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ーYourselfー
第17話『巣窟の住民共』

 ギィィ……

 重々しい扉を、男3人係りで開けた。一歩中に踏み込むと、そこは薄暗い迷路だった。半径3m以上は暗過ぎて何も見えない。物理的な"一寸先は闇"とは、まさにこの状況を差すのだろう。見上げても天井は無い。逆さまになった床や床の"下"が続いているだけだ。その奥にはまた角度の違う道が続き、それに重なって異なった角度の道が………と、終わりが無い。まさしく捻りくねった空間。迷えば一巻の終わりだ。
 至る所に広がる血溜まりは、何とも不気味な臙脂(エンジ)色をしている。此処を漂う空気も少しピリピリした緊張感が混ざっており、そして冷たい。同じタルタロス内でも、エントランスとは大違いだ。木乃を除いた4人は、感じた事の無い場の雰囲気に圧倒され、武器と共に汗を握る。

 ……バタンッ

 入口の扉が音を立てて閉まった。音も無く真っ黒な壁とじわじわと同化していくと、やがて消えた。これで彼等は直接彼方へ戻る方法を失う。ここから引き返すのは、もう不可能だ。


『いよいよこっから本番か…』

『何か、直ぐ迷いそう…』

『そぉゆー時は、右手を壁に当てて行けばいいんだよ!この間テレビで見た!』

『それってガゼに近ぇし…直ぐに奴等に先制されるだろ』

『明ちゃん、常識に囚われちゃ駄目だよ!』

『"だよ!"って…』


 既に手の中にショットガンを構えている木乃は、明に飽きられながらも、ニコーっと笑いながら少し秋菜の前を歩いた。あっ、宝箱発見ー♪と走っていく彼女の姿は、いつもの日常と丸ッ切り変化が見られない。緊張感皆無なのは、不気味なタルタロス内部であろうと継続中だ。


『つか木乃、勝手に行くなってー!』

『大丈夫!ほら、見えるでしょー?』


 宝箱の前でしゃがみながら、彼女は身体を半分此方に向けた。そして又も笑顔。で、その状態で手をブンブンと横に振った。確かに見えなくもないが、かと言ってはっきり見える訳でもない、一番解りにくい距離だ。ほら、何とも無かったでしょ?そう言いながら彼女は秋菜達の元へ戻り、彼に宝箱からの入手物を手渡す。鮮やかな緑色をしたサラサラな砂だ。


【それは"スナフソウル"だ。ペルソナで攻撃・補助魔法を使う為に消費する、SPを回復するものだ】

『えっ……先輩!?』


 耳に装着した小型通信機を通じ、ノイズ混じりの美鶴の声が、彼等其々の耳に届く。彼女は話を続ける。


【ここからは私が声でバックアップする。覚えておいてくれ】

『中の様子が解るんですか?』

【あぁ、私の"ペルソナの特性"でな】

『内部が見える……透けて………つぅ事はあの"袋綴じ"も『はいアホは帰れー』


 つか、"透けて"とは言ってねぇし。木乃の突っ込み(?)に、明は順平を見ず冷たい目で付け加えた。


【実はタルタロスは、中の構造が日によって変わってしまう。私もそちらに加わりたい所だが、外からのサポートが不可欠なんだ】

『うわっ、益々迷いそう…』

『ダァから右手を…』

『それもういいって』

『……日替わりタルタロス…』

『………秋菜兄、ちっせー声で何か言った?』


 彼の素朴な疑問に秋菜は、何の事だ、と惚けてみせる。しかしその行動は、今まで約18年間の殆どを共に過ごしてきた弟にとって、偽りであると自ら自白している様でしかなかった。


【ところで、今君等がいる場所は、既にいつ敵が出てきてもおかしくない。敵のレベルは低い筈だが、注意して進めよ。
 "習うより慣れろ"、だ】

『うっす!』

『了解でっす!』


 メンバーの半数が緊張感を漂わせながら返事した中、1人だけは違った。


『……何か勝手だなー…』


 秋菜の直ぐ左に立っていたゆかりから、確かに彼女の声でその様な呟きが聞こえた。







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 暫く道程に沿って進んだ。シャドウは、まだ一体も姿を現れない。何処に隠れているのやら、ずっと己の行方を眩ませていた。それも、美鶴が不安を感じる程長く。
 何も変化がないものだから、流石に様子が変だと感じた一行。美鶴との通信を計らおうと、秋菜は足を止めた。自然と他の4人の足も止まる。と、伸びをしている明に順平が小さい声で話し掛けた。


『おい、明。アッコに階段あるぜ?』

『ヘッ?………そだな』


 微かに見える階段を、順平は指差す。明はその先をチラッと見ただけで、適当に返答してそちらに背中を向けた。何だそれだけか、明はそう思った。しかし、順平がもう一言、先程より小さい声で彼に耳打ちすると、お互い顔を見合わせてニッと笑った。
 そして2人は、秋菜ら3人の目を盗み、階段の方へ俊足忍び足で近付いていった。
 階段の部屋に入った2人は、その後戻ってくる事は無く、姿を廊下へ現さなかった。

 ……その頃、美鶴と無線が通じた秋菜等は、取り敢えずそのまま進めと指示を受けていた。それを了承し、通信を切ろうとすると、それを美鶴が待ったを掛けて阻止し、話を付け加える。


【──近くに階段があるが、確認出来るか?階段は、上の階層に進む唯一の手段だ。今日は先の領域の探索は許可出来ないが、頭の片隅には入れておいてくれ】

『解りました。行こう!───……って、あれっ?順平と明ちゃんは?』

『え……さっきまでいた…けど……』

『いない…?』

【あの2人…!いいか、3人はジッとしているんだぞ!】


 ブツッ、大きな音が一瞬聴こえた。もう通信機からはノイズしか聴こえない。恐らく、向こうが急速に通信を切ったのだろう。


『…彼奴ら、早速何やってんだか……』


 手を腰に当て、フゥッと溜め息を着くゆかり。一度、矢を篭にしまった。秋菜も剣を鞘に収めるが、1人、木乃だけはまだショットガンを持ち、体勢を心持ち低くしている。
 彼が声を掛ける直前、彼女が先に声を張り上げる。


臨戦態勢だよっ!!


 ジャッ、と、ハンマーを下ろされ弾が装填された音が響く。木乃の持つショットガンの銃口の先には、吸い込まれそうな程黒い、地に這って蠢く物体。


 ……"シャドウ"だ。

 それも、4体。


 ヤツらは足を止めていた彼等を囲み、身動き出来ない様にしていた。


『スライム形……階層も低いし、レベルは低いだろうね』


 ダンッ!

 発砲音が響いた。空薬莢が弾き出され、遅れて火薬の臭いが鼻につく。木乃がヤツらに向かって撃ったのだ。銃弾がヤツらより手前に転がっている事から、恐らく威嚇射撃だろう。しかし、ヤツらが彼女等に迫るスピードは変わらない。すると、ショットガンは召喚器に持ち換えられた。


『召喚器…』

『……ん〜、やっぱ召喚器見て怯えないよね〜…』

『怯えるワケないじゃん…』

『そうなの?以前、私がイレギュラーのシャドウ狩ってた時は、さっきのショットガン見せたらピューッて逃げてたよ?』

『……何やって来たんだ…』

『いや〜、これと似た銃が榴散弾専用のヤツでさ〜。それで暴れた結果』


 やっちまったぜ☆

 語尾にご丁寧に星まで付けて、木乃は頭を掻きながら顔を此方に向けると、ニカッと笑ってそう言った。
 これがいつもの木乃ペース。場所が何処だろうと、状況がどんなに自分の性格と掛け離れたものだろうと関係無い。これが彼女の短所であり、見方を変えれば長所ともなる。
 流石は秋菜、長年一緒にいる事でこれには慣れている様子、溜め息一つで視線をヤツらに向けた。一方、彼女に未だ不慣れであるゆかりは、彼女を見て動揺している。

(強行突破…は無理だ……全員戦闘は初めてで、レベルも低い。相手がどんなヤツかも解らないし……無茶に逃るのは自殺行為に等しい。
 勿論、何もしなかったら殺られる………だったら…)


『…取り敢えず、先輩を待つのは無理だ……戦う』

『秋菜は既に戦闘経験者で、ゆかりは初戦…。じゃあ、私達はペルソナデビューって訳だ』

『え……ペルソナ使うの?』

『多分ね!てかゆかり、今更何弱気なってんの?』

『別に、弱気になんか…!』

『ウーソ、手、震えてるし』

『……ッ!』


 木乃はゆかりの恐怖を指摘し、いつもの笑顔のまま彼女の腕を掴んだ。実際に触れないと解らないくらい、小さな震えだ。恐らく本人が力を加え、震えを出来る限り抑えているのだろう。後に木乃は、彼女に睨まれたためにまた笑いながら手を離した。が、彼女の震えは収まった訳ではない。むしろ反対だ。


『……ゆかり、召喚怖いなら無理だよ』


 木乃の冷たい声が、ゆかりの上より浴びせられる。しかし、表情はそのままだ。ゆかりの背中を悪寒が走る。


『今は[ディア]しかないから必要な場面はまだ少ないけど、攻撃魔法覚えても使えないなら、付いてくる必要はない』

『…じゃあ、木乃は出来るの…?怖くないの?』

『私?私は───』

 ガンッ!

 木乃の返答を遮り、召喚器が使われた音がした。2人は弾かれた様に、音のした方を同時に見ると、そちらには竪琴を抱えた人型の半透明な像と、青く半透明なステンドグラスの様な破片と、秋菜の後ろ姿。彼の右手には、銀色に光る召喚器。


『《オルフェウス》!』


 そして彼は、彼の"ペルソナ"の名を叫んだ。
 竪琴はヤツらに向かって勢いよく振り下ろされる。鈍い音と共に、ヤツらの内の1体の態勢が崩れた。しかし消滅はせず、健在である事実に、秋菜は少し苦い顔をする。


『秋菜、私も参戦するよ!
 とにかく、戦(ヤ)って殺(ヤ)れだもんね!』

 ガンッ!

『《アプサラス》!』


 破片が成した像は、透き通ったスカーフを纏った、美しい人型のペルソナだ。それは空中を華麗に舞い、手を前に差し伸べた。と、先程《オルフェウス》が攻撃したシャドウに、細かな氷の粒が幾つも集まり、やがてそれは一気に弾け散った。[ブフ]と言う、最も威力の低い氷結属性の魔法攻撃だ。
 この2種類の攻撃を喰らっても、ヤツは消滅しなかった。まだ持ち堪えている。


『初戦にしては容赦ないわね〜……鬱陶しい』

『…まだ僕らもレベル低いし、人数も少ないからな……そう簡単にはいかない』

『まぁそーなんだけどー…』


 ──ミシッ


『木乃ッ、み───!』


 ほんの一瞬静まった空間に、シャドウが動く僅かな音を聞いたゆかりは、ヤツに一番近い彼女へ咄嗟に叫んだ。"木乃、右から来るよ!"と、彼女は叫びたかった。しかし、それは出来なかった。彼女より速くヤツの行動を察知していた木乃は、軽やかにバックステップを踏み、攻撃を見事避けてみせる。そして銃声。


『ふぅ、……んで、どったの?ゆかり』

『あ……いや、何でも……』


 少し自分との差を見せ付けられた様に感じたゆかりは、遣る瀬無い思いで一杯になる。この中で1人、取り残された気分に陥った。

(2人共、戦闘経験があって……私には、何も…。
 ここから弓を引いたって2人に当たるかもだし、かと言って近付いたら引いてる間にヤられる……)

 ゆかりはどうしたら良いのか解らなかった。


『岳羽、行け!』


 突如、秋菜が彼女に向かって叫んだ。


『いっ、行くって何処に!?』

『明や、順平のトコ…!2人共、回復スキル無い…!』

『で、でも、何処にいるかなんて…』


 美鶴がナビとしていない今、彼等がどの階にいるかなど、解ったものじゃない。出会せない可能性の方が、出会える可能性より何十倍も高い。

(…でも、私しか出来ない…!)


『2人共、気を付けてね!』

『ゆかりもね!』


 もう一度矢を篭から取り出し、ゆかりは階段へ向かって走った。



【明や、順平のトコ…!2人共、回復スキル無い…!】



 階段を上がりながら、ゆかりは、先程切羽詰まりながら叫んだ秋菜の言葉を思い出していた。
 彼が初めて、"順平"と呼んだ瞬間だ。
 雰囲気や見た目、学校での振舞い……そう何十日も彼を見た訳では無いのだが、これらから考えても、彼は焦ったり追い詰められる事で雰囲気が変わる様には見えないと、ゆかりは独りでに予測を立てていた。しかし、実際は違った。かなり焦っていた。実の弟が関わってるから……て理由からかも知れないが、それでも予想外だった。

 "彼が"順平"と呼ぶ事を我慢していた事実にも"。

 人間、焦って我を失い掛ける時に本性を現す、何かの本で読んだ事がある。
 つまり、秋菜は無理をして順平を"伊織"と呼んでいた事になる。

(…何で"順平"って呼ばなかったのかな…?本人は呼べってるのに)

 彼なりの理由があるのだろうが、ゆかりにはそれが一体何なのか、見当も付かなかった。

 …考えても仕方がない。取り敢えず、今は順平達を見つけ出して援護する事に専念しよう。ゆかりは頭を切り替え、グッと弓矢を構え、3階の単独探索を開始した。




 To be continued....




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