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ーYourselfー
第22話『大型シャドウ到来』

-5/9(土) 影時間-



 キュィ……ン

 場は作戦室。
 時は影時間。
 ウェーブの掛かった美しい赤毛の女性は、ふぅ……と息を吐いた後、目の前に置かれた機械の操作を始めた。それは、街出てきてしまったシャドウを、彼女のペルソナを併用しながら探知するものである。彼女────美鶴は、先日寮を襲われて以来毎日、影時間が始まって数分後、決まって作戦室でこれを立ち上げては神経を尖らせていた。


『……フゥ…』


 誰もいない作戦室で1つ、先程より重い溜め息を着く。毎日というのは、僅かながらもやはり疲労が蓄積していく。何せ自分のペルソナの力を、間接的ではあるが借りているのだから。


『…何だ、またやっているのか』


 相変わらず学校指定のブレザーを羽織らない真田は、早く寝ろと遠回しに催促するが、そう言う彼は、タルタロス探索時と寸分変わらない格好をしていた。差こそあれど、やはり前回の事件から慎重になっている。他人の事は言えない様子だ。


『敵はいつ来るとも限らないからな』

『タルタロスの外まで見張ろうなんて、そう簡単に出来るものなのか?』


 そう言って真田は、缶ジュースをその機械の隣に置く。美鶴はそれを手に取って見ると、「モロナミンG」と書かれてあった。彼女にとっては、別に好きでもないが嫌いでもない、ほろ苦い炭酸ジュースだ。寮内にある自動販売機で120円で買える。ありがとう、と一言言ってから美鶴は封を開け、一口喉に流す。口内でパチパチと弾けた程好い痛さを感じ、今は意外と美味しく思えた。
 そして、先程の彼の質問に答える。


『本音を言えば、力不足だな…。私の《ペンテシレア》での情報収集は、この辺りが限界かもしれない。
 …しかし、ペルソナの力と言うのは大分奥が深い。何しろ、1人だけで複数のペルソナを使い分けて戦える者まで現れたくらいだ。"彼"は目覚めて間もないのにも関わらず、本当によくやってくれている』

『あぁ、確かにな。俺もアイツには目を点にして驚かされた。まさかアイツが影時間への適性を持ち、その上優れた能力を持っていたんだからな』

『攻撃面は彼が補ってくれるが……問題は補助面だ。私はバックアップが出来ると言っても、機械を通じてだ。機械が無ければ、バックアップ出来る者がいなくなり、…最悪の場合、タルタロスへの探索が出来なくなってしまう。
 …誰か、そういったペルソナ能力を持った者がいればな…』

『…そうだな』


 美鶴が目を伏せて溜め息を着くと、真田も同じ様に頭の角度を下げる。そしてこの部屋の音を、一時探知機から漏れるノイズだけが流れた。
 しかし、それもそう長くはなかった。

 ピピッ!

 イレギュラーシャドウ探知機が、突如高音を発した。
 これはイレギュラーシャドウを見つけたら自動的に音て合図を出す。つまり今のは、シャドウを街中で見つけたと言うことなのだ。


『……っ、これは、シャドウの反応…!?』

『何、本当に見つけたのか!?』

『でも待て、反応が奇妙だ……大き過ぎる。こんな敵、今までは…───』


 しかし美鶴はそこで言葉を止める。以前にこんな大きい反応があったを思い出したのだ。それは真田も同じであり、2人は同時に目を丸くする。
 つい先日、4月の最初に、自分達が毎晩様子をみようと決めた事件があったばかりではないか。


『先月出たのと同じ、デカいヤツか!?』

『間違いない!明彦、彼等を起こしてくれ!今直ぐに!』

『解っている!』


 既にコントロールデッキに走り寄っていた真田は、作戦室のモニターの機械で各部屋に非常時用の警報を作動させた。

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!







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────



『タルタロスの外で、大型のシャドウの反応が見つかった』


 2年5名が集まるなり、美鶴がいつもより少々荒い声で告げる。秋菜を除いた4名が、時間帯的に細い目を丸くして驚いた。まさか、街中にシャドウが現れるとは思っていなかったのだろう。

(…今日は確か、"アイツ"が言っていた"試練"の日、か……)

 いつものポーカーフェイスで、秋菜は1人、丁度1週間前の出来事を思い出していた。


 あの日は、珍しく勉強に励んだ明に影時間まで付き合った日だ。彼の勉強の出来なさに改めて驚かされたものだから、秋菜はよく覚えていた。そして寝ようとした時、"彼"は現れたのだ。


【やぁ、元気?】

【…勝手に入るなよ…】

【フフフ…。そんな風に言わなくったっていいだろ?僕はいつも君の側にいるんだから…】

【………】


 あまりにも当たり前の様に現れたから、秋菜は少し突っぱねた言い方をしてやった。それでも"彼"はニコニコしていた。


【一週間後は満月だよ、気を付けて…。また一つ、試練がやって来るから】

【……試練……?】

【君が"ヤツら"と出会う事さ】

【…"ヤツら"?(───試練?しかも、また一つ…?"ヤツら"って、……シャドウの事か…?)

【試練と向き合うには準備が必要だ…。でも、時間は無限じゃない。勿論、君なら解ってると思うけどね。
 …じゃ、それが過ぎたらまた会いにくるよ】

【あ……ちょ、おい!】


 聞きたいことは沢山あった。しかし、また一方的に話を打ち切られ、消えてしまった。名前も知らないから、おい、としか呼べない。あの時は、勝手に現れるなら名前だけでも名乗ってほしいものだと思った。
 その後、秋菜はすぐに眠りについたのだった。


 何故今日に事件が起こると解っていたのか………秋菜はあの日から、その事がずっと引っ掛かっていた。

(…いや、試練じゃないかもしれない。本当にただのイレギュラーシャドウかもしれない)

 しかし、それは彼の願望にしか過ぎない。美鶴が最初に大型であると宣言していたことを思い出して、その希望を捨てた。


『詳細は解らないが、先月出た様な大物の可能性が高い。外に出てきた敵は仕留め逃す訳にはいかない。影時間は、大半の者にとって"無い"ものだ。そこで街が壊されたりすれば矛盾が残る。それだけは絶対に避けたい!』

『要は倒しゃいーんでしょ?やってやりますよ!な、秋菜兄!』

『…矛盾を残す訳にはいかない』

『いい心掛けだな、明、秋菜!流石俺と一緒の弧児院だった事はある』

『いや、多分無関係っス』

『今回は俺も出るぞ!』


 そう意気込み、真田は噂では牛革と言われている愛用の手袋を改めて嵌め直す。
 が、しかし。


『明彦はここで理事長を待て。身体を治す方が先だ。足手纏いになる』

『なっ……冗談じゃない!俺も出るぞ!』

『……あのな…』


 ハァ……と重たく息を吐き、美鶴は頭を抱えて呆れた。その姿さえも美しく見えるのは、カーテンの隙間より差す月明かりも関係があるのだろう。


『何だ、その言う事の聞かない子供の仕付けに悩ませられる親の様な顔は』

『例えが細かーい』

『木乃、楽しそうに言わないで…』

『彼らだって戦えるさ。少なくとも、今のお前よりはな。もう実戦を幾度もこなしているんだ。信じてやれ』

『……くそ!』

『任して下さいよ!俺、マジやりますから!』


 鼻息を荒くして、順平は胸を張って主張したが、真田を初めとした殆どの人がそれを冷たい目で見、部屋の中は彼のせいで静まり返った。そんな空気の中で、秋菜がフワァ……と大きな欠伸をする声だけがした。頻繁に、お前は緊張感がないと彼は叱られる傾向にあるのだが、これも一つの要因だと思われる。


『仕方無い…。現場の指揮を頼むぞ、秋菜』

『…………は…』


 欠伸の直後だったからか、驚きのあまりか、秋菜は口を塞がすポカンと開けていた。


『やっぱコイツかよ…』

『え……っと…(またどうして僕が…)

『頼むぞ。出来るな?』


 彼女は赤毛を揺らし、一歩秋菜に詰め寄る。半分命令にも聞き取れる言い方、そして彼らからのオーラ……断れる筈がなかった。かと言って、それだけで折れる彼でもない。嫌なものは嫌だし、そもそも自信がない。簡単に頷けずにいた。


『何をそう考える?君なら大丈夫さ。今までだってそうして来ただろう?』


 彼の前まで近付く美鶴は、少し年齢に合わず大人びた笑顔を見せる。思わず秋菜は彼女の表情に看取れた。こんな表情もするのか、と。


『初探索から2週間、君はリーダーとしてよくやってくれている。自信を持ってくれていい』

『意義無し!』


 眠さも緊張感も全く感じさせない凛とした声で、木乃がいつも通りのはしゃぎっぷりで美鶴の意見に同意する。頭に少し結われている黒髪や、腰に付けられたホルスターが揺れた。


『俺も。秋菜兄だったら絶対イケるって』

『私も意義は無いです』

 木乃に続いて、秋菜の隣にいる明、ゆかりと賛同する。どうやら彼は、多くの人に期待されてる様だ。
 ただ1人を除いては。


『つぅか、もうこのままリーダー固定っぽいな…』

『ま、そーかもね』


 僻む順平に対し、隣にいた木乃が何気に答える。
 それから、各自戦闘の準備をし、2年と美鶴は駅前で落ち合うことにした。







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『…何でだよ…』


 部屋に戻り、順平は召喚器を見つめながら呟く。部屋には、彼以外何者もいない。足元には漫画が散在していた。


『何で、彼奴がリーダーなんだよ………俺なんか、初めてペルソナ召喚しても倒れなかったっつぅの…!

 …畜生………!』


 ギリッ、召喚器を握る手に力が更に加わる。思わずそれを投げたくなった。
 どうしてか、何故よりによって彼奴なのか、彼の脳内はそんな文ばかりが巡る。

 ふと、順平に光が差した。雲に隠れていた月が、顔を出したのだ。今日は満月。緑色の空に、ポカリと浮かんでいた。


(いつも、なーんも感じねぇけど……今日の月は、不気味に見えらぁ…。
 "彼奴"はンな事、ねーんかな…………)



『…………畜生……。


 ……弱ぇな、俺…────』




















 誰かが呟く。

 腕を組みながら呟く。

 独りでに。

 1人だけの部屋で。

 静かに。



『…さぁ、楽しませてくれよ…。
 …今はまだ"宴"の序曲だ…』



 そう、静かに…。

 そう、1人で………。




 To be continued....


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