ーYourselfー
第21話『検査入院』
-4/28(火) 放課後-
初めてのタルタロス探索を終えてから数日が経った。疲労は1日しか残らず、しっかり睡眠をとるだけで回復した。やはり単なる疲労にしか過ぎないようだ。
その後も特に変わった様子はなく、影時間の存在さえ知らずにいれば、あとは普通の高校生活を秋菜は送っていた。授業中は睡魔と奮闘しながらも勉強に明け暮れ、休み時間にはドッと賑わう声を聞く。そして放課後には、再度入部期間を設けていた陸上部で汗を流す。部活動内での友人(と呼ぶのにはまだまだ日が浅いが)も出来た。
今日も7時間授業が終わり、机の中の教科書を片付け始める秋菜。今日の部活のメニューは自主練だけ。まだ入り立てである彼は、強制はしないが出来れば参加するように、とのことだった。特に休む理由もないので部活に行こうと考えていた。
が、その足を順平に止められた。
『秋菜ー、真田サンが検査入院すんの知ってたか?』
『…そうだったのか?』
『私も初耳…』
『へー、知らなかった』
順平の言葉で、周りの席にいたゆかりや明も返答する。全員、聞き覚えがないと言いたげな反応を返した。
『順平ー、まさかガセネタか?』
『いや、マジだぜ。今日からだってよ。んで、2-Eの名簿持って来いって、さっきメールで頼まれてちゃったんだよネ!俺、結構頼られてる?』
『そんなの、帰宅部なら暇だろうって思われて頼んだんじゃない?どーせ』
『お、普通に有り得る』
『そ、そんな事ねぇだろ』
『ハハッ、冗談だって』
『…冗談には聞こえなかったんスけど…。つか秋菜、暇なら一緒に行かね?』
『(E組の名簿……何でだ…?)………僕は部かt『つか強制な!』
(拒否権なしって、横暴な……)
『じゃあ私も行こっかな?丁度部活ないし』
『ハーイッ、私も行く。心配だし』
何故か、他の2人も乗り気になる。明の言う"心配"とは恐らく、名簿を順平に任せられない、と言ったニュアンスが含まれているのだろう。
木乃も呼ぶ?とゆかりは聞いたが、同じ部活である秋菜が無理だろうと代わりに断った。本人に言ったら、自主練だから休んでも問題ないよー!と叫びそうだが、秋菜としては、あまり大人数で行くのに加え、木乃と言うはっちゃけ娘を病院へ連れていくことに気が引けたのだ。
『んじゃ、4人で出発!』
どうしてか少々乗り気な明は、先陣を切って教室を出た。ゆかりは、俺が頼まれたのになー……と独りでに呟く順平の襟元を掴み、引っ張って連れていくことにし、その後を、秋菜は何も言わずただ付いていった。一番最後尾にいた彼が玄関ホールで靴を履き替え終えた頃に、明はE組の名簿を職員室から借りてやって来た。
この際、名簿を生徒に貸し出してもいいのだろうかという質問は、敢えてタブーとした。
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-in 辰巳記念病院-
学校から歩いて10分。ポートアイランド駅からも近い辰巳記念病院に一同は辿り着く。病院独特のアルコールやら薬品やらの匂いが彼らを迎えた。
その中を歩く時、秋菜はいつもより険しい顔をしていた。彼は病院が嫌いだ。この匂いを嗅ぐと幼い頃の記憶を刺激され、後悔が心に溢れ出す。そしてそれは後を経たない。偶に、気を抜くと足が止まりそうになるくらい大きな波が、彼を襲った。その様子が目に映った明は、兄の冷たい手を優しく掴み、導くように連れていった。
3階、303号室。戸の前に立ってネームプレートを確認すると、しっかりと「真田 明彦」と書かれていた。
『……僕はここにいる。大人数だと迷惑になる』
明の手を離し、秋菜は彼らの集まりから一歩退いた。迷惑になる、と言うのは飽くまで口実だ。彼は出来るだけ、入院施設の物だとか様子だとかを見たくないのだ。
『え?あー……おぉ、解った』
イマイチ理由の解らない順平は定まらない返事しかせず、取り敢えず中に入った。ゆかりも彼の顔色を伺うだけで、何も言わない。ただ明だけが全てを悟ったように頷いて、彼らの後に続いた。
秋菜が廊下に残って独り、ふぅ……と長く安堵を含んだ息を吐いていることを、誰も知らない。
『失礼しまーす…』
ゆかりが小さく控え目に一言添えて、中を伺いながら入った。と、次の瞬間、既に中にいた先約と目が合った。
ニット帽を目深に被り、今日は少々夏日であるにも関わらず赤黒い上着を羽織っていた1人の男性が座っていた。彼からの、物理的に痛く感じる程の視線が彼らを貫く。少し寒気を感じた。辺りを見渡すが、そこにネームプレートの本人の姿はなかった。
顔立ち等から推測すると、真田と同じくらいかそれより上の年に思える。その男は大勢で入って来た彼らを、何だ、とでも言わんばかりにギロッと睨む。その間、お互いずっと無言であった。
が、あの……と順平がその張り詰めた空気を壊した。
『ここって、真田サンの病室……じゃなかったりします…?』
『……チッ』
『『……っ!?(し、舌打ち!舌打ちされた!)』』
違う、とか、そうだ、でもなく、彼は舌打ちで返した。この見た目、雰囲気などを目の当たりにしながら舌打ちなんてされると、それを受けた彼らには、もう恐怖しか残らない。順平など、明の後ろに身を潜めるような態勢だ。
『…お前達、どうした。こんな大勢で駆け込んで。廊下には秋菜もいるんだが』
開けっ放しにしていた戸の方からそんな不思議がる声が聞こえ、そちらにハッとなって3人は振り返る。真田がブレザーを担いでいつもの姿で立っていた。
『お、お見舞いに来たんスよ!』
『ただの検査入院と言ったろ?』
怖かったんスよ…!という目をしながら近付いてくる順平を素っ気なくかわし、真田はあの舌打ちをした男に目を向ける。
『…アキ、もういいか』
待ちくたびれたと言いたげな口調で、彼はその場を立ち上がる。一瞬名前を呼ばれたと思った明はその男を見るが、目線が真田に向けられていることで、あぁ違うのか、とすぐに読み取る。
("明彦"だから"アキ"か……ややこしー…)
『あぁ、参考になった』
『ったく……いちいちお前の遊びに付き合ってられっか…』
男は溜め息を着きながら、部屋から去った。しかし出た途端、お前っ…、と大きめな声が響いた。ハッとして中にいる4人は振り返ってみると、外で立って待っていた秋菜とその男が睨み合っているように見えた。
(ま、まさかぶつかってケンカ売られてんのか…!?)
若干慌て出す明。しかし、真田と知り合いだからそんな悪い人ではないのだろうか、と言う可能性も捨てきれず、ただその場で困惑していた。
『……お久し振りです』
『…………あぁ』
『『…………え?』』
普通に言葉を交わしている。人見知りで人間嫌いな秋菜兄が、初対面の人に。
普通に言葉を交わしている。あの強面の人に対して、あの木ノ葉秋菜が。
それぞれ思うことは違ったが、中にいた2年は豆鉄砲を食ったような、信じられないと言いたげな表情を浮かべる。
『俺と彼奴は弧児院が一緒だからな。秋菜も覚えていたんだろう』
何でお前は覚えていない、と言われる明だが、覚えてないものは覚えてないんですと彼は強めの口調で返しておいた。
男は秋菜と少し言葉を交わすと、その場からすぐに立ち去った。
『あ、あの、真田サン……さっきの人はどうしてここにいたんスか?』
『彼奴は俺と同じ年でな、一応月高の生徒だ。
先月から増え出した謎の無気力症……お前等も知ってるだろう?彼奴は偶々患者の何人かを知っててな。話が聞きたくて呼んだ』
『……無気力症患者…』
『ところで順平。頼んだ物は?』
『モチ!持って来たっス』
自慢気に頷き、先輩に秋が取ってきたE組の名簿を手渡した。取ったの明ちゃんじゃん、と冷たく呟くゆかりの言葉を、順平は聞かないことにした。
『悪かったな。これは明日、俺が返しておく』
『それ、何に使うんですか?』
『ちょっと確認したいことがあってな。また直に離すさ』
それから真田は時計を確認すると、先に帰るよう明たちに促す。巌戸台分寮は普通の寮と違って、同年代の男女が一つ屋根の下で生活するものだが、門限はある。特別な理由でもなければ7時以降に帰ると閉め出されてしまう。明たちはこれ以上居座る理由もないので、言われるがままに帰ることにした。廊下に出るとすぐ目の前に、秋菜がイヤフォンをして音楽プレイヤーを弄りながら立っていた。彼らが部屋から出たことに気配で気付いたのか、顔を上げずにイヤフォンを外す。
『……終わったのか?』
『んー、終わった』
『秋菜、お前は挨拶しとかなくていいのか?』
『さっき話した。それに、行ったところで、いつもの通りだろ』
『そりゃそーだけど…』
『……帰ろう。帰れなくなる』
『あ、うん…』
それだけを言うと、秋菜は足早に廊下を歩いていく。明は彼のすぐ隣に追い付いたが、ゆかりと順平は一度顔を見合わせてから、2人より遅れてついていった。
『何だよ彼奴……検査って付いてっけど一応入院なんだし、見舞い来たんだったら顔出しゃいーのによ…』
『木ノ葉くんって、真田先輩にはちょっと冷たいよね。…何かあったのかな?』
どーせいつものヤツだろ、と一言順平が冷たい声で言うと、それから2人の会話にはさっきの内容が話題に上がらなくなった。ゆかりはその少しトゲのある言い方に賛同出来なかったのだが、かと言って自分でも形容し難かったので、今は取り敢えず順平の言葉に何も言わないことにした。
その頃、先を歩いていた秋菜たちは、早足だったこともあり、既に病院の外に出ていた。秋菜は出た瞬間、大きく長く息を吐く。
『はぁぁ……』
『……秋菜兄、大丈夫か?』
少し空を見て、秋菜は音楽プレイヤーを弄り始めた。と、イヤフォンをまた耳に掛ける。それから彼は小さく、先に帰る、とだけ言った。
『…一緒に帰んねーの?』
『気分が悪くなったとでも言ってて』
彼にしては珍しく、答えにならない返事をする。口数が少なく、ボキャブラリーもあまりない(と思われる)秋菜ではあるが、必要最低限の言葉のキャッチボールはする人間なのだ。そんな彼が、あんな返答をするなんて。明は少し目を丸くする。
『…やっぱりダメなんだ』
『え?』
それだけ言うと、まだ持っていた左のイヤフォンを付け、外との音の世界をシャットアウトした。明が少し大きめの声で呼んでも、彼は何の反応をしなかった。いつもは、無言ながらも振り向いてくれるのに。
(まぁ……ホントは聞こえてんだろーけど…)
それ以上、彼は何もしなかった。長年連れ添ってきた兄弟だから、何も言わなくても通じるものがある。明はそれを感じ取り、今は兄の小さな背中を追わなかった。
ただ、今病院から出てきた2人にどう説明しようか、あらゆる言葉を頭の中でグルグルと探し始める明であった。
To be continued....
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