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ーYourselfー
第20話『"影"の住民から"影"の客人へ』

『やぁ、こんばんは』


 もうすぐ影時間が明けるとき、そう言うウイスパーボイスが聞こえた。秋菜が部屋の電気を付けず、タルタロスから帰ってそのままベッドへダイビングしたほんの数秒後の事だ。いつもより疲労が溜まっている所為でその僅かな間で夢の中に入れそうだったのに、その直前で現へ引っ張られ意識を戻された彼は、心底機嫌が悪そうな表情を浮かべた。平時は無表情だと言うのに。好きな事を邪魔されるとは、恐ろしいものだ。

(…誰だよ………人が疲れ切ってるって言うのに……)

 先程までシャドウと戦わされて疲れているのに。それでなくても早く寝たいのに。秋菜は心の中で愚痴を溢す。
 重い目蓋をソロリと開かせて声がした方へ顔を向けると、ボンヤリとする視界に、まだ顔立ちも幼い小柄な"少年"が、囚人服姿でベッドの脇に腰掛けていた。秋菜の細い目が大きく開く。彼の眠気は一気に吹き飛んだ。

(……コイツ、引っ越してきた夜に見た…)


『フフフッ…』


 "少年"は秋菜と目が合うと、何故か少し楽しそうに笑う。目を丸くして自分自身を見ている彼を見つめながら、不気味に。それは彼を不安にさせた。


『……"君"は…』


 恐れを知らない今の秋菜は、体を起こしながら、得体の知れないその"少年"に躊躇無く問い掛ける。


『前にも会った筈だよ。そしてこう言った……"僕"はいつだって君の傍にいるよ、ってね』


(傍にいるって…………ストーカーかよ…)

 名も身の内も知れない子供にストーカーされる高校男児など、この世で何人存在しているのだろう。
 笑顔を装ったまま、"少年"は彼の心情などお構い無しに、話題を変えて話を続ける。


『それより、とうとう"力"を手に入れたみたいだね。それも、ちょっと変わった"力"みたいだ』

("力"………《オルフェウス》の事か…?)

『何にでも変われるけど、何にも属さない"力"…。それはやがて、"切り札"にもなる。"君"の在り方次第でね』

『"僕"の…在り方次第……?』


 《オルフェウス》を初めて召喚した時、暫くすると急に暴走を始め、遂には奇妙な"死神"が、"それ"を引き裂き内より現れた。
 今日は出てこなかったが……あれが切り札になると言うのか。

(…あの時は頭が痛くて、記憶が少し曖昧だけど……確かに"シャドウ"と戦っていた。……"あれ"もペルソナなのか…?
 そもそも、コイツが言っている"力"ってのも、ペルソナで合ってるのか…?)

 もし仮にそうだとしても、疑問が残る。直接居合わせていなく、そもそもこの寮の住民ではないらしいこの"子供"が、何故ペルソナを知っているのか。


『そうだ、言っておくよ』


 "少年"はやや躊躇い、やがてこう告げた。


『───もうすぐ…"終わり"がやってくる』

『…え……』


(…"終わり"…だ……?)

 彼は自身の耳を疑う。物事を鵜のままにしない目を、無意識にその"少年"に向けた。恐らく、自分でも気付かずに怖がっているのだろう。
 その"終わり"とやらに。


『この世界の……と言うよりも、"全ての終わり"と言った方がいいかな。…とは言っても、実は僕もハッキリ解らないんだけどね…』


("全ての…終わり"…。
 という事は、もしかして死ぬと言う事か……?)

 あまりの驚きで、彼はピクリと動けずにいた。頭の中も真っ白で、何が何だか解らない。状況を把握仕切れない。そんな彼の様子を察したのか、"少年"は表情を最初の笑顔に戻し、話を全く別の物に変えた。


『…そうだ、初めて会った時の事覚えてる?』


 ハッと我に返る秋菜は、声には出せないものの、取り敢えず頷く。まだ戸惑いが自分でも解る程はっきりしている。


『その時言った通り、交わした約束はちゃんと果たしてもらうよ。…僕は、いつでも君を見ている。例え、君が僕を忘れててもね…』


 トンッ、"少年"がブラブラと揺らしていた足を床に着けた。ゆっくり彼に身体を向けると、それじゃ……と言って手を振る。みるみる内に妙に光る月明かりに照らされながら、闇夜に溶け込む様に消えていった。
 彼はそんな"少年"を、何も言わず、ただ呆然と見ていた。



【一応"契約"だからね】

【もうすぐ…"終わり"がやってくる】

【"僕"はいつだって君の傍にいるよ…】



 "少年"が語る事、そして彼自身………全てが謎として形が成されていた。

(……でも、"どうでもいい"か…)

 どうせ自分には関係無い事で。関係あるのは、自分がこの寮を追い出されて、その後。
 深く追求せず、感傷せず、ただ聞くだけ。自分には関係無い、全く関係無い。関係あるのは、自分以外の"力"を持つ者。自分じゃない。
 "終わり"だって、どうせデタラメだ。子供の単なる暇潰し。鵜呑みにするだけ無駄だ。
 秋菜は本気でそう思っていた。そして何も心配する事もなく、本能に身を委ね、深い眠りについた。影時間が明けても、聴こえるのは、犬の遠吠えと彼の心地好さそうな寝息だけだ。




 To be continued....



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