど……代わりに…………)

 ふと木乃は、胸の辺りが熱くなっているのに気付く。一瞬、自分自身の気持ちが体と連動して働いたのかと思ったが、そうではなかった。熱は内側でなく、丁度谷間辺りの表面が、何かしらの物体の熱を直接感じ取っていたのだ。木乃はそれに思い当たりがあり、首に掛けていた紐を後ろから上へ引っ張った。
 シャツから現れたものは、紐の先にくくりつけられた、青く幻想的な光を帯びたアンティークな鍵であった。

(部屋に来いってことかな?
 流石に今は行けないし、明日にしよう)

 今の感情をまるで監視されていたかの様なタイミングで少し奇妙ではあるが、流石長年の付き合いか、と木乃は苦笑する。やがて彼女は紐から手を離し、光と熱を失った鍵を元の位置に戻した。
 それから彼女は一息着いた。


『木乃、』


 此方もまるでタイミングを図ったかの様に、木乃より更に後ろを歩いていた秋菜が彼女と肩を並べた。前方の3人との距離は先程よりも開いており、賑わいも勢いが増した気がする。恐らくこの距離であれだけ騒がしいと、この2人の会話は聞こえないだろうし、そもそも気付かないことだろう。秋菜もそれを狙い、木乃に声を掛けた。
 木乃は取り繕った笑顔で、何もなかった様に見せた。


『秋菜、今日もリーダーお疲れ様。もう大丈夫なの?ゆっくり歩けば?』

『…さっき、何か考えてるみたいだった。何かあった?』

『さっきって?』

『今もそうだったけど……電車の中の、ブレーキのレバーの件』

『え? あ、ヤだなー、そんな変な顔してたかなー?』

『あんな表情、初めて見た。木乃らしくない』

『…………』


 少し声量を上げて、秋菜は木乃に言い寄る。彼の言葉を聞き、頻りに動いていた彼女の口が止まった。引きつった顔も、スッと無表情へ変わっていく。いつもの彼女からは考えられない雰囲気を醸し出していた。

(流石此方も、長い付き合いなだけはあるなー……)

 何とかして悟られない様に身振り手振りも付けたり、話題を反らそうと試みたりしたのだが、却ってそれが仇になっただろうか。やはり普段から慣れていないことをするものじゃないと彼女は今更ながら思う。
 やっぱ秋菜には隠せなかったね、と、木乃は慣れない苦笑いで彼を見た。その様子が彼の瞳には、時間の所為もあるかも知れないが、何とも儚い姿に映った。今はこの表情を、雰囲気を、自分が作らせているのかと、秋菜は胸を痛めた。


『気付かないと思った?』

『まさか。バレバレだよね。自分でも、生涯初めての顔してるって解ったし』

『…………何かあった?』


 秋菜は躊躇いながらも、出来るだけ柔らかい声で、しかし単刀直入に尋ねた。彼は木乃のどんな言葉も受け入れるつもりでいた。が、一向に目を合わせようとしない彼女は、視線を下げたまま首を静かに左右へ振る。


『悪いけど、今は誰にも言えないの。秋菜にも、誰にも』

『…………そうか』

『大丈夫、きっと今日だけだから。心配しないで。
 ……あと、誰にも言わないでね?みんなも変に心配性なんだから』

『……解った、そうする』

『フフ。ありがとう、秋菜』


 彼女らしからぬ笑い方の後、漸く彼と目を合わせる。だが、直ぐに反らしてしまった。木乃の力になりたい、ただそう思っていた秋菜だが、却ってその無垢な瞳が彼女を苦しめた。そうして彼の目には、彼女の苦しむ姿が映り、やはり安易に解ったなどと言うべきじゃなかった、と、木乃が誤魔化そうとすればする程、秋菜は後悔の念が後を経たなかった。
 木乃には意外と頑固な一面がある。しかしそれは、決まって自己犠牲を伴った行動であった。今回の場合、無理矢理聞き出した方が最良ではなかったか。そうして気持ちを吐き出させた方が、木乃自身もっと楽になれたのではないか。考えを巡らせる秋菜だったが、ペルソナの召喚による疲労が予想外に大きく、本当にそれが良案かどうか確信を突くことが出来ない。なら、他に何か掛けられる言葉はないか。しかし、それもまた同じであった。
 彼女の弱々しい笑顔と"ありがとう"が頭から離れない。脳裏にこびり付き、笑顔は一定のまま、言葉がループする。2人の間に会話は生まれず、ただ静かに影時間が明けていくだけであった。







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-in 巌戸台分寮-


『イタタタタ……。今日はご苦労様、本当に…。
 …ゆっくり休んで…』

『『…………』』


 あれから巌戸台駅で美鶴と再会した彼らは、武器を取り敢えず彼女に預け、歩いて寮まで戻った。あのままの格好では、武器を担いだ姿を一般人に見られてしまうからだ。案の定、美鶴に預けて歩き始めようとした瞬間に影時間は明け、間一髪と言う所であった。
 それから約10分後、秋菜たちは漸く寮に帰還し、今日の出来事を、可能な限り詳しく幾月に報告した。幾月と共に報告を受けた真田はその話を聞いた後、ヒヤヒヤさせるな、と声を溢した。
 ただ、報告し終え、腰を擦りながら作戦室へ戻ってく幾月を見ていて疑問に思った事が一点。
 前戦メンバーでなく待機メンバーであった筈の彼が、何故大型シャドウを生死を懸けて討伐してきた彼らよりも、ある意味バテていたのか。
 真田の話に寄ると、シャドウ出現の話を聞いてから寮に向かったらしい。影時間では、勿論交通手段として自動車や電車は使えない。結果的に自転車でこの寮を訪れることになったそうだ。


『そりゃ腰も痛めるよなー……』

『つーかあの人、なかなかな歳だろ?無理すんなよなー』

『ま、ここまで気に掛けてくれてんのは有り難いけどね』

『これがあの人の仕事だからでしょ?』

『あ、そっか』

『もう遅いし、今日は寝よーぜ。俺、風呂の準備して来よっと』

『あ、順平。先女子だから入って来ないでよ?』

『えー、マジかよ……』

『どうせ明日休みだからいい良いでしょ?女子は早く寝ないといけないんだから』

『何だよその差別!』

『いーじゃんいーじゃん!』


 木乃が何もなかったかの様に順平と明と話しながら階段を上がっていく。その後ろを真田が、俺も今日は寝るか、と珍しいことを言いながら後を付いていった。因みに美鶴は既に部屋に戻って報告書をまとめているため、ここにはいない。必然的に、ラウンジには秋菜とゆかりの2人きりになった。


『あ、ねぇ、木ノ葉君』

『……何?』


 自分も部屋に戻るか、と足を動かそうとすると、秋菜は後ろから呼び止められ、その場に留まる。体は背を向けたまま、耳だけゆかりに傾けた。


『その……今日は有り難う。2回目だね、私が助けて貰ったのって…』

『今日は木乃だ。それに…………1回目って、いつ?』

『いつって、4月だよ!4月の、ここがシャドウに襲われた時。木ノ葉君が屋上で、ペルソナ使って助けてくれた。不本意かも、知れないけど…。
 今日だって、指示したのは木乃だったかも知れないけど、実際は木ノ葉君が動いてくれたから……誰も、動けてなかったし。
 だから木ノ葉君、有り難う』


 全く此方を向こうとしない秋菜に、ゆかりは自ら彼の前に移動し、目線を合わせに行った。予想外な行動に、秋菜は反射的に顔を反らす。
 彼自身、助けたつもりなどさらさらなかった。被害が大きくなっては面倒が増えてしまう。だから列車をヤケクソになって止めた。それだけの話なのだ。

(1回目だって、あの場で何故か急に見えた"彼奴"が「死ぬよ?」って言わなければ、僕は召喚器を投げ捨てていた………そして、僕らは死んでいたかも知れない)

 つまり全て、彼が死にたくないと望み、その思いに答えるかの様に救いの手が差しのべられた。そこに、偶々岳羽ゆかりが同伴していた。ただそれだけのことなのだ。秋菜は己に、そう頑なに信じ込ませた。
 しかし同時に、何て冷たいことを思えるのだろうと、自分自身の思考に嘲笑する。この言葉のまま目の前の、本当に心から感謝を意を表す目をした彼女に言えば、この澄んだ瞳はどんなに曇り、淀み、軽蔑の色を表すのだろう。彼は薄く口を開くが、それは戯言通りに動かず、喉から声を発することすら躊躇われた。ゆかりの目を一瞬でも見てしまった秋菜は、そんな事を言う気になれなかったのやも知れない。本心であると言うのに、まるで思考すらも何かに操られているかの様であった。
 それから彼女から逃げるための様に、秋菜は言葉を吐き捨てた。


『疲れてるだろ、岳羽も早く寝た方がいい。
 ………おやすみ』

『あ……───待って木ノ葉く、ん…』


 彼女の横を通り過ぎた時、まだ何か言いたげな様子であったが、敢えてそれを知らぬ振りをして階段を上がった。途中、「お疲れ様、おやすみ」とだけ聞こえたゆかりの言葉は、別の誰かに投げ掛けたものだろうと秋菜は自分に思い込ませた。

 バタンッ

 秋菜は自分の部屋へ戻るなり、少し血で濡れた上着を剥ぐ様に脱ぎ捨てベッドに倒れ込んだ。勢いの弾みで身体が上下に揺れ、空かさず睡魔が彼を襲う。


 ────「お疲れ様、おやすみ」


 ゆかりの最後の言葉が、秋菜の頭の中でぐるぐる巡る。声色まで相違なく。ご丁寧に恐らくしていたと思われる表情まで浮かぶサービス心満載のものだった。

(……他人におやすみとか言われたのは、いつ以来だろうか…)

 家ではずっと1人であった。彼を引き取った親戚は大体共働きで、秋菜はいつも晩ごはんを作り、1人で夜を過ごしていた。朝はすでに仕事へ出掛けたあと。テーブルの上には、育ち盛りの男子にとっては物足りない量の作り置きされた朝ごはんと、僅かな昼食代。休みの日は大体彼自身も外に出掛けていたため、家族と言葉を交わすことは稀で、家に引き取られても半独り暮らし状態であった。
 弧児院にいた頃も、そこにいた他の子供たちとは馬が合わず、大体1人か、明や木乃といただけ。1人の時は、大人も知らない様な場所でひっそりと時間が過ぎるのを待ち、みんなが知らぬ間に就寝していた。自ら会話することを避けていたのだ。
 しかし、この寮に来てからは違った。
 帰ればラウンジに必ず誰かがいる。お帰りと、言葉が秋菜1人の為に向けられる。食事を誰かと共にする機会が増えた。朝食や夕食を作りすぎても困ることがない。そして今日は遂に、就寝前の挨拶までされた。
 しかし、秋菜自身、久し振り過ぎるこれらの感覚に戸惑っていた。もしかすれば自分は騙されているのではないか、そう思う程に。

(騙されるな……これは、僕の気を緩める為の作戦の1つだ。許した所で、僕はきっと裏切られるんだ)

 首を横に振り、枕に顔を突っ込む。頭から、余計な期待をしてしまいそうな考えを消し去ろうとした。

(疲れているから、こんな甘ったるいことを考えるんだ。
 誰にも気を許すな…………、僕には明や木乃がいる。他の人に許す必要など、ない)

 秋菜はその体勢のまま、小さく呟く。何も思うな、期待をするな、と。耳に自分の声が届く度に痛む胸を無視しながら。喉に何かが引っ掛かる気持ちも押し込んだまま。
 そうしていつしか彼は、夢の世界に意識を飛ばした。







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 コポ……


 男はグラスに注がれる紫の液体を見ながら、頬がつり上がるのを堪えられなかった。
 目の前の、REC.を表す赤い光を放つ機械は、レンズを彼に向けている。


『第二の宴は無事終了した………彼らはよくやってくれたよ。
 そして、"救い"までの歯車も、漸く確実に動き始めた様だ。……ククッ、どんなに待ちくたびれたことか!
 彼らも哀れだねぇ……何も知らず、ただ私の手の上で、私の意志に準じて動いているのだから。
 まぁいいさ……こんな絶望の世界も、いつの間にか終わりを告げ、皆、平等に"救い"を受けられる。それまでの辛抱だ。そして、それまで力を尽くしてくれた彼らには、最初に"救い"を与えてやろうではないか。

 ハハハハ……素晴らしい、素晴らしいぞ! もうすぐだ……!


 もうすぐ私が、"皇"になるのだ!』


そう言って男はワインを片手に、甲高い声で笑い、笑い、悦んだ。


『さぁ…────宴は始まったばかりだ』





 そう呟くと、男は狂喜に溺れた。
 ピー、ピー、と充電切れを呼び掛ける機械音は、彼の高笑いに掻き消されたのだった。







 To be continued....


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