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ーYourselfー
第13話『特別課外活動部』

-夜-


 寮に戻ってから、秋菜は鞄を置くのも忘れ、言われた通り4階に上がった。徐々に見えてくるそのフロアに部屋は1つしかなく、その部屋の前には見慣れた人影。


『あっ、来た来た』


 彼をここに呼んだ張本人、ピンクのカーディガンを着た岳羽ゆかりが、部屋の戸のノブを掴んで立っていた。彼女は手招きをし、戸を開けて彼を部屋の中に案内した。


 ガチャ…


 既に中にいたのは、ローテーブルの奥にあるシングルソファーに座っている幾月、両サイドの赤い丸椅子に、美鶴が右側、左側に真田。そして彼等の手前には、秋原木乃と、本日月光館学園高等部の2年F組に転入してきた木ノ葉明。彼女ら2人の姿を見て、入ってきた秋菜たちは目を丸くする。


『……あれ…木乃…と、明まで……』


 この部屋に来いと言われたのは、飽くまで公には出来ない話をするからであって。無関係者が立ち入る事は固く禁じられている。つまり、だ。今から話す事柄は、木乃達にも関係があると言う事だ。ゆかりは声に出さずそう思う。

("あれ"の"関係者"だったなんて……"だからここに転入して来た"だなんて…───!)

 そもそも、この秋菜の妹もここの寮に住む事になっているなんて事実、ゆかりも兄である秋菜ですら知らなかったのだ。2人とも驚いて道理だ。


『えっ、秋菜兄!?同じ寮だったのか!?つか、何でこの部屋に!?』

『ヤッホー、秋菜!』


 明は、秋菜がこの寮に明がいる事を知らなかった様に、彼女もまた秋菜がこの寮にいる事を知らなかった様だ。打って変わって、木乃はいつも通りの緊張感皆無な様子で。ニコニコと笑顔を浮かべながら彼に軽く手を振っている。ただし彼女らは、今から話される事柄は知っている様子。つまり、未だ呼ばれた理由を知らないのは、秋菜だけだ。


『桐条先輩、どういう事ですか!?秋原さんはここに来たからまさかとは思いましたけど、木ノ葉さんまでって…!』

『彼女らも、今夜の話を聞いてもらう為に呼ばせてもらった。…何か不屈か?』

『いや、そぉゆー訳じゃないんですけど…』


 ゆかりの質問に、美鶴はさも当たり前に答える。確かにそうかも知れないが、内容が内容だ。それなのにここまで普通に返答されると、それはそれで不思議だ。まるで"非常識"が既に"常識"扱いされているみたいで。


『てか、岳羽ちゃんも木乃でいいよ。堅苦しいでしょー?同い年の同性なのに』

『取り敢えず、』


 木乃がニコヤかに、軽い様子でゆかりに声を掛けた直後、桐条先輩がパンパンと手を鳴らして話を割る。2年生4名の視線が、同時に彼女へと移った。


『立ち話もなんだ、先ず椅子に掛けろ。重要な話があるんだ』







────────────
────────
────



 幾月が秋菜に真田の紹介を簡略して終わらせると、さて……、彼が再び口を開く。


『いきなりでアレなんだけど…実は1日は24時間じゃない!…何て言ったら、君達は信じるかい?』

『…………?
 (…24時間じゃない……そんな事、普通は有り得ないけど、"あの時間"なら……)

『君達はそれを実際に体験している。木ノ葉……お前は既に感付いてはいるようだが』

『…………初めてここに来たとき、……変なヤツと戦った時の』

『あぁ、その時間のことだ。
 秋原、木ノ葉。初めて私たちがあった時のことを覚えているか?』

『はい。と言うか、私たち2人は昔から24時間じゃないって知ってました』

『『っ!?』』

『本当か!?』

『ホントですよ、明彦さん。ね、明ちゃん』

『……明も、知ってたのか』

『まぁ、秋菜兄と分かれてから……な』

『最初の方は記憶曖昧になったりしましたけど、今はもうそんなこともありません。なので、お会いした時のこともしっかり覚えてます』

『てか木ノ葉さんと秋原さん、夜に来たの?』

『そうだよ。それに呼び捨てでいーんだってば』

『でも昨日、夕方頃に来てたけど…』

『あれは美鶴さんが、帰る前に病院へこの寮の子の様子を見に行く子がいるって仰有ったから、じゃあ門で待っとこーって思って』

『…だから門のトコにいたのね、昨日…。結構噂になってたから。門の前にいる女は誰の彼女だー、とか』

『ハハハッ。結果、ゆかりの彼女だったワケだ〜』

『ハァ!?………洒落だよね』

『当たり前じゃん。私は純情だから』

『てか、何であの時私が同じ寮の人って解ったの?』

『ん〜……強いて言うならそーね…女の勘ってヤツ?』

『…そんなトコではたらかないでしょ…』


 木乃とゆかりはかなり話が脱線してしまっているが、どうやら明と木乃の2人は一昨日、例の"あの時間"にこの街へやって来たそうだ。そこで、美鶴達と出会した、と。恐らく、先日の様な"イレギュラー"が現れていないか、美鶴は街を巡回していたのだろう。あの時、2人は共に行動していたとすれば、彼女らが美鶴と会えたのは凄く幸運だとゆかりは思った。何せ、この街は広い上、"その時間"は暗いから擦れ違わないとお互いの姿を確認しにくい程視界が悪いのだから。
 コホンッ、と美鶴が小さく咳払いすると、話し続けていた2人がピタリと声を止め、引き吊った笑みを浮かべた。今の動作から美鶴の心情を読み取ったのだろう。そうして再び静かになった部屋内に、彼女の声が静かに響き始める。



『あれは"影時間"。1日と1日の狭間にある、"隠された時間"だ』



 腕を組んで黙っていた幾月が、眼鏡を人差し指で押し上げながら、美鶴の説明に付け加える。


『"隠された"と言うよりも…"知り様が無いもの"って言った方が解りやすいかな?でも影時間は、毎晩"深夜0時"になると必ずやってくる。
 今夜も、そしてこの先もね…』

『『…………』』


 非現実的過ぎて、何も言えない秋菜。何たって、今までそんな時間があるとは知らず、それでいてずっと"普通に"生活していたのだから。突然、それもいとも簡単に、自分達が"普通の人間"であることを否定され、更には自分たちが日本語を喋るように"普通でない事"を話されて。いまいち話を呑み込めないし、簡単に鵜呑みにも出来ない。経験だって、それを知った上で体験した訳でもないから、特にピンと来ない。完全に呆気に取られていた。明も存在は知っていたものの、いまいちまだ受け入れられていない。そんな中、木乃だけは違う反応を示していた。いつも通りの表情、何も疑わず、物事を全て知り尽くしている様なはっきりとした眼差し。"普通でない事"を"普通"として捉えている様な目をしていた。
 そう、全てを受け入れている、強い"目"。

(…まるで、先輩達みたいな目……木乃は、最初から"全て"知ってたのか…?)

 彼女を横目で見た秋菜は、心の中でそう思っていた。そして、相変わらず環境に慣れるのは早いなと、改めて木乃に敬意を抱く。
 少なからず、"普通でない事"から目を背けず、恐れもせず、正面から向き合える強さが彼女にはある。彼の瞳に映っている彼女の姿は、自分が憧れている人物像そのものだ。
 ふと視線を木乃から外すと、話し手が幾月から真田に変わっていた。彼の表情は何処か楽し気で、白い歯が口から覗いており、興奮からだろうか、彼はその場で立っていた。


『お前等も見ただろ、あの"怪物"を!俺達はあれを"シャドウ"と呼んでいる。
 シャドウは影時間だけに現れ、そこに生身でいる者を襲う。だから俺達でシャドウを倒す!…どうだ、面白いと思わないか?』


 ドンッ!


 真田の熱演終了直後、木乃が急に握り締めた拳で机を叩きながら、顔を伏せたまま立ち上がった。彼女の口から出された声は、何処と無く震えている。
 つい先程まで相槌を打ちながら話を聞いていたようには到底思えない……かなりの違いようだった。


『…貴方は、シャドウを倒す事を楽しんでるんですか…?…ふざけないでぅっ!』

『はーいはーい、木乃、お座りな、おーすーわーりっ!理事長、先輩、お構い無く!』

『…あ、あぁ……』

『木乃、落ち着け』

『………っ…』


 彼女が最後まで言い切るのを待たず、明は態とデカイ声を上げ、秋菜は彼女の口を慌てて塞ぎ、それ以上の進行を抑えた。口を押さえられれば後はどうする事も出来ず、かと言って彼らにも捩じ込むのは八つ当たりだ。そう思い、木乃は彼に腕を引っ張られるまま、無言で座った。
 2人は冷や汗を掻いた。初対面であろうと誰であろうと、真正面から対抗しようとする彼女に。寿命が何年縮んだか。この生涯で寿命が縮んだ年数なら、誰にも負けない気がした。そう考えながら、彼らも再び腰を下ろす。
 ただ、考えれば考える程、彼女が腹を立てた理由に明は頷けた。緊張感を人一倍持ち備えていない木乃は、その代わりかの様に正義感は人一倍強い。"この戦い"に油断は禁物だ。ほんの少しの油断が"多くの無関係者の命を奪う"。それを木乃は、痛く強く噛み締めていた。だからこそ、戦いを自分の為だけだったり、楽しいだろう?と討伐を娯楽だと言われたりすると、ついカッと来てしまうのだ。


『……明彦、少しは考えてものを言え』


 彼らが座る間、溜め息を交えた声で美鶴は独り言の様に呟く。相手にも恐らく聞こえていないだろう。彼女の呟きが消えると、眼鏡と自棄に広いデコを光らせながら、幾月は胸と声を張った。


『…では結論を言おう。
 我々は、「特別課外活動部」。表向きは部活ってなってはいるけど、実際は"シャドウ"───人類の最大の敵を倒す為の、選ばれた集団なんだ。部長は桐条君。僕は顧問をしている』

『秋原はもう知っている様だが、シャドウは精神を喰らう。襲われれば忽ち生きた屍だ。この頃騒がれている"無気力症"とか言う事件も、殆どがヤツらの仕業だろう』

『そ、そんなヤツらと、どう太刀打ちしろと…』

『………警察…とか?』

『あぁ、あの税金泥棒か!』


 指を立て、心底呆れを見せている美鶴にも気付かず秋は変な事柄と結び付けて納得する。彼女がまた咳払いをすると、幾月が明の言った事をスルーして話を続けた。


『実はごく稀にだけど、影時間に自然に適応出来る人間がいるんだ。そういう人間は、シャドウと戦える"力"を覚醒出来る可能性がある。
 それが"ペルソナ"。あの時、木ノ葉君が使って見せた力さ。
 …シャドウは、"ペルソナ使い"にしか倒せない。つまりヤツらと戦えるのは君達だけなんだ』

『つまりは、君達にも是非仲間になって欲しい』


 机の上に置かれていた銀色に光るアタッシュケースを、美鶴は静かに開けた。中には同じく銀色に輝く銃と、部の証と思われる、赤く染められた腕章。其々3つずつ収納されてあり、何れも「S.E.E.S.」と書かれたロゴが目につく。


『君達専用の"召喚器"も用意してある。力を貸してほしい』

『"ペルソナ"の召喚器………"銃"…?』

『あぁ、そうだ』

『……岳羽達が持っていたのも…』

『そう、これ』


 恐る恐る尋ねる秋菜に、軽い声で返答するゆかり。まるで昨日と立場が逆だ。

(…実銃じゃ無かったとは言え、先輩が来てくれなかったら、岳羽のペルソナに殺られてたかも知れなかったって事…だよな……)

 …何とも恐ろしい……そう考えている内に、秋菜は身震いした。もしペルソナが一般に広がっている物だったら、殺人未遂の動機には十分過ぎる証拠だ。


『私は引き下がりません。やらせて頂きます』


 静かに笑みを溢しながら、木乃は美鶴に目を向けて即座に返答する。何を言われても引き下がりそうにはない。助かる、美鶴はそれだけを彼女に返した。


『秋菜も入るでしょ?』


 木乃は黒髪が広がるのも気にせず、クルッと後ろを振り向く。しかし秋菜は、え……と声を漏らし、彼女の視線から逃れようと顔を反らした。視線は床に向いている。


(……僕…は…───)


 迷った。この部に入っていいものかと、秋菜は悩んだ。
 彼が今も普通………とは少し離れてはいるが、こうして高校生活を送り、今も直生きていられているのは、"あの時"に彼の両親が自らの命までと引き替えに、彼を助けた"らしい"からだ。彼はそれを、両親からの少し早目の誕生日プレゼントだと、自分に言い聞かせてきた。そうでもしなければ、心が壊れてしまいそうで、自我を失いそうで怖かったからだ。
 10年前から今まで、ずっと大事にしてきた。それはこれからも同じだ。この命を大切にし、両親の代わりに生きて行く。それが今の秋菜の数少ない生き甲斐の1つであり、彼なりの最後の親孝行だった。しかし、そんな命を使ってでも、この部に入り、未知な生物等と戦わなければならないのか。彼を勧誘している人物との接点は極めて少ない。同じ寮、同じ学園、ただそれだけだ。親戚とか従兄弟とか、そもそも友達ですらないし、大切な人だとも思わない。面識だって少ない。この間顔合わせしたばかりだ。命を賭けてまで細い綱を共に渡る様な、そんな深い関わりなどない。命を庇い合う義理なんてない。断るのが妥当だ。彼はそう思っていた。
 "戦い"……それは命懸けな攻防戦。気を緩む事など許されない。此方が足を踏み外せば、一気に叩きのめされる。言わば、シャドウとの戦争と言っても過言ではない筈だ。

(…死ぬかも…知れないんだ……)

 まだまだ使えるプレゼントをたった10年間で、守っていた殻を剥いで戦闘地区に放り出してしまっていいのだろうか。いや、いい筈がない。まだ守り抜くべきだ。
 …もし戦闘に出て、そのせいで命を絶ち、向こうに逝ってしまったら───。

(…両親に、どう顔合わせすればいいか解らない。…申し訳が、経たない…)

 そんな屈辱的な事を犯した"僕"を、大好きな両親には見られたくない。穴があったら迷わず入るだろう。

(…でも、ここにいる同年代の先輩達は、一歩踏み間違えれば終わる"死"と、背中合わせで、"死"を覚悟した上で戦ってて……)

 自分だけが命を大切にしている訳ではない。其々、違う思いを噛み締めてこの戦いに挑んでいる。自分だけが言い逃れようとするなんて、ズルいじゃないかとか言われるんだろう。一瞬だけそう思った。しかし彼は、他人からそう言われようと構わなかった。そうされたってどうとも思わない。それよりも、命が無くなってしまえば話以前の問題だ。
 …他に出来る人間なんていない。いるのは、何億といる人間のうち数えられる程の僅かな選抜者のみ。その事を、秋菜はもう十二分に理解していた。
 "ペルソナ使い"の代わりは、誰にも務まらないと言う事も。

(…けれど、そうだとしても、やはり僕は───)


『そんなに深刻に考えること無いだろ。ちょっと付き合えよ』


 眉を潜めて考えている彼の肩に、陽気な真田はポンと手を置く。


『私からも是非お願いしたい』


 真田を後押しするかの様に、美鶴もは遠回しに入れと申し付ける。2人共、そんなに深刻に考えていると解っているならその内容を尋ねて来る筈なのに、そんな様子が全く見られない。つまり、彼らには相手の過去などどうでもいい。"今"をどうするか、と言う上辺の事しか見ていない。相手の事情は二の次、と言う雰囲気だ。少なくとも、端から見ているゆかりにはそう感じた。彼女は自ら戦うと志願した様なものだが、もしこの2人から勧誘されたとして嫌だとすれば、果たして断れるものなのか?
 否、そんな事が出来る訳ない。そもそもズルいじゃないか。この年になれば、もう利己的に判断する事はあまり好ましくないと解っている。なら先に、「戦えるのは自分達だけだ」と言って人材を限定されれば、断りたくても断れないじゃないか。


『せっ、先輩等にそんな頼み方されたら、彼だって困るんじゃ…』

『なら、手放せとでも言うのか?次はいつ増えるか、そもそもまだ"適性者"が存在しているとも限らないんだぞ』

『……そりゃ仲間になってくれるなら………心強い、ですけど…(あぁーーもぅっ!私ってば先輩に言われただけで、何甘ったるい事言ってんの!!)


 少しでも秋菜のフォローにでもなればと思って言ったゆかりだが、態とかどうかは解らないが美鶴に上手く踊らされてしまい、ポロッと本音を溢してしまう。最後の一言を言ってしまっては、単に彼を追い込んだだけに過ぎないじゃないか。つい本音が出てしまった彼女は、ハァ……と重い溜め息を着く。ゆかりはつくづく、後悔するばかりであった。何故こんな時に限って口を滑らせたんだろう、と。


『……明は、どうする?』


 彼は彼女の言動を気に掛けず、細い目と声を妹に向けた。急に話を振られた彼女は、少し息詰まる。


『…私は……────やります。…これ以上、犠牲を増やしたくない…から。…人が引き起こした事件だけで、既にその人間が、沢山傷付いてる…。それに加えてシャドウまで出てきたら……!』


 合わせた両手を胸まで持ち上げると、明はキュッと目を瞑った。返答までに間が生じたと言う事は、彼女にも迷いが多少なりともあると言う事だ。

(……明がやるんだったら、自分もやるべき…かな…)

 彼に誰かを守りたいと言う思いはないが、しかし、木乃と明は別だ。幼い頃からの長い付き合いだ。人を……2人を守れる"力"があるのに見殺しになんて、考えられない事だった。
 フゥ……と短く息を吐くと、秋菜は小さく口を開かせた。


『……じゃあ、僕も入ります』


 彼の向かい側に座っている秋が、ハッと顔を上げると、真っ直ぐ彼女を見ている秋菜と視線が絡んだ。微笑みには見えない彼の微笑みを見て、明もニッと歯を覗かせて笑ってみせた。隣を見ると、木乃も同じ様子だった。


『よく言った、秋菜!流石兄貴!』

『…からかうな。これでも自問自答してたんだ』

『ありがとう、秋菜兄。
 …実はと言うと、一番の理由は、秋菜兄を守りたいから何だけどね』

『………』


 彼女の表情を見ながら今の発言を聞いた瞬間、彼は密かに眉を顰めた。今の彼女の言葉は、秋菜にとって、出来れば一番聞きたくない言葉だった。

(…明や木乃には、守られる程の価値がある。けど、僕にそんなものはない。…だから明は、僕を忘れて、他のことの為に戦って欲しいのに…)

 彼の顰めっ面に気付いた彼女は、きょとんとする。一体今の言動の何が自分の兄を不安へと貶めたのだろうと気掛かりになる。尋ねようと口を開くが、それを先越され、美鶴が声を出し始めた。


『入ってくれるのか、助かるよ。解らない事があったら何でも聞いてくれ』


 彼らの心情も知らず、美鶴は2人の入部意志を快く受け入れ、大いに喜ぶ。彼女は表情を戻し、顔を綻ばせていた。はい、任せて下さい!と胸を張っている明の横で、岳羽は秋菜に視線を向け、明とは正反対の申し訳なさそうな表情を浮かべながら、声を小さくして問う。


『…本当に良かったの?もう少し考えてても良かったんだよ?』

『……10年前、僕の身体に何があったか、解るかも知れないし…。…明を1人にはさせたくないから…』

『…そっか』


 彼の"表面の気休めな言葉"で、岳羽の不安は僅かながらも解け、納得した様子だ。勿論、彼が明を守りたいと言う第一の目的は変わらない。第二の目的だ。それは、あまりにも利己的なものだから口には出さなかったが、これを第一の目的としてこの部に入部した者も、いない事はないだろう。
 そう、"岳羽ゆかり"の様に。


『………岳羽だって、僕に入って欲しかったんだろ?』


 声に出すつもりではなかったのだが、独り言の様に、自分に問い掛ける様な音量で、彼は気付けば呟いていた。無意識だった為か、幸い彼女には聞こえていない。彼は顔に出さない程度に安堵を着く。

(何言ってるんだ…!)

 もし聞こえていたら、何と返答されていただろうか。どんな表情を浮かべられただろうか。しかしそこまで深く考えず、秋菜は直ぐに幾月に視線を向けた。
 再び人差し指で眼鏡のブリッジをクィッと押し上げて、彼は話し始める。


『いやぁ、感謝するよ本当に。あぁ、そうそう。木ノ葉君の寮の割り当てだけどね。このまま今の部屋に住んで貰う事にしよう』

『明の部屋割り、もう決まってますか』


 うんうんと1人笑みを溢して頷いている幾月に、彼女の兄が声を細めて訊いた。


『あぁ、3階に用意してあるよ。昨日からそこに住んで貰ってるからね。いくら兄妹とは言え、寮則に従って貰わないと』

『…その…………反対にと言いますか…』

『…どういう事だい?』


 彼が恐る恐る発言していく言葉に、幼馴染み以外はきょとんとし、瞬きしながら彼ら2人を見るだけだ。どうやら秋菜達3人以外、"何も知らない様だ"。その様子を見て呆れた秋菜は、飽くまでも確認として、妹に尋ねてみる。


『……言ってないのか?』


 その質問に、妹はにこやかに笑いながら返答した。


『いやぁ〜、何と無く言うタイミングを逃しちまって…』


 いつ言おうか迷っててさ〜、と言いつつ、彼女は自分の後頭部を擦った。そして苦笑い。周りにを見ると、誰も彼もどういった意味なのかが全く理解していない様子。それもそうだ、何だって今、予想外な出来事が目の前で起きようとしているのだから。
 コホンッ、と小さく咳払いをすると、秋菜は美鶴の隣にいる明を、掌を天井に向けて指した。そして手短にこう言ってやった。



……明は、"男"です

はい、"俺"は"男"です

『『────────』』



 一時的にこの場の空気が凍り付く。本当に無音になった。何も聞こえない。彼ら3人の吐息以外。そして状況と事実を呑み込めたのか、漸く声を出す。

 …とは言え、


えぇぇぇぇーーーーーっ!!!?
 ちょっ、え、嘘ぉっ!!!?』

『…な、んだと…!?』

『ほっ、本当か!?』

『………っ……』


 ……と、幾月以外は声を上げて、叫んだりして驚き、たった今聞かされた現実が信じられずにいた。一番声を上げたゆかりは、思わず椅子から立ち上がり、"彼女"────いや、"彼"を指差した。


『おおお男って、…えぇっ!?何処がどうなってんの!?……ま、まさか性別変える為に手術したの!?』

『んな事するかっ!!!!』

『ほっ、本当なのか!?』

『いやだから!!手術なんかしてませんてば!!心も身体も何もかも、健全な高校生です!!』

『その姿で言われても、絶対説得力無い』

『……だよなー』


 ごもっともな事を実の兄からズバリと言われた明は、肩を落として、ハハハハ…と力無く笑う。最早何を言っても反論しそうにない。再び真田が、どうしてこうなった?と尋ねると、これもまた苦笑いだ。


『えぇー、何故女装する羽目になったかと言いますと…。……笑うなら笑って下さいね』


 彼が言うには、彼らの祖父母が明の編入手続きの用紙で、性別欄を誤って「女」と記載したと言うのだ。


『………嘘の様で、本当です』

『まぁ、私は2人の幼馴染みなんで、知ってました。一緒に此方に来たんですけど、その時から悲しそうでしたし』


 一体"彼"にどの様な言葉を掛けてやればいいのか、しかし、あまりにも馬鹿らしい、と言えば言葉が悪いが、それ程呆気ない理由であって、事前のチェックがあればこの様な事態は防げたんじゃないかとも思える様な、何ともよく解らない気持ちに晒される。


『…じゃあ、部屋を2階に用意するとしようか。木ノ葉君の向かいの部屋が空いてるから、そこでいいかい?』

『はい、お手数掛けます…』


 話し始めた此方が、何だか気恥ずかしさを覚える。無意識に肩が縮こまった。最早、あの幾月までもが苦笑いだ。


『今日はもう遅い。…これまでにしよう』


 そんな美鶴の一声で2年生4名は立ち上がり、お疲れ様でしたー、と口々に行って部屋を出た。
 彼等が出ていった数分後、"彼"の部屋はどうするんだと真田がポロッと口から溢すと、残った後の2人はハッとした表情を浮かべたのだが、何だか疲れが溜まってしまっており、聞かなかった振りをしていた。

 何はともあれ、S.E.E.S.に入部した秋菜たち。
 狂い始めていた歯車は、これにて進行方向を1つに定めたのであった。




 To be continued....




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